44 好物
翌日の午前中、互いの想いを知らぬまま、二人のお茶会が開かれた。
ディジリーナは肘を付きニコニコしながらアノスジェンから視線を外さない。
『うーん。警戒されてるなぁ。もっと笑顔が見たいのになぁ。あ、でも泣き顔も見たいかも。『私限定』でだけどね。あの子猫みたいなかわいい声も聞きたいな』
顔をあげられないアノスジェンはディジリーナの前に置かれたカップと真ん中のケーキスタンドを往復している。
『好かれているとは思うんだけど、きっと顔だよね。ニールさんたちにも僕ってかわいいって言われてるし。それって、おしゃべりしたら嫌われちゃうかもしれない。婚姻するまであまりしゃべらない方がいいのかな。いや! 婚姻無効にされたら困るから婚姻してからもおしゃべりはダメだよ……』
「アノスジェン様はどのケーキが好きなの?」
「はへ?」
突然の質問に目を泳がせる。
『ど、どれって言うのが正解なの? 僕、ケーキの味なんてよくわからないよ。どれも美味しいって答えていいのかなぁ』
実家であるセレアン伯爵家では当然食べたことはない。ここまでの男旅ではスイーツなど食べてこなかったし、甘味はもっぱら屋台の飴。見合い旅でもだいたい晩餐で終わりが多く、ご令嬢との茶会はしても緊張してケーキに手を出すことができなかった。
『僕の好みなんて聞かれたことないし……』
少し離れていたところにいたはずのワディンがいつの間にやら隣に来て紅茶を淹れ直していた。
「アノスジェン様はこれまで女性との接点がなくこのように美しいお菓子を目にすることはほとんどありませんでした。我々ではそこまで気が回らず申し訳ございません」
ワディンは視線を紅茶へ向けたまま微笑を浮かべる。『女性との接点がない』ことに機嫌を良くするディジリーナ。
「まあ! そうなの! なら、私とたくさん知っていきましょうね。マゴーナはお好き?」
アノスジェンはまたしてもワディンに助けを求める視線をチラリと送る。
「こちらの黄色いフルーツです。晩餐の際に食されました」
少し声を落としてギリギリ、ディジリーナにも聞こえる音量は主人アノスジェンを思いやった行動で、ディジリーナにも好感を抱かせる。
「とても甘くて滑らかで口に溶ける美味しさでした」
「そう。なら、そちらのケーキを召し上がってみて」
ワディンが給仕し、アノスジェンが早速食べてみる。
「うわぁ! 美味しい! クリームの溶け方もすごーい! このぷるぷるのところもマゴーナの味がするよ」
あまりの美味しさにワディンに向かって感想を述べてしまい、さらに手が止まらなくなったアノスジェンの姿を笑みを深めて見つめるディジリーナ。ワディンはアノスジェンの視線が自分とケーキにしか向かずディジリーナの機嫌がとても気になり少しディジリーナへ視線を送ると満面の笑みでアノスジェンを見ている姿にホッと胸をなで下ろした。
「それはよかったです。ディジリーナ様のオススメはさすがですね」
「うん! ディジリーナ様、ありがとうございます!」
急に顔をあげたアノスジェンとバッチっと目があったディジリーナは肘をあげて少しばかり慌てた。
『自分に向けられた本物の笑顔。萌死ぬわ』
「喜んでもらえてよかったわ。他のものも美味しいから食べてみてね」
「はいっ!」
「アノスジェン様のお好きなものを一緒に探していきたいわ。お付き合いしてくださる?」
「はいっ!」
『ふふふ言質いただきぃ』と喜ぶディジリーナは、ワディンが給仕するのを目をキラキラさせて見る姿や、幸せそうに食べる姿を見てニヤけてしまう顔を必死に抑えた。
『いいわぁ。いつかあのお口に私がアーンしたいわぁ。ああ、口元にクリームが。それもカワイイ。
従者めっ! それを拭える権利を持つなんて生意気よっ! いつかその権利は私のものにするんだから』
ワディンの背中に冷気が走りブルリとして、思わずディジリーナの方を見たが、ディジリーナは完璧な笑顔であった。そんな攻防を知らないアノスジェンはフォークを握りしめてディジリーナの目を見た。
「僕、ディジリーナ様のオススメ、みんな大好きです!」
ディジリーナはノックアウトされた。
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