1 儀式
お久しぶりです。長くなりそうな予感…。気長にお付き合いいただけますと嬉しいです。
マレガード王国の教会の敷地内に設けられている大聖堂。高々とそびえ立つ尖塔は綺羅びやかな様相をたたえ威厳を持って人々を見下ろしている。その壮麗な建物の中、横にはしる廊下を横断して大扉を開けば、純白と言っていいほどに清らかで澄み渡った空気が流れている。
今日の参拝者たちはそんな祈祷大広間を迂回する廊下を進み、裏手に広がる中庭に集まっていた。そこにある大きな池は陽の光を浴びてキラキラと輝いており、昨日の余寒がウソのように暖かい日差しが降り注ぐ。
厳かな空気の中、一人の青年に注目が集まっていた。池の中腹に作られた祈りを捧げるための白い石造りの祈り所。そこに、その青年は立っている。
白生地に金銀の豪華な刺繍の高位司教服をスッキリと着こなした彼は池に向かい膝をつき手を組んで祈りを捧げていた。
下げていた頭を上げると長い深紺色の髪がさらりと流れた。そして切れ長のオレンジの瞳をゆっくりと開くと優雅な仕草で立ち上がり、今度は顔を空へと向け高々と両手を挙げた。
「水の神よ。我らに清き恵みを! ウォルピラー」
最後の呪文は後の観客には聞こえない。その叫びに呼応するように水柱が五本ゆうに人々の身長を超える高さにそびえ立つ。背後の観客たちから喝采の声が鳴り響いた。
「さすがルートン様だ」
「ルートン様ぁ。すてきぃ」
「セレアン家がいればマレガード王国は安寧だ」
「首席水守様! ばんざーい!」
青年はゆっくりと手を下ろし、水柱も泉へと戻っていった。ルートン・セレアンが振り返り、人々に一礼してからにっこりと笑顔を見せると黄色い声や歓声があちらこちらから聞こえる。それに応えてルートンは手を振った。
水の恵みの儀式を終えたルートンは笑顔で細めた目でさりげなく右手の集まりの方に向けた。そこは高位貴族たちのために設けられた特別席で、立ち見の観客とは一線を画している。テーブルと椅子が用意され、きらびやかな装いが集う一団の中に自分と同じ色の髪をした父親がご機嫌よく笑っているのを見て心の中でにやりと笑った。そして司祭たちに守られ左右に割れた観客の間をゆったりと手を振りながら歩き大聖堂へと戻る。ルートン一行の最後尾には大きな籠を持った二人の司祭が観客たちからのお布施を受け取っていった。
特別席では、ルートンの父親クィント・セレアン伯爵は自分より高位である者たちに囲まれ、おだてられて上機嫌だ。
「セレアン伯爵。素晴らしいご子息をお持ちでうらやましい限りです」
「いやはや、本当に。これもセレアン家と元聖女候補様のお血筋の賜物ですかな」
「血筋も大切ですが、息子も努力しておりますよ。とはいえ、我が家はこの聖なる泉を管理する役職だけ。領地を持たぬので、息子が精進するための環境の確保がなかなかに難しいのです」
「それは我々に任せるといい」
「いつもありがとうございます。ですが、あくまでも大聖堂の補佐官なので……」
「ああ。わかっている。神殿にはあちらのお布施で充分だろう。我々からのものはそちらへ直接送ろう」
ルートンの後ろを歩くカゴ持ちたちへ視線を投げた。
「感謝いたします」
セレアン伯爵は頭を下げながら口角をあげていた。
その頃、王都内にあるセレアン伯爵邸では十歳ほどの男の子が2月なので雑草などほとんど見当たらない庭で懸命に草むしりをしていた。ノルマは大箱5杯なので、草が生えていないなどという理由は通用しない。ねずみ色の髪はまばらで肌は薄茶色、元の色がわからないくらいくすんだ服を着ている。
鎌も与えられず縮こまる指先で小さな草を摘んでいくと、爪の間にどんどんと砂利が入り時間が経つにつれて痛みに変わっていく。それでも少年は手を止めることなく小さな草を求めて這うように進む。ボロボロのズボンから見える膝小僧は擦り傷の中に土が入り込み傷口はすでに黒くなっている。
ほうきの柄ほどの長さの棒を持った男がやってきて、いきなり後ろから屈んでいる背中向かって棒を振りかぶり下ろした。少年が「うっ」という呻きとともに倒れ込む。
「チッ! 1日やって箱半分とは本当に仕事ができないやつだ。もうすぐ旦那様とご子息様がお戻りになる。目に付かないところへいけ。明日からもこの仕事、サボるなよ。3日以内にできなかったら飯抜きだ」
足を振り上げてドカリと倒れている少年の尻を蹴り飛ばし、屋敷へと戻って行った。少年は這って茂みの影に隠れる。背中の痛みでベッドまで戻れそうになく、とにかく目に付かない場所へと移動したのだった。
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