37 思惑
「スペンディーノおじさん。急な呼び出しですみません」
深々と頭を下げるゲイリック第一王子にそう挨拶されたスペンディーノ・キンガース公爵は片眉をピクピクさせた。ゲイリック第一王子の執務室のソファで向き合っている座る二人は対照的だ。『王子』は前のめりでうなだれており、『公爵』はふんぞり返って相手の様子を見ている。
「お前が俺を『おじさん』と呼ぶ時はロクなことじゃねぇ。わかってるだろう? 正確には『おじ』じゃねぇ。うちは何代も前に王家から離れてる」
「しかし、王家分家筋の公爵家であることは変わりません」
6代前の王弟が森を切り開いて興したのがキンガース公爵家の始まりだ。
「チッ!」
キンガース公爵はしかめっ面でテーブルのグラスを手にして酒を飲み干した。音も立てずにコンラッド執務次官が近づき酒のグラスを交換していく。
「うちはすでに娘を一人差し出しているぞ」
キンガース公爵の視線にゲイリック第一王子はグッと眉を寄せる。2年前に隣国の王家との縁談をナティアナ第一王女が「年が離れている」と言う理由をこじつけて破談にした。この縁談を引き受けたのはキンガース公爵家の長女だった。この時、ナティアナ第一王女十七歳、お相手の王太子二十歳、キンガース公爵家長女十八歳であった。お相手の王子は超絶美男子とは言えないがタレ目で温厚そうな男で、つまりはナティアナ第一王女にとって顔が好みではなかったのだ。ナティアナ第一王女が釣り書の姿絵を見て癇癪を起こしたことはゲイリック第一王子もしっかりと覚えている。キンガース公爵はその長女が隣国王家で大切にされていて、孫も生まれたばかりなので溜飲を下げてはいるが、ナティアナ第一王女のワガママぶりにはずっと忠告をしてきていた。そのことを国王に誤魔化し続けられていることに苛立ちもあった。
情報に敏いキンガース公爵は呼び出された理由が『マレガード王国からの婿』であることを察している。
「わかっています。だが、隣国から招いた婿殿を王家と関わりのない家へ入れるわけにはいきません。さらに言えば、ナティアナと婚姻させることは婿殿の気分を害される結果になることは目に見えています」
ゲイリック第一王子は最初からナティアナ第一王女とアノスジェンの婚姻は反対だった。せっかく金を出してまで招いた婿殿には、幸せになり、この国に恩恵をもたらしてほしい。
だが、王家としての挨拶の謁見をドタキャンは常識が無さすぎる。第二王女は王女宮住みとはいえ王家ではなく、第二王子は国内を視察巡回中で不在。その中で第一王女が離席などありえない話だった。
「あいつは国王と王妃とともに隠居させます。その準備をお二人には始めてもらう約束を取り付けました」
「賢王と呼ばれたヤツがまさか娘の教育で早期引退に追い込まれるとはな」
「俺が他国留学をしてしまったことも増長させたと思っています」
「結果的には他国の公爵令嬢を嫁にできたし、確実に他国との交流が増えて経済も上がっている。あのバカ のために反省するようなことじゃねえ。
お前の考えでは、婿殿があのような容姿であったことはある意味よかったってことか」
「そうですね。あいつの好みだった場合、諦めさせる方が大変だったと思います」
キンガース公爵は、アノスジェンの謁見の間で背筋を伸ばした姿や、すぐにフオジスト王国の歴史についての本を読み出した図書室での姿を思い返していた。
「確かにチビだが、純朴そうで柔和で真面目で悪くねぇけどな。見る目がないヤツは誰を見せてもロクな判断はしねぇもんだ。それにしても、はじめから俺を呼び出しておくとはお前も食えねぇやつだな」
「そんな、そろそろ王都騎士団の視察をスペンディーノおじさんにしてほしかったのは本当ですよ。元騎士団長のご視察とあらば、彼らの気合も変わりますから」
「チッ。タイミングの良すぎる手紙、さらには謁見の間の最前列に俺の椅子を用意しておいてよく言うぜ。これはお前の独断か?」
「父母はあいつには甘いので、婿殿を迎え入れて王女宮に住まわせたかったのでしょう。婿殿の未来を見据えることもせずに……ね」
今度はゲイリック第一王子が酒を煽った。すかさずコンラッド執務次官に差し出されたグラスを二人は重ね、飲み干す。
「一旦は引き受けるが、娘の意見が優先だ。彼らには視察と体験くらいの気持ちで来てもらおう」
「お願いします」
二人はもう一度グラスを合わせると今度はゆっくりとグラスを傾けた。
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