第23話『不穏な二つ名』
ギルドを出た僕は、思わず頭を抱えた。
――スライムスレイヤー。
聞いたこともない二つ名。それなのに、今こうして僕の背筋を冷たくさせている。
だって、スライムといえば最弱の魔物だ。そんな魔物を、わざわざ狩り続け、名を馳せるような人物がいるなんて想像もしていなかった。
それが、ネーヴェという名のSランク冒険者。しかも、よりにもよって、今――僕の屋敷に向かっている、あるいは、もう居るかもしれないというのだ。
プルメアは……間違いなく、スライムだ。
見た目こそ人間そのものだし、物腰も柔らかいけれど、髪の質感もどこか半透明で、よく見れば違和感がある。
そんな彼女が“スライムスレイヤー”と鉢合わせなんて――
絶対に、避けなければならない。
「セラ、そのネーヴェっていうSランク冒険者のこと、知ってたりするかな?」
僕が尋ねると、セラは腕を組んで考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「知らんな。Sランクの名がつく者なら噂くらいは耳に入るものだが……その名は聞いた覚えがない。それに、“スライムスレイヤー”などというふざけた二つ名、聞いていれば忘れるはずがない」
「スライムスレイヤーって……ほんとにニャ? ずっとスライムばっか狩ってたんかニャ?」
ニアが首をかしげながら、尻尾をくねらせる。
「少なくとも、スライムに対して良い感情をお持ちでは無さそうですよね……」
プルメアが不安そうに眉を寄せて呟いた。柔らかく揺れる青い髪が、夕日に照らされてわずかに透ける。
「……とにかく、このまま屋敷に戻るのは危険だし、少し時間を潰してから戻ったほうがいいかも。万が一にも鉢合わせなんてことになったら……」
僕の提案に、セラが即座に否定する。
「…時間が時間だ…帰るのが遅くなれば、それはそれで面倒になる」
「ニャ、そうにゃ! スタンピードの兆しがあるって報告があった時に、ご主人様が森から戻らなかったら――」
「父上が全戦力を動かしてでも、僕を探しそうだ……」
自然と足が止まり、全員が顔を見合わせた。
「……それなら、プルメアが見つからないように――絶対に隠し通すしかない。みんな、協力してくれるよね?」
「しょうがニャいにゃ。後輩メイドのために、ここは先輩メイドの腕の見せどころだにゃ!」
ニアが尻尾をぴんと立てて、誇らしげに胸を張る。
「まったく……厄介なことになったな」
セラはため息をつきながらも、否定はしなかった。
「……ありがとうございます。私のことで、皆さんにご迷惑をおかけして……」
プルメアが小さく頭を下げる。
「違うよ、プルメア。君が悪いわけじゃない。それに……もうそのネーヴェっていう冒険者も、報告を終えて帰ってるかもしれないしね」
「そうニャそうニャ! ただの報告だけニャら、そんなに長居するわけないニャ! きっともう屋敷にはいないニャ!」
そう言って明るく笑うニアに、少しだけ僕の気持ちも軽くなる。
「……よし、じゃあ気を引き締めていこう。万が一、まだ屋敷にいたとしても――絶対に鉢合わせは避ける。それでいこう」
プルメアは頷き、セラとニアもそれぞれ無言で気合を入れ直すように姿勢を正した。
空はすっかり夕暮れ色に染まり、街路の灯りがぽつりぽつりと灯り始めている。
こうして僕たちは、緊張と不安を胸に抱えながら、屋敷への帰路を歩き始めた――
スライムスレイヤーが、まだそこにいないことを祈りながら。




