47 水辺
ディジリーナはまだ街に用事があるからというので、アノスジェンたちは先に屋敷へ帰ることになった。
「そうだ! ミックさん、お願いがあるんだけど」
「アノスジェン様、どうかミックとお呼びください」
「わかったよ。ミック、連れて行ってほしいところがあるんだ。屋敷からほど近いところに水辺があるよね?」
「はい。屋敷から歩いて10分ほどのところにダゾル湖という大きな湖があります。奥にはバベスト山がそびえています」
ミックが御者に指示を出す。ダゾル湖を囲む林の前に到着したが、馬車がなんとか通れる林道はあるが、Uターンするには大変だということで御者を残して歩くことになった。歩くこと3分ほどで湖畔に到着した。
向こう岸が見えないほどの広さの湖で湖面が白っぽく輝き、奥にそびえるバベスト山の緑が空の青さとのコントラストが美しい。バベスト山のさらに奥には山頂部似雪を被った勇壮な山が見える。
アノスジェンたちは感嘆のため息をはき、ミックは首を傾げた。
「うわぁ!」「キレイですね」「ほぉ」
『あれ? ダズル湖ってこんなに輝いていたっけ? うーん。4年くらい来てないから記憶違いかな』
ニール、トビー、ワディン、ミックは少しだけ離れてアノスジェンの護衛をしている。
アノスジェンはダゾル湖にお祈りをしてから、小さな小さな声で呟いて、水に手をつけたまま水をすくうように両手を合わせる。
「アズリュー」
アノスジェンの正面の湖面がほんの少し波紋が揺れるとアノスジェンの手の中に10センチほどのアズリューが飛び込んできた。後ろにいる四人には水と同系色のアズリューは見えていない。
「やっぱりここだったんだね。住心地はどうだい」
アズリューがピチャリと小さく跳ねた。
「よかった。僕もここでお祈りができるように相談してみるよ。またね」
アズリューが湖底に消えるのを笑顔で見送り立ち上がり振り返る。
「とても素敵な場所だね。散策していこう!」
五人で並び歩き、ミックにキンガース公爵領の地形の話や季節の話などをレクチャーされながら散策を楽しんだ。
「本当にすてきな場所だね」
帰り際、振り返ったアノスジェンが呟く。
「ええ。ダゾル湖に反射しながら沈んでいく夕日がバベスト山に消える様は素晴らしいですよ」
「それは見てみたいね」
『完璧デートコース! お嬢様に報告だぁ!』
ミックは小さくガッツポーズをした。
『夕飯はできるだけ共にする』が家訓であるキンガース公爵家。アノスジェンは食事の時間に早速キンガース公爵へ相談した。
「僕は祖国でも、こちらの王都でも朝のお祈りをしておりました。キンガース公爵領でも朝のお祈りをしたいのですが、いいですか?」
「もちろん、それは構わんよ。だが、我が家には礼拝堂はない。毎朝街まで行くのか?」
「いえ、僕はセレアン伯爵家では水面にお祈りをしていました。ここにもとても素晴らしい水辺がありましたので、是非そちらでお祈りをしたいのです」
亡き母親との『内緒の約束』は『セレアン伯爵邸』でのお祈りを『父親たち』へ言わないことなので、フオジスト王国では隠すことなく、機会があればお祈りをしていた。
「さすが、水魔法の家系だな」
魔法を得意とする家門はそれを敬う儀式を行うところも少なくない。キンガース公爵家でも年に一度『風祭り』が開催されている。
ニールたちは『アノスジェン様のお祈りは普通じゃないかもしれない』とは確信が無いため言えなかった。
「ここからほど近いので、ヘリンと行こうと思っています」
確信はないが、不安はあるヘリンは見守りの指名を受けてホッとした。
「アノスジェン殿は馬に乗れるのか?」
「いえ。でも歩いても10分ほどと聞いておりますし」
「それはダメよ。安全を考えても馬車がいいわ」
押し問答が繰り広げられた結果、ヘリンがアノスジェンを後ろに乗せ、他の騎士はキンガース公爵家の騎士も含めて交代で二人ほどが護衛に付くことになった。
「朝の鍛錬に行かなくていいなら、私が付き添うのに」
悔し気に口を膨らませるディジリーナにキンガース公爵はあきれ顔をする。
「次期当主が毎日抜けていいわけがあるまい」
「わかってるわよっ! 朝の鍛錬が休暇の日は私が相乗り担当になるんだからっ!」
ヘリンは八つ当たりに睨まれて、乾いた笑いを返した。
その日の夜、ミックから報告を受けたディジリーナは歓喜の声をあげて、カレンダーを見る。
「よしっ! 例のものができあがるのは1週間後よ。その時に二人きりのデートを決行するわっ!」
力拳を握りしめ、空に誓う。
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