第17話『あたたかな夜に芽吹くもの』
ニアの治療を終え、セラのもとへ駆けつけた時には、もうすべてが終わっていた。
月明かりの下、ゼルグが地に伏している。胸を深く貫かれたその姿が、勝敗を何より雄弁に物語っていた。
その傍らに立つセラは、剣を下ろしたまま静かに佇んでいた。
勝ち誇るでもなく、何かを悼むでもなく、ただ張りつめた静けさだけを纏って。
「セラ……遅くなってごめん。怪我はない?」
僕が声をかけると、セラはゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「ああ、問題ない」
淡々とした返答。
いつも通りの声音だったけれど、その奥にほんのわずかな安堵が混じっているような気がした。
「それで……彼はいったい何者だったの?」
ゼルグの亡骸へ視線を落としながら問うと、セラは小さく息を吐き、剣を静かに鞘へ収めた。
「元・帝国の特殊部隊所属。そう言えば聞こえはいいが……実際は、犯罪者の寄せ集めで構成された、汚れ仕事専用の部隊だった」
セラは一歩、ゼルグの遺体へ歩み寄る。
「かつて、彼らの残虐な行いに私が異を唱え、剣を交えたことがある。あいつの顔に残った傷は、その時のものだ」
月光に照らされた横顔に、怒りも悔恨も浮かんではいなかった。
ただ、長く引きずってきた何かが、ようやく終わった後の静かな影だけがあった。
「私怨……だったのか。あるいは、自分の死に場所でも求めていたのか……」
その呟きは、誰に向けたものでもないように夜風へ溶けていく。
僕は何も言えず、ただ小さく頷いた。
残されていたゼルグの部下たちは、僕の魔法で動きを封じてある。
ほどなくして騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、血相を変えて駆けつけてきた。
僕は事情を簡潔に説明し、拘束した連中の身柄を引き渡す。
彼らの処遇は、後日あらためて父上の判断を仰ぐことになるだろう。
ひとまず一区切りついたところで、僕とセラはニアたちのもとへ戻った。
ニアはすぐにこちらへ気づき、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
けれど次の瞬間には、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「……助けてくれて、ありがとにゃ……」
小さな声だった。
けれど、その言葉はたしかに僕の胸へ届いた。
伏せられた耳。逸らされた視線。けれど尻尾だけは、落ち着かないようにかすかに揺れている。
強がっているつもりなのだろうが、そんなところがいかにもニアらしい。
その隣では、プルメアが心配そうに身を乗り出していた。
「ニアさん……ほんとうに、もう大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ニャ! そんなにジロジロ見るニャ、恥ずかしいニャ……」
「……よかったぁ」
プルメアはようやく安心したように息を吐き、胸を撫で下ろした。
その様子を見て、僕のほうもようやく肩の力が抜ける。
気づけば、自然と手が伸びていた。
そっとニアの頭に触れると、彼女はびくりと肩を揺らしたあと、困ったように耳を伏せた。
「ちょっ……や、やめるニャ……」
拒むようなことを言いながらも、本気で振り払おうとはしない。
その反応が少しだけ嬉しくて、僕は思わず小さく笑った。
夜の風は、どこか少しだけあたたかかった。
こうして、長く冷たかった夜はようやく終わりを迎えたのだった。
――数日後。
ゼルグの部下たちへの尋問が進み、さまざまな事実が明らかになった。
彼らは王国内の各地で略奪や殺人を繰り返し、多くの罪なき人々を襲っていた。
猫獣人の女性たちを奴隷として売りさばいていた記録も見つかり、ニアの故郷を襲ったのも、やはり彼らだったことが確定した。
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
奪われたものは、もう戻らない。
失われた命も、焼かれた村も、消えた日々も、何ひとつ元には戻らない。
それでも。
せめて、この結末が無意味ではなかったと信じたい。
ニアの痛みも。
セラの過去も。
この夜に流れた血も。
そのすべてが、ほんのわずかでも報われたのだと――そう信じたかった。




