第23話『不穏な二つ名』
ギルドを出た途端、僕は思わず頭を抱えた。
――スライムスレイヤー。
その言葉が、僕の頭の中で警鐘のように鳴り響いていた。
それもそのはずだ。
二つ名ということは、つまりそれだけスライムを狩ってきたということになる。
よりにもよって、最弱の魔物であるスライムを。
しかもそれが、冒険者ランク最上位――Sランク冒険者の二つ名だというのだから、なおさらたちが悪い。
そのネーヴェという冒険者が、今まさに屋敷にいるというのだ。頭を抱えたくもなる。
プルメアは、見た目こそ人間そのものだし、普段の振る舞いもごく自然だ。
けれど、髪の色も質感もどこか透き通っていて、よく見れば普通の人間とは違う。
そんな彼女が、“スライムスレイヤー”と鉢合わせでもすれば――
そんなことは、絶対に避けなければならない。
「セラ、そのネーヴェっていうSランク冒険者のこと、知ってたりするかな?」
「知らないな。Sランクの者なら、噂くらいは耳に入るものだが……その名は聞いた覚えがない。それに、“スライムスレイヤー”などという二つ名、聞いていれば忘れるはずがない」
高ランクの冒険者は、国をまたいで活動していることが多い。
Sランクともなれば、国から直接依頼を受けることすらあるほどの存在だ。
そういう相手なら、元騎士団長という肩書きを持つセラが、名前くらいは知っていてもおかしくないと思ったのだけれど――そのセラですら知らないとなると、もしかすると比較的最近になってSランクへ上がったのかもしれない。
「そもそも、スライムスレイヤーって……ほんとにニャ? ずっとスライムばっか狩ってたのかニャ?」
ニアの疑問も当然だ。いまだに僕だって信じられない。
いや、信じたくないと言ったほうが正しいのかもしれない。
けれど、ギルドマスターがああ言っていた以上、その情報が間違っているとは考えづらい。
「少なくとも、スライムに対して良い感情をお持ちではなさそうですよね……」
プルメアが不安そうに眉を寄せて呟く。
夕日に照らされた淡い青の髪がかすかに透けて見えて、やはり意識して見れば、彼女が普通の人間とは違うのだと嫌でも分かってしまう。
「……どうしようか。このまま屋敷に戻るのも、ちょっと危ない気がする」
万が一、鉢合わせでもして、プルメアの正体に気づかれでもすれば、戦闘になる可能性だってある。
相手はSランク冒険者だ。その実力は、あの魔物の死骸を思い返せば十分すぎるほど伝わってくる。
「とはいっても、ここで時間を潰すわけにもいかないだろう。スタンピードの兆しがあるという話が出た以上、戻りが遅くなればそれはそれで面倒だ」
「ニャ、そうにゃ! そんな時にご主人様が森から戻らなかったら――」
「父上が全力で僕を探しにきても、おかしくないね……」
こんな時に、場を混乱させるようなことはできれば避けたい。
とはいえ、このまま何も考えずに屋敷へ戻るのも危険だ。
自然と足が止まり、僕たちは顔を見合わせる。
「それなら、プルメアが見つからないようにするしかない。万が一、まだ屋敷にいたとしても、絶対に鉢合わせしないようにするんだ」
「まったく……厄介なことになったな」
「すみません。私のことで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまって……」
プルメアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「違うよ、プルメア。君が悪いわけじゃない。それに……もうそのネーヴェって人も、報告だけ済ませて帰ってるかもしれないし」
「そうニャそうニャ! ただの報告だけニャら、そんなに長居するわけないニャ! きっともう屋敷にはいないニャ!」
普段の楽観的なニアの考え方には、いささか危ういところもある。
けれど、あまり考えすぎても仕方がないこういう状況では、その気楽さは決して悪いものじゃない。
むしろ、沈みかけた空気を少しだけ軽くしてくれる。
「……よし。とにかく急ごう。もしまだ屋敷にいたとしても、絶対に鉢合わせは避ける。それでいこう」
プルメアは小さく頷き、セラとニアもそれぞれ気持ちを切り替えるように表情を引き締めた。
空はすっかり夕暮れ色に染まり、街路の灯りがぽつりぽつりと灯り始めている。




