10 浴室
本日2話目
ベラーナはスキップしながらアノスジェンの小屋に向かった。
『早くこうすればよかったのよ。ルートン様が部屋付きメイドにしてくれるのもすぐね』
昨日のようにノックもせずにドアを開けた。
「あら、起きてたのね。今日はすっごく機嫌がいいの」
歩きながら袋の中から一つのパンを取り出して袋を投げ捨てる。アノスジェンの前まで来るとアノスジェンの後頭部を掴んだ。
「お姉様が食べさせてあげるわ」
堅いパンを口に無理やり押し付けたが、アノスジェンが歯を食いしばって拒み、パンはどんどん小さくなった。
「パンが無くなったってことは食べ終わったのよね。さあ、とっとと仕事へ行きなさい」
ベラーナは洗濯をしながら、英雄譚を話すごとくアノスジェンにしたことを話した。誰が聞いているかも知らずに。
その三日後の昼過ぎ、裏庭掃除をしていたアノスジェンのところに茶色の髪をしっかりと後ろに撫でつけたまだ少年の雰囲気が残る若い執事がやってきた。執事は黄緑色の瞳を細めて室内を見渡した。それからアノスジェンに視線を戻す。
「ご主人様がお呼びです。こちらへ来てください」
堅く丁寧に言いながらも命令口調な物言いの執事におびえながらもアノスジェンには選択権はなかった。
『きっと教会へ行く日が決まったんだ。僕さえいなくなればお父様とルートン兄様は幸せに暮らせる。やっと二人の役にたてる』
執事に連れられて行く理由に思い至ったアノスジェンは微笑みながら小走りになる。後ろをチラリと振り返った執事はその微笑みに舌打ちした。
アノスジェンの記憶にある1階のセレアン伯爵の執務室へ行くと思っていたが、その前を通り過ぎ2階へと上がる。そうして執事に連れてこられた部屋を見て驚いた。そこは客室の一つで、執事はそのまま中へと進み、アノスジェンはおずおずとついていく。自分の予想と違うことにがっかりしながらも、新しい場所に慎重に足を進める。
執事は部屋の奥へと進み、そこは浴室であった。アノスジェンは浴室の前で慌てて靴を脱いでついていく。
「あの……僕が掃除をしても汚してしまいます……。一応靴は脱ぎましたが……その……足もキレイではないし……」
掃除係として呼ばれたと思ったアノスジェンは自分の服の裾を握り締め悲しげに床を見つめた。チッと大きな舌打ちが聞こえたが顔を上げることもできない。
『ああ……怒らせちゃったんだ。でも、僕が汚いのは本当だし、きっと振り向いたら僕の足跡着いちゃってるだろうし……』
「いいから脱いで」
「へ?」
さすがにアノスジェンもびっくりして顔をあげた。執事が嫌な顔を隠そうともせず睨みつけてうんざりと息を吐く。
「貴方を洗うんだ。メイドたちが誰もやりたがらず僕に回ってきた。水浴びはいつもしているだろう。自分でもよほど汚い自覚はあるようだし」
アノスジェンはコクリと頷いた。
「なら自分でやってくれ。隅々までみっちりと。少しでも汚れが残っていたら罰を与えてもいいと……先輩執事に言われている……」
執事の声は尻窄みであったがなんとか聞き取れた。『なんで弟ほどの人に罰なんてできると思うんだ。こんなに細くて小さくて……暴力なんて僕にはできない……』執事はギュッと下唇を噛む。
「はい……」
返事を聞いてホッとした執事は浴室にあるものの説明をする。アノスジェンにとって使ったことのないものばかりでたくさんの質問をしたが、ちゃんと答えてくれてから浴室から出ていった。
『あの人は悪い人じゃないんだ。僕を殴らないようにするために気を配ってくれている。初めて見る執事さんだったし、きっといい人』
アノスジェンは微笑みながら服を脱ぎ始めた。
アノスジェンが薪割りをしていても草むしりをしていても井戸の水汲みをしていても、メイドや男使用人や執事などがやってくると、必ず暴力を振るわれた。怒りをぶつけてくる者、暇つぶしに殴りにくる者、ストレス発散にくる者、理由は様々であれアノスジェンに暴力を振るう者は後を絶たなかった。アノスジェンにとって見たことのない人物は暴力を振るいに来なかった『いい人』なのだった。
抜いだ服を濡れないように隅にまとめてシャワーを手にした。
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