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BURLESQUE  作者: 微倫
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上原麻奈美—ウエハラマナミ— ⑤



 私は町田の外れにある葬祭ホールをとった。町田を選んだのは、よく会合が開催されていたので、皆も集まりやすいかと思って選んだ。フリーターの身分、その他諸々の費用は全て、結季くんのお金を借りた。いつか有名になったらお金は返すつもりだ。これは一応、私からの最初で最後の贈り物になるだろうから。



 詩乃宮結季の葬儀を執り行うにあたり、重要な手配は一週間足らずで終えた。



 亡くなってから既にかなりの時間が経過していた。遺体は司法解剖後でこちらに搬送されることはないし、都合上、外部の人間の立ち入りは原則禁止にした。離柘榴の会教徒と、ソリロクイ症候群の捜査を行っていた警察関係者のみに絞った葬儀。僧侶も呼ばず、読経などは進行上無しにすることにした。もはや葬儀というより、教団内のお別れ会に近い。



 葬儀社との打ち合わせ時点で、葬儀の方針を伝えると、どうやら私もカルト宗教の一派だと思われたのか、多生引き気味で「でしたら、あまり既存の内容にとらわれず、ご自分のご意向にあった内容をお考えになられた方が……」と言われた。私も実際その方が楽だったし、当日、葬儀社の人間をホール内に迎えることも不可能だったので、「ぜひ」と仏頂面で頭を下げた。



 今回の葬儀に宗派や火葬はない。それに、喪主、世話役、受付、会計等は全て私が一任し、手が回らない部分は絵崎刑事に手伝ってもらうことになっている。参列者は多くてもおよそ十五人程度を予想している。香典を受け取らない分、香典返しや、接待用の飲食物なども用意はしない為、費用は割安で収まった。




 葬儀当日。予定時刻が迫るにつれ、ホール内には喪服姿の女性が集まり始める。大半が、私の顔見知りだ。皆、受付の際に私へ優しい声をかける。「まなみん、色々と準備ありがとうね」「上原さん、大変だったでしょう」「麻奈美さん、本当に、この場を設けてくれたこと、感謝します」その反面、どうして私が喪主を務めているのか、疑念の目を向けてくる女性も少なくは無かった。仕方がないことだ。彼女らにとって、詩乃宮結季は一番の存在なのだから。私は、深々と腰を折って、一人一人丁寧に頭を下げた。



 芳名帳に並ぶ名前。女で始まり、女で終わる。知り合いが八割で、見たことのない名前が二割。もはやこれは、私の葬儀なのではないかと錯覚するような参列者たちだった。皆、結季くんが私を手に入れる為に利用されていただけだ。それなのに私は、結局最後まで彼の意志をのんであげることはしなかった。後悔はない。彼女たちが君の死を弔い、泣いてくれている。私が泣く分の涙など、もうここに残されてはいないから。


「上原」


 名前を呼ばれて振り返ると、背広を羽織った絵崎刑事が立っていた。その背後で、江國陽菜乃が腕時計で時刻を確認している。旧条先生は捜査関係者という立ち位置で参列可能だったけれど、結季くんとの直接的な関係がないということで、今日は不在だ。


「先週は事情聴取ありがとう。そろそろ時間ね」江國陽菜乃が私を見て微笑む。「一応、我々は式中、ホール内の警備配置に着くわ。とは言っても、絵崎と私の二人だけだから心細いかもしれないけれど。念のための警備ってことで、一応拳銃は所持させてもらっている。それだけは承知しておいて」


「はい、ありがとうございます」


「私はホール出入り口付近に、絵崎は上原さんの横につける」


「絵崎さんが隣に居るなら安心ですね」


「でしょ。これはあくまで教団内の葬儀だから、私たちは基本的に関与しない。上原さんの好きなように、式を進行してね」


「わかりました。それじゃあ、定刻になったら、始めます」


 江國陽菜乃が重々しい出入り口の前に立つ。絵崎刑事は進行台から少し離れたところにスタンバイしてもらう。私は生花祭壇を一瞥し、世話役の位置につく。喪主が座るべき最前列は空席にしてある。本来、私が座るべき場所なのかもしれないけれど、世話役に勤め通しの進行を任されている身、悠長に着席して故人へ思い耽る時間はない。それに、そこは私が座っていいような場所だとはどうしても思えなかった。




 午前十時。とうとうその時を迎え、私はマイクスタンドに口を近づけ、ゆっくりと話し始める。



「離柘榴の会を代表いたしまして、皆さまに一言ご挨拶を申し上げます。私は、故人詩乃宮結季の友人、上原麻奈美でございます。本日は、お忙しいところを、詩乃宮結季の葬儀にご会葬くださいまして、誠にありがとうございます。このように大勢の方々にお見送りいただきさぞかし故人も喜んでおることと存じます。生前、故人に寄せられた皆さまのご厚情に対し、心より御礼申し上げます」


 手元にある進行兼喪主用のメモ書き通りに話す。ホール内は、既に大半の女性が黒いハンカチで涙を拭う状態にあった。彼の死を、つい最近知った者も多い。私は挨拶を続ける。礼儀正しく挨拶を終えた後のメモには、(皆に、ちゃんと話す部分)とだけ書き置いてある。



「生前、故人はその生涯を人の為に費やしたといっても過言ではありません。物心がついてすぐに、温かな家庭を失い、果てしない孤独の中でも、故人は強く、ひたむきに生きて参りました。教育現場に就いてからは、生徒のことを誰よりも思いやり、正しい人格形成へと導く先生であったことでしょう」宇井渚を目の端に留めると、彼女は両手で顔を塞いで、声を押し殺しながら泣いていた。「約七年間、教育というものへ熱を注ぎ、その傍ら、離柘榴の会を設立することで、更なる弱者への救済を考えるような、心優しい人でした。しかし、故人の目的は、とうとう叶わぬものとなりました。私自身、一友人として、とても無念に思います」


 普段は使わない言い回しで話すせいか、何か嘘をべらべらと語っている気分に落ちた。私は、彼女たちに全てを話さなくてはいけない。そうだ。こんなんじゃ、ダメなんだ。


「……故人は」この言い方が、どうにも調子を狂わせる。ここにモラルは既にない。私は、私の言葉で話したいんだ。「いや、やめましょう。故人、なんて言い方」空気が変わり、葬儀場の雰囲気も一変する。「砕けた言い回しの不敬をお許しください。結季くんには、目的がありました。離柘榴の会を創設したのは、復讐の為だったんです」


 私の「結季くん」呼びに不快感を漏らす女性も見受けられた。かまわず続ける。


「彼は十二歳の時に、実の姉に殺されかけています。皆さんもご存じの人物、詩乃宮麻衣、その人です。しかし、彼女の計画は失敗し、一家心中は結季くんだけを残して、幕を下ろしました。その事実を、結季くんは忘れていた。何年も、ずっと。それなのに、私が思い出させてしまった。私との出逢いが全ての発端だったんです。この離柘榴の会創設も、全て。私は、彼との出逢いを運命だと錯覚しました。ここに参列されている皆様も、そのような気持ちで彼と出逢ったことだと思われます。ただ、彼はあなた達を利用しました。私を手に入れ、社会への報復を、亡き姉への復讐を完了させる為に。あなた方は、ある種の洗脳状態にかけられてしまいました。今、あなた方の胸にある愛慕は、全て悪意の上に立つ病です。それが真実であることを、どうか、受け止めて欲しい」


 参列席から怒声が飛んだ。適当なことを言うなと、彼は真剣に私と向き合ってくれたと。そういう様々な素直が、私のせいで弄ばれてしまった。じゃあ、私が最初から彼と社会へ反旗を翻していればこんなことにはならなかったのだろうか。そう思わされてしまうほどに、耳が痛くなる喧騒がホール内を包む。私は口を噤んだ。何も言えない状況に追い込まれる。苦しさの中、参列席に目を配ると、唯香が黙ってこちらを見つめていた。「がんばって」唯香の口が、心なしかそんな五文字を象ったように見えた。



「お静かに、願います」呼吸を整え、声を絞り出す。「私と彼は、孤独で空っぽでした。それでも、結季くんは私と違い、その空っぽをちゃんと満たそうとする人でした。私にはできない、想像すらしないようなことを実現させようと躍起になってまで。正直、馬鹿馬鹿しいと思いました。でも、認めてもいました。彼は、己の野心の為に利用という形を取りながらも、何かに苦しむ女性の弱さに優しく触れ、その人を救済していったことも、また事実なのです。教祖として、信者を導き、救う。彼は離柘榴の会における、最高教祖であったと、今は素直に思えます。本当に、神様のような人であったと感じています。しかし、その行いは、誰かの反感を知らずのうちに買ってしまった。そして、皆様に情報が行き届いたように、彼は姉を名乗る何者かに絶命へと追い込まれたんです。ただ、彼はそれすらも受け入れる気でいました。自分がこの世界から姿を消したら、葬式を開いて欲しいと私に頼んだあの時には、もう覚悟ができていたんじゃないかと思います。詩乃宮結季亡き今、この離柘榴の会は、壊滅寸前です。皆さんは、どうされたいですか。結季くんを失っても、この教団を継続させる理由が、皆さんにありますか。彼の復讐を、引き延ばす必要があると思いますか。断言します。結季くんは、あなた達に離柘榴の会を引き継いでもらい、自らを殺した犯人を見つけ、殺害して欲しいなどと今は絶対に思っていない。これからは、自分のことなど忘れて、皆には健やかな毎日を送って欲しいと、願っているはずです。だから──」





「私が殺した」





 私の言葉を遮るような、冷たい一言が聞こえた。声の方向に視線を向ける。右側の後部席。ゆっくりと手を上げ、涙で崩れた化粧顔の離坂さんが椅子から腰を引き剥がしていた。艶やかな口紅。結季くんから褒められる度に、彼女は綺麗になっていった。


「しえり」私の隣で、絵崎刑事が声を漏らした。離坂さんへ熱視線を送る絵崎刑事の瞳は酷く充血している。何かあるのだろう。きっと。


「私が、私がやったんだ。なかなか百点をくれないから、苛立って、私が」


 息を荒げながら、祭壇の方へと近づく離坂さん。祭壇に飾られている結季くんの遺影は、唯香が撮影したものだ。まるで「おいで」と言わんばかりの微笑みを参列者に向けている素敵な写真だった。


 絵崎刑事が戸惑いつつ、ゆっくりとその方向へ身体を向けた。江國陽菜乃は懐に手を伸ばしている。最悪の場合が想定されるのだろうか。姿を隠した拳銃を想像し、背筋が凍った。


 私が挨拶をしていた進行台とは対の位置で、彼女は膝を折って床に手をついた。結季くんの遺影に向かって土下座をし、「私がやった。ごめんなさい。ごめんなさい」と言う。離坂さんは犯人じゃない。どうしてそんなことを。理解が遅れて追いついた。ああ、この人は、例え自分が容疑者になってもかまわないから、結季くんの最期の女になりたいのだと悟った。私は怯え、マイクから口を剥がした。かけられる言葉も見当たらず、不気味な沈黙がたゆたう。それを破ったのは、斎場内唯一の男性である絵崎刑事の、精悍な声。



「しえり! もうよせ! お前は詩乃宮を殺めたりなどしていない!」


「五月蠅い!」叩きつけるような反抗心。「カイちゃんに何がわかるの。なんでここにいるの。邪魔しないでよ。私の、私の幸せの邪魔ばっかりしないでよ!」


 押し黙る絵崎刑事。二人の関係を詮索する間もなく、絵崎刑事が離坂さんに近寄る。「来るな!」そう言われて、絵崎刑事の脚が止まる。


 葬儀場にいる彼女たちが、ひそひそと声をあげる。「本当にあの女が殺したの?」「だとしたら、私、もう許せない」「死んじゃえよ」「嘘だったら気持ち悪すぎる」「死ね! 死ね!」離坂さんへの罵詈雑言が溢れ、絵崎刑事が「黙れ! 好き勝手に言うんじゃない!」と女性達を怒鳴り付けた。その時だった。





 葬儀場の入り口ドアがゆっくりと開いた。




 江國陽菜乃が振り返り、「なんでここに……?」と声をあげた。外の光が漏れた先には、眼鏡をかけ、紺色のスーツを着た男性が立っていた。男性は「すみません」と江國陽菜乃の後頭部を硝子瓶で殴った。ガラス片が散乱し、江國陽菜乃は地面へと這いつくばった。「ちょっと、身内に邪魔されたくないので、先に動けなくしておきます」苦しみながら男性の足首を掴む江國陽菜乃。男性はそれを振り払い、彼女の手のひらを革靴で踏んだ。痛みに悶える江國陽菜乃の懐から拳銃を抜き取った男性は、「ボクが終わらせてあげなくちゃ」とだけ言い、すぐにトリガーに指をかけ、何の躊躇もなく離坂さんに向けて発砲した。



「しえり!」



 離坂さんの美しい額を、発射された薬莢が貫く。血飛沫が祭壇にかかり、そのまま頭を打ち付ける形で倒れる離坂さん。必死に絵崎刑事がそこへ駆け寄り、離坂さんを抱きかかえる。「しえり! しえり!」声をあげるが、目を開いたままで返事が曖昧だった。その間にも、男性は銃弾が切れるまで、その場にいる喪服姿の女性を撃ち続けた。男性は、至って冷静な眼差しをしていた。拳銃が弾切れになると、男性は隠していた文化包丁を抜き取り、それでひたすら女性を刺し続けた。何人も、何回も。女性たちは悲鳴をあげながら、血を吹き出して倒れていく。その中には、唯香の姿もあった。腰を抜かした私はその場に尻餅をついて、身体を震わせながら進行台の裏に隠れることしかできなかった。





六丸(ろくまる)ッ! やめろぉおおおおおおお!」





 絵崎刑事が立ち上がり、六丸と呼ばれる男性に拳銃を向けた。


 引き金に指をかけたあと、銃弾を発砲するまでに躊躇いがあった。その刹那に、六丸はまた一刺し、女性の身体に切っ先を埋め込んでいく。「クソが! 動け!」血走った眼で、激昂に身を任せながら両手で拳銃を構える絵崎刑事。しかし、弾はなかなか発射されない。引き金に掛かる指が固まって動かないようだった。定まらない銃口。動かぬ指先。そんな様子には目もくれず、刺殺に耽る六丸。その間、体感として約四秒。覚悟を決めた絵崎刑事は獰猛な咆哮と共に、そのまま三発ほど、六丸目掛けて薬莢を弾いた。


 人形のように、受け身を取らずに倒れていく六丸。絵崎刑事は拳銃をするりと手から落とすと、身体を仰け反り、床に転がる死体をよけて吐いた。彼の足下には、先程の乱射時に流れ弾を更に食らい、もう息のなくなった離坂さんが横たわっていた。絵崎刑事がふらつきながら後ずさりをする。


 入り口付近で、頭から血を流す江國陽菜乃が立ち上がり、六丸の所に駆け寄った。何かを察したのか、絵崎刑事が急いでそこへ走り出す。江國陽菜乃は六丸が握っていた包丁を抜き取り、自分の首へと向けた瞬間、絵崎刑事は包丁を持つ手を蹴り上げ、そのまま彼女の顔を殴り飛ばして気絶させたのだった。



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