第18話『日常という名の至福』
朝の空気は澄みきっていて、屋敷の中庭には柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
そんな穏やかな景色の中心で、乾いた木剣の音が小気味よく響いている。
「せいっ! たぁっ! くらえニャーッ!!」
猫耳をぴんと立てたニアが、威勢よく木剣を振りかぶって飛び込む。だけど、その正面に立つセラは、相変わらず微塵も動じない。
「甘い。もっと踏み込みを強く」
「にゃぐっ……!? ちょ、ちょっと本気すぎるニャァ!!」
次の瞬間には木剣をいなされ、ニアの身体が派手に地面を転がっていた。
……うん。これももう、すっかり見慣れた朝の風景だ。
あの夜以降、ニアは毎朝のようにセラへ稽古をつけてもらっている。
守りたいものを守るには、強くならなきゃいけない。あの日の悔しさが、彼女をそう突き動かしているのだろう。
……もっとも、そのせいでメイドの仕事はだいたいプルメアに流れているのだけれど。
しかも、困ったことにプルメアはそれを嫌がるどころか、むしろ楽しそうにこなしてしまうのだから恐ろしい。
「ご主人様、紅茶のご用意ができました。今朝は少し濃いめです」
そう言ってプルメアが差し出してくれたカップから、やわらかな湯気が立ちのぼる。
その仕草はあまりにも自然で、新人メイドとは思えないほど洗練されていた。
「ありがとう、プルメア」
受け取った紅茶を一口含むと、ほのかな渋みとやさしい香りが口の中に広がった。
……でゅふふ。朝から幸せすぎる。
それにしても、本当に不思議だ。
プルメアはもともとスライムのはずだ。僕の魔力を与えて進化したとはいえ、人型になって喋るだけでも十分驚きなのに、今ではこうして完璧にメイド業までこなしている。
給仕の手つきは滑らかで、気配りも行き届いていて、仕事の流れにもまるで無駄がない。まるで昔からずっと屋敷勤めをしていた熟練のメイドみたいだ。
「……もしかして君って、実は元・メイド経験者だったりする?」
半分冗談でそう尋ねると、プルメアはきょとんと目を丸くした。
「いいえ? 初めてですよ?」
それから、くすっと笑ってそう答える。
その笑顔を見ただけで、朝から肩の力が抜けてしまう。
……うん。癒やしだ。最高の朝である。
そんな至福の時間を堪能していると、廊下の向こうからばたばたと慌ただしい足音が近づいてきた。
「ご主人様~! セラが容赦ないニャ……! ちょっとケガしたから、回復魔法かけてほしいニャ~……」
涙目になったニアが、肩を落としながら部屋へ飛び込んでくる。そのすぐ後ろから、腕を組んだセラがゆっくりと姿を見せた。
「まったく……その程度で泣き言とは。いつまで経っても半人前だな、バカ猫」
「な、ニャンだと!? 訓練してもらってるからって、エラそうにするニャ! あたしの方が先にメイドになったんだからニャ!」
「先輩面するなら、せめてプルメアほど働いてからにしろ」
「ニャ、ニャアァ……! そ、それは今関係ないニャーッ!!」
言い返しながらも、ニアの顔は悔しそうで、でもどこか照れているようにも見えた。
セラも相変わらず口は悪い。けれど、そこに以前のような固さはない。
こうして気兼ねなく言い合えるようになったのを見ると、あの夜を越えて、二人の間にも少しずつ変化が生まれているのだと分かる。
「ふふ……なんだかんだで、いいコンビになってきたね」
そう呟きながら、僕は紅茶をもう一口すすった。
騒がしくて、落ち着かなくて、それなのにどこかあたたかい。
そんな日常の真ん中にいられることが、今はただ心地よかった。




