表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したので、理想のメイドを集めていたら最強の軍団になっていた件!  作者: 廿日 皐月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/51

第16話『夜は静かに終わる』


「セラフィィィィナァァァ……!」


 夜の静寂を引き裂くような咆哮が響いた。


 舞い上がる砂煙の向こうから、血走った目をした男が姿を現す。頬を縦に走る深い傷と、獣じみた執着を宿したその双眸(そうぼう)。ゼルグは、喉の奥で嗤うように息を漏らした。


「まさか……お前の方から来るとはな……」


 口元には、ねじれた愉悦が浮かんでいる。再会そのものを愉しんでいるような、狂気じみた表情だった。


 それを見たセラの口元が、わずかに冷たく歪んだ。


「随分だな、ゼルグ」


 静かな声音。


 まだ剣の切っ先すら向けていない。だというのに、その場に立つだけで空気が張り詰める。冷たく澄んだ殺気が、月下の倉庫街を静かに凍らせていた。


「国の命令すらまともに聞かなかったお前が……今は、どこぞの旧貴族の命令で私を追っているのか? 随分と聞き分けがよくなったじゃないか」


「……勘違いするんじゃねぇ」


 ゼルグの声が、地の底から響くように低く沈む。


「俺は誰かの命令で動いてるわけじゃねぇ」


「では、皇帝の仇討ち……」


 セラはそこで一度だけ言葉を切った。


 だが次の瞬間、自分でその考えを切り捨てるように、冷ややかに続ける。


「……いや、そんなわけはないか。お前があの男に、そこまで義理立てするはずもない」


「あったりめぇだろ。あの腐れ皇帝をぶっ殺してくれたことには、むしろ感謝してるくらいだ」


 ゼルグの笑みが、さらに深く歪む。


「もともと、俺たちは犯罪者の寄せ集めだ。まともな兵に汚れ仕事をやらせるくらいなら、最初から俺たちみたいな連中にやらせりゃいい――そんな都合のいい理由で作られた部隊だった」


 唾を吐くように言葉を吐き捨てる。


「あの皇帝の下じゃ、ただの“道具”だった。けどな……あんたがあいつを殺してくれたおかげで、やっと“自由”になれたんだ」


「……なら、なぜ私を追う?」


 セラの問いかけに、ゼルグはゆっくりと頬へ手をやる。


 そこに残るのは、今なお生々しい傷跡だった。


「――忘れたとは言わせねぇ。この傷だよ」


 指先が、その傷をなぞる。

 


「お前に刻まれたこの痕がな……疼いて疼いて、夜も眠れねぇんだ」


 怨嗟とも執着ともつかない声音だった。傷を負わされた怒りか、それともそれを刻んだ相手への歪んだ執心か。もはや本人にすら、区別はついていないのかもしれない。


 セラは何も言わず、ただゼルグを見据える。


 感情を読ませぬ冷たい瞳。けれどその奥には、確かな怒りが宿っていた。


 一歩、前へ。


 月光を反射した刃が、音もなく持ち上がる。


「なるほど、あの時の続きがご所望というわけか」


「あぁ……理解が早くて助かるぜ」


 ゼルグが歓喜に満ちた笑みを浮かべた。


 背後では部下たちがすでに遠巻きに退いている。戦場に立つのは、もはやこの二人だけ。


「どれだけ時が経とうが……てめぇの剣の感触は忘れてねぇ。あの時みたいに、俺を切り刻んでみやがれよ……セラフィーナ!!」


 次の瞬間、セラが地を蹴った。


 一閃。


 風を裂く音が走る。ゼルグもまた剣を抜き放ち、鋼と鋼が激突する甲高い音が夜気を震わせた。


 火花が散る。


 二人の動きは、常人の目ではとても追いきれない。


 技と技。殺意と殺意。過去の因縁が、いま剣戟となってぶつかり合っていた。


 ゼルグの剣は暴風のように荒々しい。


 だが、その一撃一撃は決して粗雑ではない。力任せに見せかけながら、その実、確実に命を奪うための理を宿していた。幾多の実戦を潜り抜けてきた者だけが持つ、殺しの軌道。


 対してセラの剣は、あまりにも正確だった。


 無駄を一切排した動作。最短で敵を断つためだけに鍛え上げられた、冷たく研ぎ澄まされた剣技。その一振り一振りが、揺るぎない“最適解”だった。


「思い出すぜ……あの戦場をよ!」


 打ち合いの最中、ゼルグが叫ぶ。


「捕虜を殺すな? 降伏した相手に情けをかけろ? ……笑わせんな。あいつらは敵だ。殺して当然だろうが!」


「敵であろうと、命を投げ出した者に刃を振るう理由はない」


 セラの声は冷えきっていた。


「それすら分からぬお前に、言葉など通じはしない」


「おう、通じなかったな」


 ゼルグが嗤う。


「だからお前は剣を抜いた。俺はそれに応えただけだ」


 頬の傷を指先でなぞる。


「その時刻まれたこの傷……忘れてねぇぞ、セラフィーナ。今でも夢に出るくらいだ」


「なら、夢の中で満足していろ」


 セラは淡々と告げる。


「現実に戻ってくるな」


「ふざけんなァッ!」


 怒号とともに、ゼルグが大地を蹴った。


 剣風が吹き荒れ、砂塵が舞い上がる。膂力と魔力を乗せた斬撃が、真正面からセラへ叩きつけられた。


 だが――


 セラは動じない。


 ただ、剣を振るう。


 暴力の奔流を、寸分違わぬ正確さで受け、いなし、切り返す。まるで鍛え抜かれた兵器のように、無駄のない動きだった。鋼がぶつかり、火花が宙に散る。


 ゼルグが剣を振り上げる。


 その刃に、魔力が赤黒くまとわりつき始めた。空気がびりびりと震え、剣身を包む光が禍々しく脈打つ。


「見せてやるよ……てめぇに刻まれたこの傷が産んだ、“進化”をな」


連牙裂陣(レンガ・レツジン)ッ!」


 剣が地をなぞった瞬間、地面を抉るようにして四本の斬撃が奔った。


 牙のようにうねりながら、セラへ喰らいつくように迫る。


 だが、セラは退かなかった。


 静かに剣を構え、ただ一歩、前へ出る。


一閃(いっせん)


 次の瞬間、月光を裂くような一筋の斬撃が走った。


 それは迫り来る四本の牙の中心を、正確に貫く。


 激突。


 轟音とともに、魔力の斬撃がぶつかり合った。


 四本の牙はその一閃に噛み砕かれるように軌道を乱し、相殺され、砕けた魔力となって四散する。


 砂塵が舞い、砕けた石片が夜空へ弾け飛んだ。


「……なっ」


 ゼルグの目が見開かれる。


 避けたのではない。


 真正面から斬り伏せたのだ。自分の誇る“進化”ごと。


「……くそっ、まだだ!!」


 ゼルグが吼える。


 魔力の奔流を纏ったまま、最後の一撃を叩き込むべく一気に間合いを詰めた。


「喰らいやがれぇっ!!」


 ――ガキィン!


 鋭い金属音。


 セラの剣が、その一撃を受け止めていた。


 軽く。だが、完璧に。


 まるで子どもの攻撃を受け流すように。


「……成長したようだな、ゼルグ」


 その一言が、ゼルグの表情を歪ませた。


「まだだ……まだ終わっちゃいねぇ……っ!」


 なおも剣を振り上げようとする。


 だが、その剣は振り切られることなく――


 断たれた。


 セラの刃が、一直線に振り下ろされる。


 ゼルグの剣が真っ二つに折れ、鈍い音を立てて地面へ転がった。


「な……っ!」


 驚愕が形になるより早く、次の閃光が走る。


 セラの剣が、ためらいなく振り抜かれた。


 ゼルグの胸。


 正確に、心臓を貫く。


 鈍い音とともに、ゼルグの身体が仰け反り、そのまま膝から崩れ落ちた。


「……ぐ、ぅ……っ……」


 血の泡を吐きながら、それでもゼルグは顔を上げ、セラを見上げる。


「……ははっ……やっぱ、てめぇの剣は……冷てぇな……」


 その言葉に、セラはわずかに目を細めた。


「お前がそう感じるのなら、それはお前が斬られる側だからだ」


 静かな声だった。


 責めるでもなく、見下すでもなく、ただ事実を告げるような声音。


「私は、あの時から何も変わっていない」


 ゼルグの喉が、ひゅっと小さく鳴る。


 笑ったのか、苦しんだのか、それすら分からない曖昧な吐息だった。


「……は……っ、最後まで……気に食わねぇ女だ……」


 口元をわずかに歪めながら、ゼルグは血を吐いた。


 その声には、もうほとんど力がなかった。


 やがてゼルグの身体が前のめりに傾ぐ。


 地に落ちる寸前、セラは静かに剣を引き抜いた。


 どさり、と重い音を立てて、ゼルグの身体が地面に沈む。


 その目から、ゆっくりと光が失われていく。


 最後の息が、夜気の中へ静かに溶けた。


 セラはしばらく黙って、その亡骸を見下ろしていた。


 そこにあったのは、勝者の昂ぶりではない。


 憐れみでも、迷いでもない。


 ただ、断ち切るべき因縁を断ち切ったはずなのに、どこか胸の奥にはわずかなざらつきが残る。


 最後に向けられたあの言葉が、まだ耳の奥に残っていた。


 やがてセラは剣についた血を静かに振り払い、背を向ける。


 風が吹き抜け、戦いの熱も、血の匂いも、少しずつ夜の闇へ溶かしていく。


 こうして夜は、何もなかったかのような静けさを取り戻していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ