2 馬小屋
本日2話目
少年が目を覚ますと、ベッドにうつぶせで顔を横向きにした状態で寝かされていた。うっすらと開けた薄青の目で確認する。暗い部屋に月明かりが差し、所々に穴が開いている壁が目に入り自分の部屋だと認識できた。『誰かが助けてくれたんだな』と思いながら白髪の混じる後ろ三つ編みで燕尾スーツを着た背中をふと思い描いたが、助けてくれたのが本当にその人なのかも、その人が誰であるかもわかりようもないので考えるのをやめた。
「ふぅ」とちょっと気合を混ぜて堅いベッドに座り直すと、肩をゆっくりと回した。
「うん……大丈夫そう……」
ゆっくりと立ち上がってテーブルまでいく。水差しには水がなみなみと注がれていて、その脇にはパンが皿の上に2つ並んでいた。
「どなたかはわかりませんが、いつもありがとうございます。ご健勝であられますように」
月に向かって祈りを捧げる少年は月の向こうにその人物の影を思い描いているのだった。テーブルにつき、水とパンを一つ何度も咀嚼して大切に食べる。一つ思い出し、キッチンの棚を開けて木いちごが乗った小さな籠を取り出してそれをいくつか口に入れた。籠を元に戻してベッドの脇へ立って胸の前で手を組んだ。
「美味しかったです。森さん、ありがとうございます」
少年は水を一口飲むとベッドへ戻った。
「早くに起きて洗濯しなくちゃ……」
少年はすぐに意識を手放した。
薄明かりの時間に起き出した少年は身支度を済ませると自分が住む小屋を出て屋敷へ向かう。裏扉をそっと開いて中へと忍び込んだ。そして掃除用具室から雑巾を数枚、洗濯室から洗剤を小皿に少し入れて、裏扉から出ていく。まず部屋に戻って擦り切れたズボンとポケットには裁縫道具を入れて近くの小川へ向かった。ここは少年が知る中で一番に朝日が昇り明るくなる。持ってきた雑巾を切り、ズボンの穴へとあてがい縫っていった。ズボンは穴が開いていても「だらしがない」と怒鳴られ、親切なメイドが新しい服を用意してくれると「贅沢だ」と殴られて、後日そのメイドが首になったと聞かされたときには頭が真っ白になり、夜に小川まで行って彼女の幸せを祈った。そういうことを繰り返して雑巾で繕うことにたどり着いた。
裁縫を終えるとそれらを優しく洗濯する。少年が届くところの小枝に干した。
「さあ、1日が始まるよ。誰にも迷惑かけないように頑張らなくちゃ。みんなに満ち足りた1日となりますように」
少年は小川に映る朝日に手を合わせ組んで祈りを捧げた。小屋に戻ると昨日届けられていたパンと水と木いちご、昨晩と同じメニューを幸せそうに食べた。
片付けを終えて森へ行く。籠に2食分の木いちごを入れる。サワサワと揺れる木いちごの木に話しかけた。
「こんなに美味しいのだもの、他の人も食べたいはずだよ。僕だけがたくさん食べるわけにはいかないんだ。美味しいものはみんなでわけなくちゃ」
帰り道に黄色のバーニの実と緑のバーニの実、2本のバーニが落ちていた。上を見上げると少年には決して届かないところに緑のバーニが並んでいた。
「わあ! ありがとう!」
少年は幹に頰を寄せてお礼を言い、籠の上に乗せて小屋へと帰った。緑のバーニと木いちごを棚にしまい、黄色のバーニは紙に包んでポケットへ入れた。
昨日の草むしりの場所へと行き、茂みにつつみ紙を隠す。草むしりをしていると昨日とは別の男がやってきて、少年が挨拶のために立ち上がろうとするところを尻を蹴って転ばせた。
「クズっ! 何やってんだ! 今日は馬小屋の掃除だって言ってただろう」
「でも……これを3日以内にやらなくちゃいけなくて……」
「てめぇの都合なんて聞いてねぇ! 俺はご子息様が明日遠乗りする馬の世話があるんだ。馬の体調が悪かったら、てめぇのせいだからなっ。覚悟はできてんのかよ」
「わかりました。すぐに行きます……」
馬小屋で寝床藁を掻き出し作業をする。十歳の体では農用フォークがすでに重く、一度に多くの藁を片付けることができない。いきなり尻を蹴られ前のめりにつまづいた少年は農用フォークを転がしてしまい上向きになったそれの上に倒れ、左肩に刺さる。深く刺さるのを避けるために回転したが勢いのままに馬糞藁の上に転がった。
「ワーハッハッハ! こんなマヌケ見たことねぇ! そんなナリじゃ掃除しながら汚していくことになるじゃねぇか、役立たず! とっとと消えろ」
少年は左肩を押さえて井戸へ向かった。
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