11 着替え
「まだなのかっ!?」
客室へつながる扉の向こうから怒りの声がする。アノスジェンは慌てたが『いい人』だと思っているので恐怖はない。
「すみません。なかなかキレイにならなくて」
「入るぞ」
執事は腕まくりと膝まくりをして入室してきた。アノスジェンに立たせてお湯を数回頭からかけると、アノスジェンを回らせてチェックしていく。
「背中。洗えてないじゃないか」
言うが早いかスポンジを手に持ちこすり始める。暴力を振るわれることに慣れてしまっているアノスジェンは一瞬体を強張らせた。執事はその姿に眉を寄せるが何も言わず洗い続ける。予想よりずっと優しい手つきにアノスジェンはいつの間にか力を抜いてされるがままに任せた。全身くまなくチェックされ、洗い足りないところは執事が洗った。
「こんなもんだろ。自分で背中を洗うときは柄の付いたブラシを使うんだ。あそこに用意されているタオルで拭いたら出て」
「はい」
スポンジを片付けて振り返った執事はそこにいたアノスジェンの姿にびっくりした。アノスジェンは裸のままタオルを握り床を拭き始めていたのだった。
「お、おいっ! 何してるんだ!」
「もう僕がキレイになったので汚さずに掃除ができます。でも服を着たらまた汚してしまうので……。ダメでしたか?」
「それはメイドの仕事だっ! ……貴方を……洗うのも本来メイドの仕事だから……なんとも言えないが……。
と、とにかく立って! 体を拭いてそこにある下着を身に着けてくれ」
「え?! あれ僕のなんですか?」
執事ははぁと呆れ声を出した。
「いいから言う通りにしてくれ。僕も上から言われていることをやっているだけなんだ。僕には止めさせる権利はないし、貴方にも拒否をする権利はない」
『僕が言う通りにしないとこのいい人が怒られちゃう。それはダメだ』
アノスジェンは慌てて下着の方へ走って体を拭くと下着を身に着けた。
「執事さんもびしょ濡れですね」
しょんぼりとした顔で見られた執事は再びため息を吐いた。
「僕の着替えも外に用意してあるから問題ない」
「よかった!」
浴室を出ると執事は手早く脱ぎ、同様の執事服に着替えた。アノスジェンは自分用の服が見当たらずキョロキョロしている。
「何をしている?」
「僕の服が……」
「目の前にあるでしょう」
「いえ、こんなにキラキラしたものではなく……僕の白い……そのぉ……」
「白? もしかしてさっきまで着ていたあの茶色の布切れのことを言っている? あれなら捨てた」
「えっ! 僕のもっている中で一番キレイな……服……」
「………………それはすまない」
二人とも俯いて重い空気が流れた。ハッと我に返ったのは執事だった。ベッドに用意されている貴族の坊っちゃんが着そうな服を指さす。
「ち、違う。とにかく今はあのような服は着ない。これは旦那様からの指示だ。それを着るんだ」
執事はカウンターの水差しからコップに移し一気飲みした。
『いつもいじめられている坊っちゃん……か。みんなはなんであれをいじめる気持ちになれるんだ? あんな小動物をいじめて楽しいか? 浴室で見たら傷がたくさんあった……。折檻しているのは旦那様だと聞いているが、飯や服を見てやっているのはメイドたちのはずだ。あんなに痩せこけて……ひど過ぎる』
もう一杯一気飲みする。
『あ! やばっ! これ僕が飲んでいいやつじゃないや。あいつに持っていこう』
別のコップに注ぎ、アノスジェンへそれを渡そうと振りかえると、執事はまたまた驚いて目を見開いた。アノスジェンは服を握ったまま青い顔をして立っていた。
「お、おいっ。どうした?」
慌ててかけつけ握っていた服を受け取る。目には涙を溜めていた。
「もしや針でも刺さっていた? 怪我はないか?」
執事の言葉にびっくりしてプルプルと首を横に振る。
「とりあえず、水を飲め」
アノスジェンは執事から受け取ると叱られないかとチラチラと執事を見た後に恐る恐る口をつけた。一度喉を通ると渇きを思い出したように勢いよく飲む。執事は飲んでる途中にカウンターから水差しを持ってきてもう一杯注いだ。アノスジェンはそれも飲み干した。
アノスジェンからコップを受け取るとベッドのサイドテーブルに置く。そして片膝を付いてアノスの顔を見上げた。
「で? 今度は何がわからないんだ」
「ぼ、僕……十歳からこういう服着ていないので、着方を忘れちゃった…です」
そこにはズボンやプリーツ付きシャツ、シンプルなジャケットだけでなく、カマーバンド、サスペンダーやシャボ、カフスボタンまで用意されている。
「そうか。わかった。手伝う……」
執事はもう怒鳴る気持ちは失せていた。
毎日2話ずつ投稿
夜6:40
頑張ります!
少したまったのでしばらく2話更新しまーす。
ブックマーク嬉しいです。
★嬉しいです!
よろしくお願いします。




