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BURLESQUE  作者: 微倫
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江國陽菜乃—エクニヒナノ― ①



「取調を受ける側ってこんな気分なんですね。ああ、はい。余計なことはいいですよね。すみません。疲れているので、多少時間はかかると思いますけど、何一つ包み隠さず話します。ここで私が語ることに嘘はありません。ですから、事務官の方には漏れの無いように、詳細に全てを調書に残して頂けると幸いです。


 結論から言います。詩乃宮結季(しのみやゆうき)を殺したのは、私です。正確に言えば、直接手を下したのは、計画の協力者である六丸真緒(ろくまるまお)という男性ですが、殺害実行へ持ち込んだ経緯に私は深く携わっています。順を追って話しましょう。私が詩乃宮結季という人物を知ったのは、十七年前、私が未だ高校三年生のことです。


 私には、詩乃宮麻衣(まい)という唯一無二の友人がいました。気さくで、謙虚で、容姿が端麗な子でした。ソフトテニス部に所属していて、部活熱心で、憧れの人がいて、洋服と化粧道具に興味が強いような、どこにでもいる女子高校生が、麻衣です。


 私が麻衣と出逢ったのは、高校一年の入学式です。麻衣と私は一学期の初期に行われた体力テストでペアを組んだことをきっかけに親しくなりました。友人ができるか不安に思っていたのはお互い様で、同じアーティストが好きなことで意気投合し、休み時間は常に麻衣と過ごしていました。それから三年間、ずっと仲良し。麻衣とのプリクラとかも家には残っていますよ。ああ、余計な話ですね。ごめんなさい。


 そんな麻衣にも悩みがありました。弟のことです。弟のことが、好きで仕方がないと言っていました。その様子は、恋に胸を焦がすというより、苦しんでいるように私には映りました。まあ、仕方ないことですよね。実の、血の繋がった弟を、真剣に愛する自分が恐いと、私に相談してくれました。


 当時、弟の結季は、未だ小学校四年生でした。女子高校生が恋した相手が十歳ですよ。麻衣は怯えながら、自分が血縁者、しかも小学生に欲情している事実を、泣きながら私へと伝えてくれました。弟がバレンタインデーにチョコレートを貰ってきた日には、弟が見ていない間に、全てゴミ箱へ捨てたと言います。どうしてそんなことをしたのかと訊いても、わからない、衝動で、の一点張りで、私は麻衣に違和感を覚えました。麻衣は少し、おかしいのかもしれない、と。


 ただ、麻衣の執着、弟への愛憎は日に日に増しました。弟で自慰行為を行ったり、放課後に弟の様子を監視したり、それはもう酷い有り様でした。それでもまだ、この頃はよかったんです。ある日を境に、麻衣は、弟と母親が楽しげに会話をすることすら、嫌気がさしてきたと言いました。


 そして、麻衣と私が成人を迎えた頃、麻衣は家庭に居場所がなくなったと溢しました。夜中、弟の部屋に潜り込み、夜這いしようとした時は、両親にこっぴどく怒鳴られたそうです。無理もない。常識外れの言動。麻衣の頭が狂ったのだと、両親も思っていたのですから。しかし、今思えば麻衣が壊れた原因は、弟の結季にありました。そう、皆さんも小耳に挟んでいると思います。詩乃宮結季は、ソリロクイ処方型異常体質、通称Sと呼ばれる先天性の病を患っていました。Sは人の精神領域内の独占欲や衝動を支配することが出来る存在です。結季は、無意識のうちに姉の麻衣を支配していた。そんなことも知らない家族一同は、麻衣を責め立てました。麻衣はただ、ソリロクイ症候群を患った、N患者と呼ばれる被害者だったというのに。


 苦しみの先に麻衣が出した決断は、死でした。それも、全てを巻き込んだ、死。麻衣は最期の言葉を私に預けました。『どうか、私のような不純な人間が産まれてしまいませんように』その時分、私も麻衣の方が異常なのだと思っていたばかりに、麻衣の死は、あまり不審なものだとは思えないでいました。



 それから私は、警察官になりました。ずっと夢だったんです。格好いいじゃないですか、警察。昔から大好きで、叶えるために沢山勉強もしましたよ。懐かしい。


 業務をこなす為に、手段を選ばないこともありましたね。その腕を買われて、公安部への配属依頼が来ました。それも、外事課。キャリアコースです。私は勿論、イエスと答えました。仕事ばかりで、当時の私は麻衣のことなんてすっかり忘れていたのも事実です。はい。今でも麻薬や銃器の摘発検挙数一位という功績は私の勲章ですから。え、あ、ブローカー? その話もしなくちゃいけませんね。追って話しますね。はい。


 私は、思い出したんですよ。二〇一六年に起こった、戸田兆冶(とだちょうじ)による目黒区女子中学生猟奇殺人事件をきっかけに。戸田の犯行ビデオと、自供調書を読んで、私は麻衣を思い出しました。この殺された女子中学生たちと、あの頃の麻衣が重なったんです。


 私は、私の仕事を見つけた気になりました。長らくお世話になった外事課に背を向け、私は自らのやるべき捜査を遂行する部署を立てました。公安部長が私を認めてくれていた故に完成した第二係四課。今の私が係長をやっていた部署です。ここは、ソリロクイ症候群のような不信事件を扱う課として設立しました。当初、周りからの評判は最低でした。まあ、今もそれは変わりないでしょうけど。キャリアを捨てて何をしていると、外事課時代の仲間には散々煽られましたけど、これで良かったと思っています。私は、このようないきさつでソリロクイ症候群と再会を果たしたのです。


 そんな二係四課に、新しい腕利きの男が入ってきました。検察庁から、優秀な元検事が異動してきたんです。はい、絵崎解一(えさきかいち)、彼のことです。


 彼は様々な想いを胸に、まあ、元恋人である離坂(りさか)しえりのことも大きいでしょうが、私とタッグを組んで、捜査を行いました。そこら辺の詳細は、彼本人に聞くべきですよ。絵崎解一とは顔見知りでしょう、検事さん。後でゆっくりと、話してみてください。


 私が絵崎との捜査とは別軸で行っていたのは、詩乃宮結季が設立したカルト新興宗教『離柘榴(はなれざくろ)の会』への潜入捜査でした。その教団が実在することを突き止めた私は、詩乃宮に近づき、取り入れられたふり、つまりソリロクイを処方されたフリをして、詩乃宮の腕の中に包まれました。涙を流すと発症するという予備知識を入手していたので、そこには気を付けました。ただ、詩乃宮がそれを知っていれば、泣いていないのに支配できていることに違和感を覚え兼ねないので、目薬を用意したりして、なんとか演技で食いつなぎました。ああ、身体の関係は二回ほど持ちましたね。麻衣を壊した弟のセックスの感想なんて、口にしようとするだけで身震いです。あ、いらない? すみません。


 それで、離柘榴の会に潜入していると、詩乃宮の目的が見えてきました。それは、姉への報復。彼はそれを成し遂げる為に、戸田を使い、世の中への反逆声明を挙げたんです。私は怒りましたよ。姉が死んだのは、お前のせいだろうが、と。ただ、表向きの私はあくまで純情な詩乃宮信者。それに私が潜入捜査をしていることは、絵崎にもバレてはいけません。公安とはそういう場所です。絵崎がどうして検察庁から公安部へ来たのが、その本意がはっきりしないうちは、私の真の目的を打ち明けるつもりは端からありませんでしたから。


 詩乃宮は、私に会わせたい人がいると言いました。職場の同僚で、LGBTの者だと。だから、今度の会合は三人で行うから、LGBTのフリをしろと私に命じました。私は従います。詩乃宮は、そのノンバイナリージェンダーの彼を支配できるのか、実験をしていたみたいなんです。そうです、それが、六丸真緒です。


 詩乃宮自身、六丸のことは信用していた様子でした。教育者としても、友人としても。支配できなくても、六丸がより良い教師の道を歩めるように、手助けをしたがっていたぐらいには。それで開かれたのが、離柘榴の会合でした。


 詩乃宮と六丸と私。三人での会合が始まり、開始二時間で詩乃宮が一度部屋を出ました。後半戦は二人でゆっくりと言い残して。私は、六丸の深意を探りました。そして彼は、私にだけ『シノは、おかしい』そう言ったんです。


 それから、六丸と私は密かに連絡先を交換しました。六丸は、詩乃宮にただならぬ敬意を抱いていました。しかし、それは教師としての詩乃宮に、です。訳の分からないカルト宗教に入れ込む詩乃宮に、呆れと怒りが交じった絶望を覚えたと、六丸は語りました。私は、彼と内密に協定を結びました。私の身元は明かさずに。麻衣が死んだ、私の友人が、彼の洗脳によって自殺したと、伝えました。


 六丸は、良い先生だったんです。きっと。だから、こういう不純性というのにかなり引っかかって、当時詩乃宮が入れ込んでいた宇井渚(ういなぎさ)と、麻衣の話が重なったんでしょう。その怒りは殺意を孕みはじめ、私との調和を生み、より深い信頼関係が六丸との間に築かれました。


 殺害計画を最初に持ちかけたのは、六丸です。嘘じゃありません。彼は私の仲間ですから。死人に口はなくとも、成仏はしてもらいたいので、全て本当のことを話していますからね、検事さん。あまり疑わないでください。はい。そうです。はい。


 ただ、六丸は殺しなど考えたことのない側の人間です。いきなり刺し殺そうなどと、そんなことを言い出すものだから、不用心だと叱りました。六丸の提案で一つ良かったのは、麻衣の名を借りて殺害予告をする、というものです。これは、詩乃宮によく効いていました。彼は信者全員に麻衣の殺害を懇願し、自分を護ろうとしたんです。滑稽ですよね。あ、手紙を書いて差し出したのは私です。


 この時から、私は内心、罪悪感というものを覚え始めました。ただの先生が、私の怒りに共鳴したせいで、人を殺そうとしているなんて、と。だから、計画や実行は全て私が担うと決めました。しかし六丸は引き下がりませんでした。『ボクはシノを、教師に戻さなきゃ』六丸は六丸で狂った部分がある男なので、そのようなことをしきりに言っていました。もしかしたら、彼の性自認が女性の部分は、既に詩乃宮に支配されているのかとも思いましたが、詩乃宮の前で涙を流したことが一度も無い、詩乃宮関連で胸を痛めた経験はないという発言から、ソリロクイ未発症は断定することができました。


 結局、計画、準備は私が行い、最終の実行は六丸がやりました。詩乃宮も、ただの友人だからこそ、六丸には油断していたんじゃないですかね。私は六丸のアリバイを作ったり、ブツを用意したりしました。はい、そうです。プラスチック爆弾は、外事課時代に出逢ったブローカーに用意させました。そういう場所なんですよ、公安って。ああ、いえ。ブローカーと付き合いがあったのは、私個人です。外事課は関係ありません。



 車両火災を喰違見附で起こしたのは、上奏(じょうそう)大学が近かったからです。潜入捜査において、詩乃宮が上原麻奈美(うえはらまなみ)という女性に固執し、故に尾藤唯香(びとうゆいか)などもN患者にしていたことが判明しました。なので、捜査の撹乱としては、悪くない立地だったかなとも思っています。


 それから、捜一が手を付けた車両火災のガイシャが詩乃宮であることが判明し、計画通り私たち二係四課が引き受けました。日本の警察は優秀ですからね。捜一が私と六丸の足跡を見つけても困るんで、早急に手を引かせたんです。



 こっからは蛇足ですよ。詩乃宮は死んだ。しかし、隣で絵崎が事件解明の為に燃えている。その炎を誰にぶつけるか、どこへ持っていかせるか、残っていた私の仕事はそれでした。


 初めは、上原麻奈美に全てを押しつけようとしました。でも、ダメでした。絵崎がまだ上原麻奈美の正体に気づく前の話です。私の雀の涙ほどに残った良心が、罪のない人間までを巻き込む気にはなれず、六丸を護る為に、私が全ての罪を負う方向へシフトしました。


 そうです。私は、絵崎、もしくは事件を嗅ぎ回る旧条紀香(きゅうじょうのりか)などに餌をまきました。まず手始めに、尾藤唯香に接触しました。私と尾藤は何度か会合で顔を合わせていたので、接触は容易かった。そして、少し手荒い方法で尾藤に情報を流させる役割を回しました。あ、手荒いというのは、拳銃を突きつけました。


 尾藤はジャーナリストだったので、その職業柄を利用して、私の噂話を掴み、絵崎や旧条に流す役目を真っ当してもらいました。絵崎と旧条の間に私への不信感が募れば、万々歳だったので。


 そして絵崎には六丸を追ってもらいました。六丸には、知らないの一点張りを通せと言いましたが、さすがの絵崎。離柘榴のことは口を割らせたみたいですね。私の話までは漏らさなかったけれど、『あの人と話していると、自分のことを語りたくなるね』って私に六丸が謝ってきました。正直、絵崎を見くびっていましたね、私も。


 反面、六丸の対応もよくて、絵崎が絞る犯人候補はその時点で私か上原麻奈美になっていました。私は後追いで、自分の腹をこっそりと焼きました。焼くってより、熱湯を浴びました。強い鎮痛剤を飲んで何とか痛みに耐えられるぐらいの火傷痣を刻みました。今でもお風呂の時は痛いですよ。おかげで、絵崎は更に私を疑いました。車両火災と火傷跡。疑わざるを得ないですよね。


 しかし、絵崎はやはり鋭い男です。検察庁でも期待の星でしたが、警察内部からも彼の評価は上がり続けるでしょう。私だけが真犯人ではないと見抜き、私には何も話さず、上原と個別で接触し、別の計画を練っていました。私が潜入捜査のことを言わなかったツケが回ってきたんですかね。参ったな。


 上原と絵崎は、私や旧条にはギリギリまで情報を流さず、教団の会合をセッティングしました。そうです。事件当日です。詩乃宮結季の葬儀。そこには、詩乃宮が侵した女性が何人も集まりました。離柘榴の会の信者、ほとんどいたんじゃないですかね。


 六丸には顔を出すなときつく忠告しておきました。もし何か嗅ぎつけて会場に足を運ばれても厄介だったので。でも、最初から葬儀の存在など伝えなければ良かった。私のミスですね。はい。認めますよ、さすがに。


 私はそこでね、罪を告白しようとしたんです。私が詩乃宮を殺したと。それで終わりだったはずなのに、私の予定は狂わされました。離坂しえりが、自分が殺したと虚言を吐いたんです。あれはもう、見るに堪えない姿でした。ソリロクイの末期と呼ぶんでしょうか、あの状態。酷い有り様でしたよ。離坂の元へ近寄ろうとする絵崎。彼女らに視線を奪われていると、私が立っていた出入り口付近のドアが開いたんです。驚きました。六丸が、葬儀場へやってきてしまったんです。


 最初から、私は六丸のことを何一つとして理解してはいなかった。どうしてそんな行動をするのか、尊敬しているのに殺したいと思える動機はどこからやってくるのか。六丸真緒は、ソリロクイとはまた別の部分で、詩乃宮の狂信者だったのかもしれない。自分が決めつけた詩乃宮結季でないと、六丸は許せなかったのかもしれない。


 あの時の、発狂する女達を見ながら、私から奪った拳銃を乱れ打ち、握った包丁で女を次々に刺す六丸の姿はあまりに悲劇的でした。殺しの味を覚えたのか、笑いながら、何人も、そして何度も刺していました。


 その刹那、私は何もできなかった。六丸に後頭部をやられて、完全に身動きを封じられてしまいました。素人相手でも不意打ちじゃ敵いませんよ。不甲斐ないな。


 おかしな言い方になりますけど、血飛沫を吹き上げながら笑い狂う女達は、まるでバーレスクの寸劇を見ているようでした。知っていますか? バーレスク。セクシーな衣装を纏った女性が、音楽に合わせて踊ったりする、キャバレーみたいなやつですよ。


 あの光景は実に滑稽で、醜くて、でも華やかで、美しかった。この世の終わりがそこにはありました。混沌、まさにそんな感じで。はい。もう一生、あの光景を忘れることはないと思います。


 そこに、一発の銃声が鳴りました。絵崎が六丸を撃ったんです。ついこの間まで検事だった男が握る銃は震えていました。はい。私も死ぬつもりでしたが、包丁を自分の喉に刺そうとした瞬間、絵崎に殴られ気絶してしまい、今はここにいます。あの会場にいた人間の、何人が生き残っているんですか? あ、私を含めて三人? じゃあ、ほとんど亡くなったんですね。これで離柘榴の会は消滅ですね。詩乃宮結季も死んだ。私の悲願は達成された。どんな罰だって、ちゃんと受けますよ。思い残すこともないから。



 はあ、長くなってしまいましたね。途切れ途切れで、すみません。これが私の知る全てです。はい。いや、それは違いますよ、検事さん。私は実際に手を下していなくとも、私の殺意が起こした事件です。はい。裁かれるべきは私です。え? 嫌な質問をするのやめてくださいよ。麻衣がどう思っているのか、考えたくもありません。はい。



 あの、絵崎は大丈夫ですかね。きっと二係四課は今日をもって解体です。もし、彼が検察庁に戻りたいというなら、戻してあげてください。なんとかなりませんか。さすがに無理ですかね。法曹と刑事、その垣根を簡単に往き来はできないかもしれないけど、彼の正義感は惨殺な事件現場には不向きです。法廷でこそ、生きるべき正義だと私は思います。彼、きっと苦しんでいるはずです。今も。ええ。はい。絵崎は良い男ですよ。少し無骨で、時にその正義から悪魔のような男に見える時もありましたけどね。はい」



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