♯57 四柱目の造物主と、力を合わせて戦った
第57話です。
ちょっと考えればわかることだった――予想できることだった。
ここ第七<神域>トゥオネラには、管理者である造物主サマがちゃんと御座すのだ。
彼女の縄張りで派手に戦り合って、気付かれないはずがない。
縄張りを荒らされた彼女が動かないはずがない。
「くたばりやがれ」
右手人さし指を星空へと翳し、鋭い紅玉のような瞳を眇めたその造物主サマは、一見するとボクよりも年下――せいぜい中学生くらいにしか見えなかった。
背はボクより頭ふたつぶんほど低く、カグヤとほとんど変わらない。黒いリボンでおさげにしているダークレッドの長い髪と整った顔立ちは<種を摘み取るもの>スーザンと瓜二つだったが、目の前の少女のほうがだいぶ幼い感じがした。どう考えても彼女のほうが妹にしか見えない。スーザンの話が本当なら彼女のほうが姉のはずなのだが。カグヤとマリナもそうだが、もしや造物主の姉妹には「逆に見えなくちゃダメ」みたいな変なルールでもあるのだろうか。
……そんなボクの疑問を余所に、『それ』は起こった。
少女が指さした星空の一部がぐにゃりと歪み、渦巻き状の巨大な穴が開いたかと思うと、その向こうに別の夜空が――現実世界の曇り空が顔を覗かせたのだ。
次いで『トゥオネラ・ヨーツェン』めがけて飛び立ったメガネウラ――<バグ>の群れの一匹一匹を、弓道の的のような赫い光芒がロック・オン、
直後、
――ズドドドドドドドッ!
それを照準に数多の隕石が雨霰のごとく降り注ぎ、<バグ>の群れを余すことなく撃ち砕いた。
隕石のひとつひとつは赤子の拳ほどの小さな石飛礫に過ぎなかったが、摩擦熱により発火しながら猛スピードで飛来したそれの直撃をくらった<バグ>たちは空中でバラバラになり炎上、海へと墜落する。
「ぼ、僕ちゃんの可愛いペットたちがぁー!」
隕石や<バグ>の骸が海に落ちた際に生じた水飛沫を浴びながら、頭を抱えるキロウス。
ちなみに波打つ海面に翻弄されて振り子のように揺れる『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板では、イリヤたちが「きゃあ!」と悲鳴を上げていて、見ているこっちまでハラハラしてしまった。
「――ふう。ちょっとだけスッキリしたぜ。アタイらは本来、地球と月を創造するためのチカラを好き勝手に使っちゃならねーんだが。ここを踏み荒らされるワケにはいかねーからな。今日くらいは許されるだろ」
そう言って早乙女装束に身を包んだ少女はボクの傍まで来ると、威張るように腰に手を当ててジロリとこちらを睨めつけてくる。
「おまえだな。スーが言っていたイサリとかいう野郎は」
「……スーザンが?」
ボクのことを言っていた? いつ? どうやって?
あ。もしかして思念伝達とかいうヤツか? 目の前の少女とスーザンは姉妹だから、カグヤとマリナみたいに離れていてもテレパシー的なモノでの情報共有が可能とか?
「って、なんで防御特化形態のまま戦ってるんだよ、おまえ」
「な、なんでって」
別に「防御特化形態のまま最後まで戦うのは禁止」なんて決まりは無いはずでは……。
「とっとと攻撃特化形態になれっての。でないとおまえの面が拝めねーだろうが。スーから聞いてるぞ。男のワリに結構可愛い顔立ちをしてるんだろ? はよ見せろ」
何を報告しているんだスーザンは……。
確かにボク、母さん譲りの童顔のせいで小学生のころはしょっちゅう女の子に間違われていたけども……。
「えーと……あなたがカグヤの言っていた<種を播くもの>さん?」
「カグヤ? ああ、ディードレのことか。そういやアイツ、外界じゃそんな名前を使ってるんだっけ。――<種を播くもの>クーリエだ。よろしくな」
「クーリエさん」
「さん付け禁止。あと敬語もな。堅苦しいのは嫌いなんだ」
いいのかな……。相手は曲がりなりにも造物主サマなのに……。
まあ、それを言ったらカグヤやマリナ、スーザンもそうだし、今更か。
「じゃあ……クーリエ」
「おう」
「クーリエ。キミもスーザンみたいに隕石を操るんだね」
「まあな。アタイの役割は種子が付着した隕石を原初の地球に降らせて、最初の生命を誕生させることだからよ」
「種子?」
「微生物の胞子みたいなモンさ。……まあ、過去には種子と一緒に、別の宇宙から流れ着いた迷子の魂魄を引き寄せちまったこともあるけどな」
別の宇宙から流れ着いた迷子の魂魄……。
「………………。なんかそれだけ聞くと、超巨大隕石を衝突させて白亜紀末の地球に大量絶滅を齎すことが役割だったスーザンとは対照的な感じがするね」
「ああ。『宇宙播種』と『衝突の冬』。姉妹でも、与えられた役割、チカラの用途は真逆と言っていい」
「『宇宙播種』……」
聞いたことがあるな……。確か、地球の生命の起源論のひとつだっけ? 「地球の生命の起源は、地球ではなく宇宙にあった」って説だった気がする。「太古の地球に、生命の元となるモノがなんらかの形で飛来したのが地球生命の始まりである」とかそんな感じの……。
パンスペルミア説にもいろいろバリエーションがあって、生命の元となるモノが光の圧力で飛来したとする説は『光パンスペルミア』、隕石で飛来したとする説は『弾丸パンスペルミア』って呼ばれてるんだよな、確か。
あ。あと、何者かが意図的に生命の元となるモノを播いたとする説もあって、それは『意図的パンスペルミア』とか呼ばれていたような……。
これらはテレビのドキュメンタリー番組で仕入れた知識だから、うろ覚えな部分も多いし、間違って覚えている部分もあるかもしれないけれど。すべて合っていた場合、クーリエは『弾丸パンスペルミア』と『意図的パンスペルミア』、ふたつの説の体現者ってことになるワケか……。
「つっても、スーと同じくアタイの役割もとっくのムカシに果たし終えてるから、今はカグヤとマリナのお目付け役みたいなことをさせられてるんだけどな」
「お目付け役」
「ああ。……ん?」
と、そこで少女――クーリエは眉を顰め、
「ちょっと待て、オイ。おまえの中からカグヤとマリナだけでなく、スーの気配まで感じるぞ? なんでだ?」
……へ?
いや、なんでも何も、
「そりゃあまあ、現在はボクの中にいるし、彼女」
「なん……だと……。まさかおまえら、『魂魄の婚姻』を結んだのか!?」
「そうだけど。スーザンから聞いてないの?」
「し、信じらんねー……。『相手は愛でていて和む可愛い女の子じゃないとヤダ』とかぬかしていたスーが、男と『魂魄の婚姻』を結ぶなんて」
……なんか聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「スーザンって実は可愛い女の子が好きなの……?」
「一週間くらい前に思念伝達でやりとりしたときはアリシアとかいう娘が推しだって言ってたぞ」
「へ、へー……」
自分が造物主サマに推されているなんて夢にも思ってないだろうな、アリシア。
でもなんでアリシアなんだろう……。アリシアとスーザンの間に接点なんてあったっけ? ひょっとしてボクが『月棲獣』と戦っている間になんらかのやりとりがあったのかな?
「と。お喋りはここまでだ。――来るぞ」
言われてクーリエの視線を辿ると、そこには怒りで肩を震わせているキロウスの後ろ姿があった。
「よくも僕ちゃんのペットたちを……! 女ぁ! おまえだけは絶対に赦さないぞぉ!」
やおら振り返ったキロウスはクーリエを指さし烈火のごとく怒る。
「ハッ。それはこっちのセリフだ。ヒトのシマを土足で踏み荒らしやがって。テメエはぜってー赦さねえ。――いくぞ、イサリ! アタイが援護する! あの野郎をぶちのめしてやれ!」
「あ、ああ」
「やれるモンならやってみろぉ!」
キロウスは吼えて、地を蹴って跳ぶと、ダンゴムシのように全身を丸め回転しながら体当たりを仕掛けてきた。
「『宇宙播種』インヴォーグ――隕石射撃!」
同時にクーリエがチカラを使い隕石を再度召喚、ヒトの頭ほどのサイズのそれで、空中のキロウスを叩き落とす。
「ぐえっ」
地に叩き落とされたキロウスの胴体は、灼熱の弾丸に左脇腹を貫かれ大きく抉れていた。
「ん?」
よく見ると、そのマーブル模様の不気味な断面から奇妙なモノがはみ出ている。
ヒトならば心臓があるはずの位置で鼓動を打つように赤く明滅する、黒い水晶のような質感の球体だ。
あれはいったい――
「核だ! あれを完全に消滅させない限り、そいつらは細胞の一片からでも繰り返し再生する! だがそれが可能なのは、『オリジナルの地球』を出自とする魂魄を種火代わりに燃やした浄化の焔だけだ! ――やれ、イサリ! おまえならそいつを斃せる!」
!
そうか、それが四半世紀前の戦いで造物主たちが勝てなかった理由……!
「換装! 攻撃特化形態! 双聖の神器、起動!」
ボクは攻撃特化形態になり、帽子と一緒に消失した長手袋の代わりに黄金色の金属彫刻が目を惹く留紺の籠手を起動・装着すると、一足飛びでキロウスとの距離を詰める。
そして両手の籠手から迸る蒼白いプラズマを刃へ変えると、身を起こしたキロウスの核に叩き込もうとした。
……が、
「させるかよぉ!」
それを両の掌で受け止めたキロウスは、プラズマの刃で貫かれたその両手で「逃がすものか」とばかりにボクの両手を掴み、「あーん」と口を大きく開けると、
「お返しだぁ!」
ボクの右肩にかぶりつき――そのままボクの右腕を捥ぎ取った。
……そう。
フルスペック状態の全身防護服の右袖部分ごと。
ボクの右腕をいとも容易く噛み千切ったのだ。
「あ……」
キロウスが「ぺっ」と吐き捨てたボクの右腕。それを包む全身防護服の右袖部分と籠手が消失するのを――そして地に落ちた右腕そのものが、ボッ! と青白い焔に包まれて炎上・消滅するのを、ただ茫然と見届けることしか出来なかったボクを、一拍置いて激痛が襲う。
傷口から大量の鮮血が噴き出す。
すべては、時間にしてほんの数秒の出来事だった。
「………………っ!」
それは人間をショック死させるに充分すぎる激痛。
悲鳴や絶叫を上げることすら出来ない――致命傷。
「イサリ!?」
背後でクーリエがボクの名を呼び、
「イサリっ!」「イサリさんっ!」
『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板でアリシアとシャロンが悲鳴を上げ、
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! イサリぃ!」「っ、イサリさんっ!」
イリヤとクロエの絶叫がボクの耳朶を打つ。
「へっ、ザマア見ろぉ! おまえなんざぁ造物主どもにとっては捨て駒でしかないってのに、ちょっとばかし煽てられたり持ち上げられたりしたくらいで調子に乗って僕ちゃんに歯向かってきやがってぇ! 身の程知らずの勘違い野郎はとっととくたばっちまえよぉ!」
「…………っ」
――『はあ? 「まるで」も何も実際そのとおりだろぉ? 大方ぁこの宇宙の地球と月を創造った連中のチカラで無理矢理召喚でもされたんだろぉ、おまえ。「オリジナルの地球」を出自とする魂魄はぁ、僕ちゃんたちに対抗できる唯一の手段、便利な手駒として、どの宇宙でも体よく利用されてきたからなぁ!』
激痛の中、脳裏に先程のキロウスの言葉が甦る。
……でも、
……それでも、
ボクは負けるワケには……、
ここで死ぬワケにはいかないんだ……、
なのに……、
「さあ、コイツの中に隠れている造物主ども! 覚悟しろぉ! コイツがくたばったら、骸から引きずり出してズタズタにしてやるぞぉ!」
嘲笑を浮かべたキロウスに蹴飛ばされて、ボクは背中からその場に頽れ――
そしてボクの意識は、地に倒れ伏すよりも先に、押し寄せる激痛に呑まれて途切れた……。
…………否。
途切れようとした、そのとき。
『『――あなたを死なせはしない』』
ボクの中から、ふたつの声が聴こえた。
『わたくしたちにはあなたが必要なんです。あなたでなければダメなんです。あなただけがわたくしたちのチカラを使いこなせるからではありません。あなたの存在だけが、永遠のような生に圧し潰されそうだったわたくしたちの心の支えとなってくれたからです』
ひとつは、必死に嗚咽を堪えていることがわかるマリナの声。
そしてもうひとつは、
『これだけは忘れないで。たとえあなたがわたしたちを信じてくれずとも、わたしたちはあなたを信じるわ。今までも――そしてこれからも。あなただけを慕い続けるから。――この魂魄、想いは、いつだってあなたと一緒よ』
――もうひとつは、普段より少しだけ大人びた口調の……やはり涙混じりのカグヤの声だった。
『『――そう、』』
二人が異口同音に告げる。
『『まだ生まれたばかりだったあの地球……原始の海というスープの中で、宇宙の闇黒より単身降り立ったあなたを見つけたあの日から……。ずっとずっと、信じてる』』
……その言葉に、ボクはようやく思い出す。
いつか見た、あの夢を。
あの奇妙な夢に出てきた少女たちのやりとりを。
「次に『彼』に逢えるのは、何千年後かしら? それとも何万年もあと? ……そのとき『彼』は、どんな生を歩んでいるかしら? ……いえ、それ以前に、『彼』の魂魄は今度こそ転生を拒否し、あの星の海へ旅立ってしまわないかしら? そう、わたしたちが模造ったこの地球に見切りをつけて――」
「! マーシー! あなた、この期に及んでまだ、」
「……わたしはね、ディードレ」
「っ」
「わたしは『彼』こそが、永遠の存在者であるわたしたちの救いになってくれるかもしれないと……そう思うの」
「……それって」
「いつかわたしたちがこの永遠のような生に圧し潰されそうになったとき、心の支えとなってくれるモノ……。それは『彼』との紲なのかもしれないと」
「……本気……なの……? 本気で信じてるの? いつか『それ』が、あなたやわたしの隣に並び立つ日が来ると……。この孤独も絶望も、包み癒してくれるときが来ると。そんな夢物語を、」
「信じてるわ。まだ生まれたばかりのこの地球……原始の海というスープの中で、宇宙の闇黒より単身降り立った『彼』を、あなたとともに見つけたあの日から……。わたしはずっと、信じてる。――あなただって、心のどこかでは信じたいと思っているのでしょう?」
…………ああ、そうか。
彼女たちはいつか見たあの夢の……。
否、この魂魄に刻まれた記憶の……。
ボクのこの魂魄はやはり……。
「…………うん」
ありがとう、カグヤ、マリナ。
「ボクもキミたちを信じてる」
キロウスがなんと言おうとも。
何十億年もの間、ボクが地球上で輪廻転生を繰り返すたび、傍で生き様を見守ってくれたキミたちを。
かつてボクがトリケラトプスやプルガトリウスといったヒト以外の種に生まれ落ち、最期を迎えたときは、いつも骸に寄り添い涙を流してくれたキミたちを。
行き場を失くし、宇宙の闇黒を独り流離っていたところを、偶然クーリエのチカラで引き寄せられただけのボクを受け入れてくれたキミたちを。
――今度はボクが護る番だ。
だから――今こそ、
「燃え盛れ――この魂魄!」
「なっ!? なんだってぇ!?」
倒れ伏しかけたボクが地に片膝をつきながらも踏ん張り、面を上げるのを見て、キロウスが目を剥く。
いや――キロウスが真に驚いたのは、捥がれたボクの右腕が、ボッ! と、突如燃え上がった蒼白い焔の中で再生したことだったのかもしれない。
だがこれは驚くようなことではないのだ。
何故ならこの身には今、傷付いた肉体を修復・再生させることが可能なチカラ、『地球系統』を供給できるカグヤが宿っているのだから。
この身には今、『桃仙郷の実』を摂取することで得られる回復力とは比較にならないほどの治癒力が――自動再生スキルとでも呼ぶべき能力が備わっているのだ。
「は……反則じゃないかぁ、そんなのぉっ!」
キロウスが焦りで顔を引き攣らせ、「お前が言うな」とツッコミたくなるような発言をしながら抉れた左脇腹の再生を急ぐ。
が、
「『宇宙播種』インヴォーグ――隕石射撃!」
すかさずクーリエが隕石を召喚。再生しようと蠢き始めた左脇腹の肉を削ぎ落した。
「今だ、イサリ!」
「神威体現闘法<漁火の拳>――」
ボクは甦った右腕、その手指を真っ直ぐ伸ばし、
「――『活火激発』!」
貫き手と呼ばれる突きの一撃をキロウスの核へ叩き込む!
「ぎゃあああああああっ!」
神威体現闘法<漁火の拳>の中でも最大の貫通力を誇るその一撃は、不気味に明滅するキロウスの核を狙い違わず貫き――
全身防護服の表面で燻っていた蒼白い熄が、砕けた核へ燃え移って――
――轟!
ボクの魂魄を種火代わりに爆発的燃焼、焔の柱を立ち昇らせる!
そして、
「お姉ちゃあああああああんっ!」
断末魔の叫びを上げるキロウスを、邪悪を祓う浄化の焔は塵ひとつ残さず灼き尽くしたのだった……。
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