第22話『冒険者ギルド』
あれから、僕たちはまっすぐ森を抜け、屋敷のある街ベルンへと戻ってきた。
日がわずかに傾きはじめた夕暮れ時。
普段は比較的静かなこの街も、この時間になると少しだけ空気が変わる。
分厚い石と木材で組まれた二階建ての建物――ベルンの冒険者ギルド。
辺境の街らしく、飾り気はないが頑丈そうな造りをしている。
外壁には古い傷が刻まれ、入口脇には使い込まれた武器や防具が無造作に立てかけられていた。
そして、この時間になると、その無骨な建物は急に活気を帯びはじめる。
依頼を終えた冒険者たちが次々と戻ってきて、開け放たれた扉の向こうからは、酒と汗の混じった匂い、荒っぽい笑い声、椅子を引く音や話し声が絶え間なく漏れ出していた。
小さな街ベルンの中で、夕暮れ時の冒険者ギルドはひときわ騒がしい場所だ。
そんな場所へ僕たちが足を踏み入れた途端、居合わせた冒険者たちの視線がいっせいにこちらへ向いた。
「おい、あれって……」
「ああ、朝のピクニック組だろ」
「メイドなんか連れやがって、どこの貴族のガキだ。気に食わねぇな」
「バカ、やめとけ。あれ、領主の息子だぞ。下手に絡んだら首が飛ぶぞ」
流れ者も多い冒険者たちの中には、どうやら僕を知らない者もいるらしい。
「ニャに見てるんだにゃ! シャーッ!」
鋭く威嚇するように叫ぶニアに、冒険者たちが思わず目を逸らす。
その隣で、セラが呆れたようにため息をついた。
「……いちいち相手にするな」
「ニャ!? だって、完全に舐められてるにゃ!」
朝も似たような光景を見たばかりなだけに、僕は思わず苦笑してしまう。
どうにもニアは、冒険者たちとは相性が悪いらしい。
そんなニアはひとまず放っておいて、僕は受付へと向かった。
「すみません。ギルドマスターとお話がしたいのですが」
僕が声をかけると、受付嬢は帳簿から顔を上げた。
そして僕の顔を見て、一瞬きょとんと目を瞬かせる。
だがすぐに、その顔に見覚えがあったらしく、次の瞬間思い出したように表情を引き締めた。
「し、失礼いたしました! すぐにギルドマスターをお呼びします。こちらへどうぞ!」
そう言って、受付嬢はやや慌てた様子で僕たちを応接室へ案内した。
しばらくして、扉の向こうから足音が聞こえてくる。
やがて姿を現したのは、中年の男だった。
やや細身で、温和そうな目元に眼鏡をかけている。
ギルドマスターというよりは、どこか事務方の長といった雰囲気だが、屋敷でも何度か顔を合わせたことがある。
このベルンの冒険者ギルドを取り仕切る男――ロイ・マーデルだ。
「これはこれは。クラウス様、ようこそお越しくださいました」
そう言って、ギルドマスターは向かいのソファへ腰を下ろすと、僕が口を開くより先に言葉を続けた。
「それで、例の件ですが……」
「え……例の件ですか?」
思わず聞き返すと、ギルドマスターは一瞬だけきょとんとした。
だが、すぐに事情を察したように眼鏡の位置を直す。
「これは失礼しました……てっきり、その件でお越しになったものとばかり」
当然、何のことを言っているのか僕にはさっぱり分からない。
けれど、そこまで言われると、自分の報告よりも先に、その“例の件”とやらの中身が気になる。
「何かあったんですか?」
僕がそう尋ねると、ギルドマスターは「ええ、実は……」と頷いて説明を始めた。
曰く――今日、この辺境の小さな街ベルンに、Sランク冒険者が姿を現したらしい。
それだけでも十分な大事だが、問題はそこではなかった。
彼は各地を渡り歩く単独の冒険者で、今回もたまたまこの辺りを通りがかっただけだったようだ。
だが、その途中で大森林の異変に気づき、森の奥を確認した結果、魔物が異常なほど集まり、さらに濃い瘴気まで発生しているのを見つけたのだという。
しかも、彼の見立てでは、同じような異変が他の場所でも起きている可能性があり、このまま放置すれば、いわゆるスタンピードに発展しかねないとのことだった。
その話を聞いた瞬間、僕は思わずセラたちと顔を見合わせた。
間違いない。
ギルドマスターの口にした森の異変は、僕たちが実際に目にしたものと無関係ではないはずだ。
「……たぶん、僕たちが森で見た異常も、その話と繋がっていると思います」
そう言って、今度は僕たちが森で見てきたことを説明した。
森の奥で見つけた、大量の魔物の死骸。
しかもその傷には、人の武器で仕留められたような跡が残っていたこと。
そして、その周囲には目に見えるほど濃い瘴気が立ち込めていたこと。
ギルドマスターは黙って最後まで聞くと、重々しく息を吐いた。
「……やはり、あの報告は事実だったのですね」
その顔には、安堵と緊張が入り混じっていた。
「実のところ、我々も対応に困っていたのです。Sランク冒険者の方から報告は受けておりましたが、ベルンの冒険者では森の奥深くまで踏み込んで調査を行うのは難しい。かといって、報告の内容が内容ですから、事実確認をしないわけにもいかず……」
たしかに、あんな状況で森の奥へ踏み込もうとする者は、そう多くないだろう。
「そのため、ギルドとして独断で動くよりも、まずは領主様へ直接お伝えするべきだと判断しました。ちょうどその方ご本人がベルンにおられましたので、詳細な説明も含めて、領主様への報告をお願いしていたのです」
なるほど。
それでギルドマスターは、父上から話を聞いた僕が、その確認のためにここへ来たのだと思ったわけか。
これで話は繋がった。
あの魔物の群れを誰が対処したのか疑問だったけれど、相手がSランク冒険者だというのなら納得はいく。
「状況はよく分かりました。僕も急いで父上に報告したいので、これで失礼します」
「はい。かしこまりました。どうぞお気をつけて」
席を立ち、扉に手をかけたところで、ふと気になった。
Sランク冒険者といえば、数こそ少ないが、名の知れた人物も多い。
興味本位ではあったが、誰なのかは確認しておきたかった。
「ちなみに、そのSランク冒険者の方……お名前を伺っても?」
「はい、名はネーヴェという者になります」
聞いたことのない名前だった。
とはいえ、僕もすべてのSランク冒険者を把握しているわけでもない。知らない者がいても不思議ではない。
だが。
「ああ、そうそう。二つ名はたしか……“スライムスレイヤー”だったかと」
その瞬間、背筋を冷たいものが走った。
――スライムスレイヤー。
僕は引きつりそうになる顔をどうにか保ったままギルドマスターに一礼すると、早足で応接室をあとにした。




