36 怒り
ゲイリック第一王子はたいそう怒っていた。
フオジスト王国の国王執務室ではナティアナ第一王女の部屋を出てすぐに来た三人が頭を合わせている。ソファに座った国王と王妃がゲイリック第一王子にツラツラと嫌味を言われ続けている。
「十九歳にもなって、なんですかあれは? あれほどワガママによく育てられたものです。これまで婚約破棄3回。婚約に至らぬものまで入れたら数十回にのぼります。最初こそナティアナのワガママでの縁談失敗でしたが、最近ではすべて相手から断られる始末。自国の三男坊にまで断らていることをわかっていらっしゃいますか?」
ゲイリック第一王子は目を細めて二人を睨みつける。
「だから、1年でも2年でも修道院へ行かせろと提言したのです。金のありがたみも、愛されることのありがたみも、世話されることのありがたみも知らない。そんな女に婿入りして、少しでも怒らせたら死刑だなんて、喜んで結婚する男なんていませんよ。金の亡者の親に売られそうになって逃げ出した貴族子息が何人いると思っているんですかっ!」
ゲイリック第一王子はナティアナ第一王女と破談になった男たちの名簿をテーブルに投げつけた。
「先に言っておきます。アノスジェン殿の婚姻が成立したら、1年後に陛下は引退してください。その際にはあのバカを連れて行くことをお忘れなきよう」
「わ、わかった」
「早急に縁談を成立させるつもりですので、引退の準備を始めてください。母上も我が妻と第二王女への引き継ぎを始めてくださいね」
「ええ、わかったわ……」
第二王女は十八歳で、王城文官をしている侯爵家次男二十一歳と最近婚姻し、王女宮の一つで生活している。ちなみにその男はゲイリック王子の片腕コンラッド・メリガン伯爵である。婚姻を期に領地を持たない伯爵位を王家から賜っていて、職務は政務次官。
ゲイリック王子は立ち上がると二人を見ることなく部屋を後にした。
扉を出ると自分の執務室へと歩きながら後に控えるコンラッド執務次官にだけ聞こえるように指示を出す。
「キンガース公爵を呼べ」
「かしこまりました」
コンラッド執務次官は細い眼鏡のブリッジを軽く上げると、踵を返してゲイリック王子とは反対側へと消えていった。
その頃、ニールとトビーは騎士団で汗をかいていた。久しぶりに剣を思いっきり振り、気分のよい疲れを楽しんでいる。
「お前たちが隣国からのお客人か。なかなかいい腰使いしてるじゃねぇか。そっちはマレガード王国の騎士団では中堅隊長ってところか? もしかして同じ部隊なのか?」
座って休憩していた二人の頭の上から声がかけられた。短く切りそろえられたピンク金髪が眩しい四十歳ほどの頬にキズがある男。年齢からニールを隊長と思ったようだ。
「俺たちは確かに同部隊ですけど、剣術は中の下というところで、二人とも隊員です。今回の任務も危険地帯は通過しないとの判断で抜擢されたのです」
ニールはすでに分隊長を引退したつもりでいるのであえて隊員と言った。
「そりゃ、剣がお前たちに合わないからだろう。その剣、振りやすかったんじゃねえのか?」
他国の王城で自国の剣をぶら下げて歩くわけにもいかず、今日の鍛錬はフオジスト王国騎士団のものを借りていた。
「そうなんです! すごく振りやすくて気持ちよかったです!」
トビーが興奮気味に立ち上がる。
「だろうな。あっちの国は細身のしなやかさを求めるものが主流だから、剣術もそういう流派が多い。フオジスト王国は重い剣を振ってブチ壊すような剣術が多いんだ。俺は体型や体力に合わせて流派を選ぶべきだと思っているが、なかなかそれを広めるのは難しいんだよな」
ニールもいつの間にやら立ち上がり頬キズ男の話に食い入っていた。
「おーい!」
頬キズ男が手招きするとニールと同じくらいの年の男が走ってきた。
「この客人たちに剣術の指南をしてやれ。基本はできてるから、剣の使い方で大丈夫だ」
「わかりました。では、こちらへ」
二人は頬キズ男に深々と礼をすると小走りでついていった。その背中を嬉しそうに見つめる頬キズ男は振り返らずに言う。
「なんか用か?」
「キンガース公爵閣下。ゲイリック王子殿下が執務室にてお待ちです」
「わかった。10分で行くって伝えてくれ」
「かしこまりました」
コンラッド執務次官はキンガース公爵が見ていなくとも軽く会釈をすると眼鏡のブリッジに触れ来た道を戻って行った。
「律儀な男だ。嫌いじゃねえ」
フッと笑うとコンラッド執務次官の後をゆっくりと歩いていく。
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