第20話『魔物狩りピクニック』
森の入口には、ちらほらと冒険者の姿があった。
それぞれが装備を点検したり、仲間と作戦を確認したりしながら、狩場へと向かっていく。その中に混じって、僕たちも立っていた。
……とはいえ、僕たちの格好は明らかに浮いている。
貴族風の少年――つまり僕――を中心に、メイド服の少女たちが三人。そのうちの一人、プルメアは手にランチボックスまでぶら下げていて、どう見てもピクニックだ。
周囲の冒険者たちが冷たい視線を向けてくるのも、仕方がないかもしれない。
でも、こっちにはちゃんとした目的がある。今日はプルメアの“魔力補給”を兼ねた、実践的な魔物狩り――決して遊びに来たわけじゃない。
「――じゃあ、行こうか。プルメアの魔力調達に加えて、今日は戦闘訓練も兼ねてる。気を抜かないでいこうね」
僕が声をかけると、セラとニア、そしてプルメアが静かに、けれどしっかりと頷いた。
「ふっふーん、腕が鳴るにゃ! 今日こそ見せてやるにゃ、あたしの実力!」
ニアが張り切った様子で拳を握る。猫耳もぴょこぴょこと揺れていた。
「まったく……意気込みだけで足を引っ張るなよ、バカ猫」
セラは冷ややかに吐き捨てるように言うが、ニアはどこ吹く風と胸を張る。
「ふふっ、皆さんやる気ですね。私も……なんだか楽しくなってきました」
プルメアは朗らかな笑みを浮かべて、手にしたランチボックスを小さく揺らす。
こうして僕たちは、森の中へと足を踏み入れた。
森の中は、湿った土と草木の匂いに満ちていた。木漏れ日が差し込む小道を進みながら、僕たちは周囲の気配に注意を払いながら前進する。
しばらく歩いたところで、草むらがざわめいた。
「――来るよ」
僕が警戒の声をあげると、次の瞬間、茂みの中から黒く毛深い魔物が飛び出してきた。牙をむき出しにして突っ込んでくるその姿は、見覚えがある――突猪。イノシシ系の中型魔物だ。
「こっちだニャ!」
地を蹴る軽やかな音とともに、ニアがすかさず飛び出す。その動きは迷いがなく、しなやかで鋭い。
かつてブルードベアの威圧感に怯えていたニアも、今ではすっかり様変わりしていた。セラの厳しい訓練を経て、かつては身ひとつだった戦い方から脱却し、今では短剣を両手に携えている。
その構えにはまだ粗削りな部分もあるが、以前のような迷いはなかった。自分の力で立ち向かう意志が、はっきりと伝わってくる。
二本の短剣が太陽の光を受けてきらりと光る。ニアは流れるような動きで魔物の攻撃をかわし、反撃の間合いに飛び込んだ。
「ニャっ!」
踏み込みと共に繰り出された双剣の一撃が、魔物の脇腹を切り裂く。鋭い金属音とともに、赤黒い血飛沫が弧を描いた。だがニアは止まらない。体勢を崩した魔物の足元へ滑り込みながら、返す刃で腹部を切り裂く。
悲鳴をあげる魔物が振り向きざまに牙を剥く――その瞬間、ニアは踏み込んで跳躍。空中で両手の短剣を交差させ、そのまま勢いよく振り下ろした。
「……これで、とどめニャ!」
刃が喉元を貫き、魔物の動きがぴたりと止まる。
ドサリ、と音を立てて魔物が地に崩れ落ちた。
「すごいや! 完璧な動きだったね、ニア!」
僕が声をかけると、ニアの耳がぴくんと動いた。ちらりとこちらを見たかと思うと、すぐにそっぽを向いて、そっけなく言い返してくる。
「に、ニャ!? べ、別に……褒められたからって、嬉しくなんかないんだからニャ! これくらい当然ニャ、当然っ!」
顔を背けて尻尾をぶんぶん揺らすその様子は、どう見ても照れているようにしか見えない。これはもう、完璧なツンデレだった。
思わず、笑いが漏れてしまう。
「でゅふっ……」
そこへ、容赦ない追撃が飛んできた。
「……その気持ち悪い笑い方、いい加減どうにかならないのか」
セラは冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。表情こそ変わらないものの、声にはしっかりと呆れが滲んでいる。
「でゅっふぅぅぅ!」
たまらず身を仰け反らせていると、今度はプルメアがそっと僕を見つめていた。
「ご主人様……」
その瞳には、明らかに“かわいそうな人を見る目”が浮かんでいた。
……ああ、たまらない。
だが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「ニア、さっそくだけど――この魔物、プルメアに取り込ませてもいいかな?」
僕が声をかけると、ニアは振り返って小さく頷いた。
「もちろんニャ。せっかく倒したんだし、有効活用するニャ!」
「プルメア、準備はいい?」
呼びかけに、プルメアは「はい」と静かに頷いた。
「それじゃあ、いきますね」
そう言って魔物の亡骸に歩み寄ると、プルメアの両手がふわりと変形を始めた。人の形をしていた腕が、徐々に半透明なスライム状へと変わり、ゆらりと伸びていく。
スライムである彼女の本質が露わになる瞬間――けれど、そこには不気味さよりも神秘的な美しさがあった。
「すごいニャ……」
ニアが小さく呟く。目を見開き、魔物を吸収していくその光景をじっと見つめている。
伸びたスライムの腕が魔物の死体を包み込み、じわりと吸収していく。肉も骨も、魔力すらも――すべてを余さず飲み込むように。
「スライムはこんな事もできるのか」
セラが腕を組んだまま、冷静な声で言う。その横顔に、わずかに浮かんだ驚きの色を僕は見逃さなかった。
その様子を見ているだけで、プルメアが“ただのスライムではない”ことを改めて実感させられる。
「ありがとうございます、ご主人様。この調子でいけば、だいぶ安定しそうです」
「ならよかった。それじゃあ、この調子で――どんどん狩っていこうか」
僕が軽く笑いながらそう言うと、ニアが元気よく手を上げた。
「任せるニャ!」
猫耳をぴこぴこと揺らし、やる気満々の声をあげる。その姿に思わず口元が緩む。
「私も少し、身体を動かすとしよう」
セラが静かに剣の柄に手を添えた。腰の鞘から引き抜かれたその刃が、木漏れ日に鋭く煌めいた。
僕たちは再び、森の奥へと足を踏み入れていった。




