第6話『スライムが家までついてきたんだが!?』
ブルードベア討伐から数日後。
僕が領主の代わりに魔物を討伐した――その噂は、瞬く間に領内へと広まっていた。
街では、人々が嬉しそうに僕の名を口にし、まるで自分のことのように武勇談を語っているらしい。
次期領主としての評価は、まさに鰻登り。
少なくとも、表向きは順風満帆と言っていい。
だが――ニアは、その状況をあまり快く思っていないようだった。
「けっ……ご主人様一人で戦ったわけじゃないのに、ひどいにゃ!」
そうぶつぶつと小言をこぼしながらも、手は止めず、屋敷の掃除を続けている。
不満げな態度とは裏腹に、作業自体は丁寧だった。
そんなある日――
屋敷の門番が、明らかに切迫した様子で駆け込んできた。
「クラウス様、大変です! 門の前に……ス……スライムが……!」
その慌てぶりから、てっきりブルードベア級の魔物でも現れたのかと思った。
だが、口にされた名前は――まさかのスライム。
あまりの意外さに、思わず眉をひそめる。
「スライム……?」
確かに、この辺りでスライムを見るのは珍しい。
だが、それだけで、ここまで動揺する理由があるだろうか。
そう疑問に思った直後、僕はその単語に微かな引っかかりを覚えた。
――最近、僕は「スライム」と関わっている。
まさか、とは思いながらも、気づけば僕は門へと走り出していた。
そして、門の前にいたのは――
紛れもなくスライム。見覚えのある、あのシルエットだった。
僕は迷わずそれを抱え上げ、感触を確かめる。
手に伝わる、この柔らかさ――。
「……まさか、あの時の!?」
問いかけに応えるように、スライムはぷるん、と身体を揺らした。
「やっぱり……そうなんだね」
確信と同時に、別の疑問が頭をよぎる。
北の大森林からここまで、人の足でもそれなりの時間がかかる。
最弱と名高いスライムが、危険を承知でここまで来たということは――。
「もしかして……そんなに僕のメイドになりたいんだね……?」
抱き上げたスライムを見つめ、真剣な眼差しでそう告げた、その瞬間。
「何でそうなるニャー!?」
背後から、ニアの容赦ないツッコミが突き刺さる。
「いや、だって。わざわざ僕たちを追ってきたんだよ?」
「どうせ、ご主人様の魔力に当てられただけにゃ」
なるほど。
回復魔法を使った際に僕の魔力を吸収し、その影響で、魔力を求めて追ってきた――
そう考えれば、確かに辻褄は合う。
だが――
「それでも、これは紛れもなく運命に違いない!」
僕はそう宣言し、抱きかかえたスライムを高く掲げた。
するとニアは、呆れ果てたとでも言いたげな表情で、即座に水を差す。
「前にも言ったけどにゃ。スライムなんて喋れないし、仕事もできないにゃ。
そもそも、魔物をメイドにするなんて、メイド長が許可するわけないにゃ」
確かに理屈としては正しい。
だが、それでも――僕はこのスライムから、確かなオーラを感じていた。
普通のスライムではない。そう、直感が告げている。
「エリーゼ。エリーゼはどこ?」
「はい、坊ちゃま。こちらにおります」
呼びかけに応えるように、即座に姿を現すエリーゼ。
ニアは「さすがのエリーゼでも無理だ」と言わんばかりの視線を向けていたが――
「エリーゼ、この子を……」
僕が上目遣いで言い切る前に、彼女は一歩前に出て、
「承知しました」
迷いのない、即答だった。
「ニャ!? なんでそうなるにゃ!
みんな頭どうかしてるにゃー!」
ニアは完全に予想外だったらしく、頭を抱えている。
きっとエリーゼも、この子から漂う特別な気配を感じ取ったに違いない。
「ありがとう、エリーゼ」
礼を告げてから、僕はもう一度スライムを見つめる。
きゅるん、とした愛らしい動きに見とれているうち、ふと一つの考えが浮かんだ。
「そうだ。名前をつけてあげないとね」
僕はスライムを優しく抱え直し、顎に手を当てて考え込む。
「うーん……」
しばらくして、ふと閃いた。
「――“プルメア”なんて、どうだろう?」
するとスライムは、嬉しそうにぷるぷると身体を震わせた。
「どうやら、気に入ったみたいだね」
僕と――スライム、改めプルメアが楽しげに戯れているその傍らで、
ニアは相変わらず呆れた様子でため息をつく。
「もう……あとで後悔しても知らないからにゃ、ご主人様」
そう言い残し、肩をすくめるのだった。
◇◇◇
プルメアは、その日から僕の専属メイドとして屋敷に住むことになった。
もっとも、実際のところは一応“魔物”であるため、表向きの扱いは「従魔」ということになっている。
従魔とは、特別な契約や届け出が必要なものではなく、主人の命令に従い、意思疎通がある程度可能な魔物であれば、慣例的にそう呼ばれるだけの存在だ。
つまり――
プルメアは公式には従魔。
そして、僕にとっては紛れもないメイドである。
立場は建前、重要なのは中身だ。
そういうことにしておこう。
プルメアは明らかに意思を持っていた。
屋敷の中では、自由気ままにぷるぷると動き回りながら、メイドたちの仕事を興味深そうに観察している。
洗濯物を干す様子をじっと見つめたり、掃除の手際に見入ったり、
調理場の鍋を覗き込んでは、メイド長エリーゼに軽くたしなめられたり――。
その様子は、まるで少しずつ“メイドという役割”を学んでいるかのようだった。
夜になると、プルメアはぽよんとベッドの端に跳ねてきて、
僕のそばで丸くなって眠るのが、すっかり日課になっていた。
なんというか――警戒心の薄い小動物みたいで、素直に可愛い。
眠っているあいだ、プルメアは僕のそばに寄り添いながら、
いつの間にか僕の魔力を取り込んでいるらしかった。
その影響なのか、ここ最近は彼女の魔力量が、少しずつ増しているように感じられる。
とはいえ、僕自身に違和感はなく、痛みや不調を覚えることもない。
だから、その変化を深く気に留めることはなかった。
――だが。
数日後のある朝。
目を覚ました僕の耳に、聞き慣れない声が届いた。
「……おはようございます、ご主人様」
聞き覚えのないその声に、僕は眠たい目をこすりながら、声のする方へ視線を向けた。
寝起きでぼやけた視界に、無理やり焦点を合わせる。
僕のベッドの横に立っていたのは、
透き通るような淡いブルーの髪と、大きな瞳を持つ少女だった。
一見すれば、ごく普通の少女。
だが、よく見れば――どこか引っかかる。
光を受けて揺れる髪は、絹のようでありながら、
わずかにぷるりとした質感を帯びていて……見覚えのある感触を思い出させた。
僕の意識が、一気に覚醒する。
「……まさか……」
その言葉と同時に、僕はベッドから跳ね起きた。
「まさか……プルメア!?」
「はい、プルメアです」
にっこりと笑顔で答えるその表情は、あまりにも純粋無垢で――
次の瞬間、僕の口から歓喜の雄叫びが飛び出していた。
「でゅふふふふふ!!」
まさか……あの丸っこいスライムが、人の姿になるなんて。
しかも、美少女スライム娘という未知の属性だ。
興奮が冷めやらない。
だが、それと同時に、一つの疑問が浮かんだ。
「……でも、どうして急に人の姿になったんだ?」
僕の問いかけに、プルメアは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、
それから、思い出すように視線を落とした。
「えっと……前から、人になれたらいいな、とは思っていました」
ぽつりとこぼすその声は、どこか照れくさそうだ。
「メイドのお仕事をするなら、人の姿のほうがいいですし……
それに、ご主人様や皆さんと、同じ目線でいたかったので」
そう言ってから、首を傾げる。
「どうして人型になれたのかは……正直、私にもよく分かりません。
もしかすると、ご主人様から毎日魔力を吸わせてもらっていたから……なのかもしれません」
歯切れの悪い言い方からして、本人にも確信はないのだろう。
人型に変化するスライムなど、聞いたことはない。
だが、意思を持ち、環境に適応する魔物が存在する以上、
こうした変化が起きても、不思議と断じることはできない。
やはり、プルメアは特別なスライムなのだ。
……理由がどうあれ。
今、目の前にいるのは、
人の姿で、僕のために働こうとしてくれるプルメアだ。
今はただ、プルメアという“スライム娘の専属メイド”が誕生したという事実を、全力で喜ぶことにしよう。
でゅふふ。
ニアがこの光景を見たら――
きっと、とんでもなく驚くに違いない。
……などと思っていた、その矢先。
騒ぎを聞きつけたのか、ちょうどいいタイミングでニアが部屋に顔を出した。
「朝から、なに騒いでるニャ……」
そう言いながら部屋に入ってきたニアは、
僕の隣に凛と立つ少女――プルメアの姿を目にした瞬間、動きを止める。
「……だ、誰ニャ!?」
突然現れた見知らぬ少女に警戒するのも、無理はない。
まさか、それがあのスライムだとは、普通は思わないだろう。
「この子は、プルメアだよ」
僕がそう教えると、
「なに言ってるにゃ……そんなわけ――」
否定しかけたニアは、
改めてプルメアを下から上まで、じっと見つめ直す。
淡いブルーの髪。
柔らかな雰囲気。
そして、どこか見覚えのある――あの質感。
「……ニャ……ニャー!?」
ようやく理解が追いついたのか、
ニアは間の抜けた声を上げ、その場で固まった。
「ふふ、プルメアですよ」
そう言って、にこりと微笑みかけた瞬間。
「しゃ……喋ったにゃーーー!?」
ニアの驚きようは、正直言って見ていて面白い程だ。
なにしろ彼女はこれまで、「スライムは喋れないし、仕事もできない」と散々言い切ってきたのだ。
その前提を、目の前で一気に覆されたのだから、衝撃を受けない方がおかしい。
そして――。
「……にゃ……」
糸が切れたように、ニアはそのまま意識を失って倒れた。
「ちょ、ニアさん!? 大丈夫ですか!?」
慌ててプルメアが駆け寄るが、
すでにニアは完全に伸びている。
……まあ、仕方ない。
こうして、僕の屋敷には――
スライム娘という未知の属性を持つ専属メイドが、新たに加わったのだった。
これから始まるメイドとの生活が、
ますます賑やかになることだけは、間違いなさそうだ。




