エピローグ
薬莢の匂いが鼻腔を叩いた。震える手をゆっくりと下ろし、銃を床に落とした。
江國さんが、六丸の手から離れた包丁を握り、自分の喉元に刺そうとする。反射に近い動きだった。俺は咄嗟に走り出し、江國さんの包丁を握る手首を蹴り上げ、その頬を勢いに任せ殴り飛ばした。意識を失って倒れた江國さんの隣で、俺も腰を抜かした。
終始、身体は震え続けていた。俺の正義が、俺を否定しているようで恐かった。
しゃがみ込む俺の周りは、死体で溢れている。足下に、女の長い髪が見えた。知らない女だった。俺は、何がしたくて、こんなところにいるのだろうか。俺は間違っていたのか。俺の正義は、こんな結末を生むのか。ならば最初から、俺は──。
「大丈夫」
俺の袖を囓る指があった。振り返ると、生きている人間がいた。上原麻奈美だ。彼女は「大丈夫、大丈夫だよ」とだけ繰り返す。気が動転しそうになる。何が大丈夫なんだ。何も大丈夫なんかじゃないだろう。喉が笛を鳴らし、心音だけが谺する。
「絵崎さん」
「なんだ」
「あなたは今、自分を責めているんじゃないですか」
「ああ。今なら、死んでもかまわないという気分だ」
「そっか」
「離れろ。俺から、今すぐに」
「どうして」
「死ぬしかない。俺も償う。罪を実感しきる前に、償わせてくれ」
俺の身体を後ろから抱き締める、俺より小柄な女。胸元で、その小さな手が組み合わさり、俺を離そうとはしない。冷えた背筋に流れ込む他人の体温。無力感が溶け出し、己の弱さに拍車がかかっていく。
「ねえ、絵崎さん。あなたは今、絶望しているんですよ。死にたいですよね。楽になりたいですよね。でもダメなんです。結季くんがいなくなって、彼を愛する女性や、私の知人が一気にいなくなって、あなたまでいなくなったら、私、嫌です。あなたには必要なんです。生きていて良いと、言ってくれる神様が。あなたの正義は間違ってない。あなたは今、正しさの中にいる。この混沌の世界で、あなたが立つ場所だけが、きっと正義であり続けるから。何も間違ってない。ずっと頑張ってきた。どんな状況に追い込まれようと、絵崎さんは、正しい選択をし続けてきた。だから、死ぬのはやめて。もう誰も私を置いていかないで。あなたが死んだら、私は一人だ。私を一人にすることは、あなたの正義に反しませんか。だから、今、私が言ってあげる。あなたに生きていて良いと。私がなるから、あなたの神様に。だからお願い。死んだりしないで。生きて」
胸を熱くする言葉。心臓に針が刺さって、血液が循環し火照りが増す。爪先から帯びた熱が身体を這い回り、脚、腹、胸、腕、そして顔に行き着く。その先に、瞳があった。水晶体は何も見ていない。網膜の裏に写るのは、無の境地。恐くなった。上原麻奈美の手を解いて、俺は振り返る。自分の眦に、水滴が滲んでいることに気づいた。上原麻奈美の顔がぼやける。
「絵崎さんは間違ってない。生きて。お願い」
俺の頬を伝う、一筋の涙を上原麻奈美の指が拭った。「っああああああああああああ」喉が焼けるような声で叫んだ俺は、彼女の身体に腕を回し、強く抱き締めながら赤子のように泣き続けた。
BURLESQUE 第一部 完




