上原麻奈美—ウエハラマナミ— ②
結季くんは友達だった。だけど、彼が私をそれ以上の存在として見做し始めてから、私はちょっと距離を取った。何やら新しい宗教を作ったり、猟奇殺人鬼に協力を仰いだりと、結季くんの頑張りが顕著に現われるようになった。
私は、その宗教で教祖になって欲しいと頼まれた。ソリロクイ症候群を男性に処方し、結季くんとタッグを組んで、N患者を増やし教団を大きくするという算段。面白いことを考えるなぁと思う一方で、活力は沸かない。私はそれを断り続け、家に帰り、結季くんの企みを液タブで書き殴った。
私をどうしても手に入れたい結季くんは、執拗に私へ迫るようになった。正直面倒だけど、同種として、彼がどこまで私を落とせるか気にはなった。彼がとった手段は、私の周りを占拠するというシンプルな方法。ストーカーじみていたけど、まあ、あんなに美形の男にストーキングされるのは、悪くないと思うことにした。
私が行きつけのバーで飲んでいると、そこへ顔を出したりした。バーテンダーの離坂さんと私がせっかく他愛もない会話に花を咲かせていたというのに。その些細な交流すらも、彼は手玉に取った。離坂さんは結季くんにソリロクイを処方された。まあ、お綺麗どころ同士、外から見たらカップルのようで悪くないんじゃないかなとも勝手に納得した。
平凡に、自堕落に時だけが流れる。卒業論文はこなしたが、就職活動には一切やる気が起きなかった。未来を見据えるのが苦手だったし、私には漫画家という逃げの為の夢があったからだ。
唯香は唯香でやりたいことを見つけて、大学を卒業した。卒業式の日、唯香が持参したカメラで、ゼミの集合写真を撮った。勿論私たちは隣同士だった。
その後に、唯香は私のピン写真を撮ってくれた。振り袖を着て、髪もしっかりと作り、化粧も整えた私は、唯香や他の友人からも綺麗だと褒めてもらえた。「普段からちゃんとすればいいのに。とりあえずコンタクトにすれば?」余計なお世話だよと呟きながら、少し照れる。そんな卒業式だった。
唯香もまた、結季くんに処方されている一人だった。彼女が撮影した写真を載せるアカウントに、結季くんが映っていた事でそれが判明する。一人一人、彼は落としていく。上手だな、感想はそれぐらいだ。
私はファミレスでバイトをしながら、漫画を描き続けた。そして、ようやく新人賞の佳作にまで残った。持ち込み歴が長いおかげもあって、明日の午後に出版社へ呼び出されることになった。「今回のは良い線いったね。ちょっと作品を捻ってみない? もしかしたら、何かに掲載できるかも」いつも担当してくれている名刺先からの連絡。さすがの私もその時ばかりは飛び跳ねるように喜んだ。舞い上がった状態で、バイト先の後輩にシフト変更を頼み、翌日は担当と打ち合わせ的なものを行った。私の漫画は、大きく修正後、無料漫画アプリに掲載されることになった。
ゆっくりと、着実に夢を叶えていく感覚はあった。天才ではない私からすれば、文句の無いスピード感。この、自分が成し遂げようとするものが完成に近づいていく感じは、思いのほか気持ちのいいものなのだと知った。
ああ、結季くんの復讐は、どこまで完成に近づいているのだろうか。その足枷に私がなっているのは事実だけれど、やっぱり協力する気にはなれない。苦しいだけだよ、きっと。そう言ってあげるには残酷だし、彼に好き放題やらせてあげたい気持ちも多少はあった。だから様々な事に目を瞑り、容認した。同種のよしみってやつだ。
結季くんがバイト先に顔を出した。シフト変更をして貰った頑張り屋の宇井ちゃんと親しげに話をしていた。まるで見せつけているようだ。こちらは一人ずつ、落としていくぞ、と。私は心の中で拍手を贈る。さすがだね、結季くん。凄いね。そんな意味の、拍手だ。
こんな私の堪忍袋の緒が切れたのは、結季くんが道を踏み外してしまったから。何者かが結季くんの亡くなったはずの姉を名乗り、結季くんへ殺害予告を出した。もちろん、悪いのはその予告をした人物だけれど、それによって結季くんは壊れてしまった。
彼は、支配した女性を使って、その人物を殺させようとした。姉が生きているはずがないのに、自分の姉を見つけだし、殺せ、と。見ていられなかった。あの時やっぱり、一緒に死んであげるべきだったんだ。いつかどうにか苦しむ姿を想像してしまう理由は、こういうことだった。全ては、私が結季くんを野放しにしたからなのか。ちゃんと諭しきってあげるべきだったのか。多少の責任感は覚えたものの、それは呆れに変わり、私は彼を突き放した。
私が彼に叱咤の電話を繋げた夜を境に、結季くんは私への連絡をやめ、直接的な接触も控え始めた。申し訳ない気持ちにさせられたのは癪だったけれど、別に私は、彼を嫌いになったりはしない。




