42 決意
アノスジェンの部屋に入って早々にトビーが声を張り上げた。
「アノスジェン様! いつ婚約したんだ?」
ヘリンとワディンは慌ててメイドたちを下がらせた。メイドたちが苦笑いで出ていくと、ヘリンがトビーを睨みつける。
「だってさっ、ねえさんが『カワイイ旦那様』って言ってたじゃねえか」
トビーがソファにいるニールの隣に腰を下ろした。ワディンは上座のアノスジェンから紅茶カップを置いていく。アノスジェンは手慣れてきた仕草で紅茶を口に入れた。
「ねえさんって……ディジリーナ様はお前より年下の18歳ですよっ。とはいえ、これまでにないほどの好感触なのは確かです。それでも、決めるのはアノスジェン様です」
ニールの向かいに座るヘリンは指でトントンとテーブルを叩きトビーにわからせようとする。四人に紅茶を配り終えたワディンがヘリンの隣に座る。
「アノスジェン様はどうお考えですか」
カップの中の琥珀色を見つめたままアノスジェンはほんの少し考えてからにっこりと顔をあげた。
「もし、本当に受け入れてもらえるなら、ここに決めるよ」
「え! よろしいのですか? 南領地のご令嬢にはお顔合わせしておりませんよ。もしかしたらもっと……」
ヘリンが口を濁した。ヘリンが馬車の中で、『アノスジェン様には心穏やかに過ごせるような方との相性がいいと思います』と話していたのをアノスジェンは覚えていた。
「ヘリン、心配してくれてありがとう。でも、実はもう決めていたんだ」
四人は驚きの表情を見せる。ニールが体を乗り出した。
「まさか、ディジリーナ嬢をご存知だったのですか?」
あははと笑って首を横に振るアノスジェン。
「僕を受け入れてくれるご令嬢なら一人目の方と婚姻すると決めていた。でも、一人目のご令嬢は……その……ほら……ニールとヘリンが大反対したからやめただけ。
ディジリーナ様のこと、ヘリンは不安だと思っているみたいだけど、心から反対ってわけじゃないでしょう?」
ヘリンがコクリと頷く。
「ニールとトビーはキンガース公爵閣下を慕っているみたいだし。ワディンも執事さんやメイドさんともう親しげだ。なら、ディジリーナ様に決めるよ」
「なぜそのようにお決めになられていたのですか?」
ニールが眉を寄せる。
「誰にも傷ついてほしくないんだ。例えば、僕を気に入ってくれているご令嬢がいるとする。僕がそのご令嬢の後に出会ったご令嬢を選んだら、先のご令嬢を少なからず傷つけてしまうでしょう。
かと言って、君たちのことも大切だし信用しているから君たちの意見を無視するつもりはない。
だから、お相手が僕を受け入れてくれて、君たちが反対しないご令嬢なら、その一人目の方にしようって決めていた」
ニールが鼻をすすり、ヘリンとワディンは目尻にハンカチを当て、トビーは声を出して泣いていた。
「アノスジェン様のお気持ちは……どうなるのですか?」
ワディンが声を絞り出す。
「僕は正直、女性のことも、そして、そのご家族のこともよくわからない。見る目が……たぶんない。
だけど、四人は一緒に旅をしてきて僕のことをとても大事にしてくれていて、僕も安心できて、とても信頼している。その四人が『いいかも』って思っている方なら僕は頑張れるよ」
アノスジェンがマレガード王国で悪意を持った人たちとばかり接してきたことを知っているワディンが耐えられなくなってテーブルに伏せって泣き出した。ヘリンはワディンの背を擦る。
「元々政略結婚なんだ。お相手を知らないまま婚姻しても、その後に理解し近づけるよう努力するのは当たり前でしょう。なら、ここで努力するよ」
四人はウンウンと頷く。
「それにここはいい香りがするし」
小さく呟いたアノスジェンは暗くなった窓の外を見あげた。
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