第6話『スライムが家までついてきたんだが!?』
ブルードベア討伐から数日後。
僕が領主の代わりに魔獣を討伐したという話は、あっという間に領内に広まっていた。
「たった十歳で、領主様の代わりに討伐に出たんだって!?」
「しかも相手は赤黒いブルードベア! あの魔獣を一人と猫獣人だけで……」
「やはり神童様はただ者じゃないな。ヴァイスベルグ家は安泰だ……」
「それになにより、あの問題児だった猫獣人を手懐けて、今じゃ専属メイドだって話だぜ?」
街の人々はそう噂しながら、口々に僕の武勇を語っているらしい。
ふむふむ、実に良い流れではないか。
でゅふふ……僕の評判、うなぎ登りである!
「けっ……ご主人様はただの変態なのにおかしいニャ!」
その横で、ふてくされた様子で尻尾をパタパタと振っているのは、例の猫獣人――ニアだ。
今日もメイド服を着て屋敷の掃除をしていたが、どうにも態度がツンツンしている。
だが、そこがいい。
今やニアは僕の理想のメイドとして働いてくれている。
口では文句ばかりでも、掃除も洗濯もきっちりこなすあたり、さすがは族長の娘と言うべきか。
そんなある日――
屋敷の門番が、慌てた様子で報告に来た。
「クラウス様、大変です! 門の前に……スライムが……!」
「スライム……?」
まさか、とは思った。
けれど、その“まさか”だった。
僕が門まで出ていくと、そこには――
「……おおおおお!!」
いた。
あの時、森の道端でキノコを食べていたスライムが!
プルプルと震える小さな体。透明感あるボディ。丸っこいシルエット。
「こないだのスライムじゃニャイか!?」
ニアが目を見開き、思わず指をさす。
「森からここまで来たのか……!?」
僕はしばし絶句して、距離を考え直す。
森の外れからここまでは、少なく見積もっても十数キロはある。
人でも一日がかりの距離を、あの最弱と名高いスライムが、誰にも見つからず、無事に辿り着いたのか。
「お、お前……!」
スライムは僕を見るなり、ぷるっ、と大きく震えてから、ぽよんと跳ねながら近づいてきた。
「……なんて健気なやつなんだ!」
僕は両手でそっとスライムを持ち上げ、嬉しさで目を潤ませた。
「もしかして……そんなに僕のメイドになりたいんだな……?」
「何でそうなるなるニャ……頭おかしいニャ……」
すかさずニアの冷たい声が刺さる。
「いや、でも見てよこの愛らしさ! 君も内心ちょっと可愛いと思ってるんじゃないの?」
「思ってないニャ! ていうか、スライムなんて喋れないし、掃除もできないし、服も着れないニャ! どうやってメイドやらせるつもりニャ!」
「大丈夫、なんとかなる。可能性は無限大なんだよ!」
「全然大丈夫じゃないニャあああ!!」
ニアは絶望したように頭を抱えながら、その場で座り込んだ。
けれど――僕は確信していた。
このスライム、何かが違う。
ただのスライムではない。
きっと、特別な何かを秘めているに違いない。
――メイドとしての才能とか、そういう方向の何かを!
「……そうだ、お前に名前をつけよう」
僕はスライムを優しく抱え直しながら、ふむ、と顎に手をあてる。
「そうだな……じゃあ、“プルメア”なんてどうだろう!」
スライムがぽよん、と小さく震える。何だか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「ぴょるっ!」
スライム――もとい、プルメアは勢いよく跳ねて、僕の胸元に飛びついた。
「ご、ご主人様……もう本当に後悔するニャよ……!」
ニアはまた頭を抱えたが、僕は満足げに頷いた。
プルメアはその日から、僕の“メイド(従魔)”として屋敷に住むことになった。
屋敷の中では、自由気ままにぷるぷると動き回りながら、メイドたちの仕事を興味深そうに観察している。
洗濯物を干す様子や掃除の手際をじっと見つめていたり、調理場の鍋を覗き込んでメイド長に叱られたり――。
まるで、少しずつ“メイドらしさ”を学んでいるようにも見えた。
「まぁ、ぷるぷるしてるだけだし、放っておいても特に害はないしね?」
「いやいやニャ!? 本当に大丈夫ニャ!? 最近ご主人様のベッドにまで入り込んで寝てるニャよ!?」
「だって、寂しそうにしてたからさ……」
夜になると、プルメアはぽよんとベッドに跳ねてきて、僕の隣で丸くなって寝るのが日課になっていた。
なんというか――猫みたいで可愛い。
「にしても……最近、プルメアの魔力が少しずつ増えてる気がするんだよな……」
プルメアは、僕が寝ている間、そっと身体を寄せてくる。
どうやら、僕の魔力を吸っているらしいが――痛くもかゆくもないし、魔力量が減ってる実感もない。
だから、特に気にしていなかった。
だが――
ある朝。
僕が目を覚ました瞬間、隣から聞こえたのは、
「……おはようございます、ご主人様」
「……ん?」
「って、しゃべったあああああ!?!?」
ベッドの隣には――人型に進化したプルメアがいた。
透き通るような淡いブルーの髪に、大きな瞳。
小柄で、柔らかそうな雰囲気を持った少女。
そして――
「な、なんでメイド服着てるのおおおおお!?!?」
「ご主人様のおそばでお仕えできるよう、必要な姿に変化しました。えへへ、これでメイドになれますよね?」
「でゅふふふふふ……! これは……これはぁぁぁぁああ!!」
僕はガバッと布団を跳ね飛ばし、両手を天に突き上げた。
「スライムが! 人型になって! メイド服を着て! 僕に忠誠を誓ってるううう!! でゅふぅぅぅ!!!(歓喜)」
その歓喜の雄叫びは、屋敷中に響き渡った。
「朝からうるさいニャ……な、何事ニャ!?」
バンッと勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、もちろんニアだった。
ニアは一歩部屋に入った瞬間、ピタリと動きを止め――
ベッドの隣に立っている少女を、まじまじと見つめる。
「お、お前……まさか……プルメア……ニャ?」
「えへへ、進化しました」
「にゃああああああ!?!?」
ニアが完全に混乱したように頭を抱え、後ずさる。
「ご主人様の魔力、とってもあたたかくて甘かったです。夜の間、いっぱい吸わせてもらいました」
「いやちょっと待って!? なんかエロい言い方になってない!?」
「べ、別に……意図的じゃないですよ?」
プルメアは恥ずかしそうに指をつつきながら、僕の顔を見上げる。
僕は天を仰ぎながら、感動に震えた。
またひとり……僕の理想のメイドが……! スライムメイド、爆誕だ……!
こうして、僕のメイドコレクションはまた一歩、理想へと近づいたのだった――!