♯56 混沌からの侵略者と、再び相まみえた
第56話です。
ここ数日、毎日のように見る夢がある。
昔日の夢だ。
まだ小学校に上がって一年も経っていないころの――子供のころの夢。
別れの日の追想。
せっかく出逢えた心許せるヒトとの別れを惜しみ、口を固く引き結ぶ小1のボク。
そんなボクを、どこか泣いているようにも見える笑顔で抱き締めてくれた、墨を流したような美しい黒髪を白いリボンで結わえている少女。
『きっと……。いつかまた会いましょう、イサリ』
それは彼女が最後に掛けてくれた言葉。
その後の人生でボクを何度も支えてくれた、カタチの無い贈り物……。
『わたくしはもうあなたの傍にいてあげられないけれど。「これからのイサリの人生に楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげてください」って、最後にここの海神様にお願いをしていくわ。……いつかあなたが、自分自身を赦し、救える日が来ることを、わたくしはずっと祈ってる』
でも、本当は、わたくしの手であなたを救ってあげたかった――と。
無念そうに言う、大好きだった『お姉ちゃん』の夢を。
まるで何かを予感させるように。
ここ数日、繰り返し見てきたのだ……。
☽
「ぎゃあああああああ僕ちゃんの腕があああああああ! なんてことするんだよ、おまえ!」
「げほっ。ごほっ。来てくれたのね、イサリ」
「大丈夫かい、イリヤ姉ち……じゃなかった、イリヤ」
切断された右腕を抑えて悶え苦しむヒトの姿カタチをした『何か』の抗議はスルーし、ボクがモニターの隅で咽ているイリヤへ訊ねると。
「だ、大丈夫よ。三途の川の向こうで手を振っている三十代後半くらいの見知らぬ殿方が見えたけれど」
イリヤは答え、地に転がっていた薙刀を拾い、支えにして、ヨロヨロと立ち上がった。
……のはいいけれど、
「なんで見知らぬ殿方?」
そこは普通、物心がつく前に亡くなったという実のお母さんとかじゃないの?
「たぶんあの殿方はお父様たちが勝手に決めたわたくしの婚約者じゃないかしら。会ったことが無いから確証は無いけれど。でも、『はじめましてー、お待ちしてましたー、以後よろしくー』って言ってたし」
「そ、そぉなんだ」
としか言えん……。
最初は「婚約者さんを勝手に殺しちゃっていいの……?」ってツッコもうかとも思ったけれど、よくよく考えたらボクたちは時空を超えて遥か未来に流れ着いたっぽいので、とっくの昔に死んでいるであろう婚約者さんが三途の川にいるのは理屈の上ではおかしいことでもないし。
「まあ、とりあえず、あれだけ年齢の離れている殿方とお付き合いするのはやっぱりイヤだったから、『ごめんなさい。わたくしにはもうイサリという心に決めたヒトがいるの』って丁重にお断りしておいたわ」
「何ボクをダシに使ってくれてんの!?」
大丈夫!? ボクあなたの婚約者に恨まれて憑りつかれたり呪われたりしない!?
「冗談よ」
「この状況でよく冗談が言えるね……」
てかこのヒト、こういう冗談も言えるタイプだったんだね……。混浴しちゃったときも思ったけれど、実は結構イイ性格してたんだなぁ。
小1のボクの前では年上の威厳を保ちたくて猫を被っていたと見た。
――と、そこでようやく、
「おまえええええええっ! ボクの右腕を捥いでおいて、無視までするとはどういう了見だぁ!」
『何か』がムクリと起き上がる。
「よくもやってくれたなぁ! 絶対許さないぞぉ!」
「脳みそを灼かれたときといい、今といい、なんでそんなに元気なんだよおまえは」
本当に生き物なのか?
「覚悟しろぉ! このキロウス様を怒らせたことぉ、後悔させてやるぅ!」
キロウス。それがこの『何か』の名前らしい。
「それはこっちのセリフだ。ボクの恩人を殺そうとしやがって。今度こそ決着をつけてやる」
目の前の化け物が恐ろしくないと言ったら嘘になるけれど。
だけど今は、強敵への畏怖よりも仲間を傷つけられた怒りが勝っていた。
イリヤやクロエ、アリシアといった仲間たちを護りたい、失いたくないという気持ちが、基本戦いや争いというモノを好まないボクを衝き動かしていた。
「「………………っ」」
ボクと『何か』――キロウスはしばし無言で睨み合い、火花を散らし、
――そして、戦いが始まった。
「死ねぇ!」
血の一滴すら流れていないマーブル模様の不気味な切断面から、ボコッ! と再び(しかも一瞬で)右腕を再生させたキロウスは、吼えて跳びかかってくる。
「イリヤ! 船へ逃げろ!」
それを迎え撃ちながら、イリヤへ避難を促す。
『トゥオネラ・ヨーツェン』の船体は破邪の効果がある特殊な樹液でコーティングされている。キロウスが触れようものならばタダでは済まないはずだ。このままこの『枝』の坂に留まるより、アリシアたちと一緒にいたほうがまだ安全だろう。
「わ、わかったわ!」
舷梯へと駆け出すイリヤを横目に、ボクは跳びかかってきたキロウスの顎を蹴り砕く。
が、キロウスは下顎を吹き飛ばされながらも、構わずそのまま掴みかかってきた。
「くらえええええええっ!」
キロウスはボクの身を包む全身防護服のコートの襟を左手でむんずと掴むと、再生した右手、握り拳を、こちらの鳩尾めがけて叩き込んでくる。
ボクは身を捩ってそれを躱し、キロウスの右手を、左腕と左脇腹で挟み捕まえ、
「ふっ――」
捩じり上げ、脇腹に肘鉄を喰らわせて、
「神威体現闘法<漁火の拳>――『星火燎原』!」
――キロウスを一本背負いの要領でぶん投げ、その眉間に正拳を叩き込む!
「うげぇ!?」
キロウスは前回の戦いにおける苦い想い出が蘇ったのか顔を顰めると、まるで敵に襲われた蜥蜴の尻尾切りのように自ら右腕を切り離し――所謂『自切』というヤツだ――ボクの拘束から逃れ、正拳を躱した。
そしてそのまま『枝』の坂をゴロゴロと転がってボクと距離を取ったキロウスは、跳ね上がるように立ち上がると、一瞬で下顎と右腕を再生させて、全身を丸めて巨大なボールと化し、回転しながらボクに体当たりを仕掛けてくる。
「くっ」
跳んで躱す、つもりが間に合わなかった。
体当たりをマトモに喰らってしまったボクは吹っ飛ばされ、近くの蒼色の鳥居に背中から叩きつけられる。
ガラガラと倒壊する鳥居。瓦礫の下敷きになりかけるも、『枝』の端、海の手前まで転がって逃れる。が、同時にキロウスが『隙アリ』とばかりにジャンプ。四肢を広げ、その巨体で圧し潰そうとしてきた。マズい、もう一度転がって避け――いやダメだ、もう後が無い。海に落ちてしまう。こうなったら一か八か!
「神威体現闘法<漁火の拳>――『峰火連天』!」
全身防護服の表面で燻る蒼白い残り火を爆発・燃焼させて自らを発射、圧し掛かってきたキロウスにカウンターの体当たりをぶちかます!
空中で激突。
「くっ……」
弾かれ、地に叩きつけられる。
が、それは相手も同様だった。
「ぐえぇ!」
吹っ飛ばされたキロウスは地面に頭から落ちて悲鳴を上げる。
だがすぐに起き上がると、
「ど……どうなってるんだよぉ!?」
こちらを指さし、何やら文句を言ってきた。
「何がだよ」
「おまえ! あの島で戦ったときよりも強くなってないか!? この前は僕ちゃんが軽く小突いただけで空まで吹っ飛んだし、おまえに攻撃されたって全然痛くなかったのに! 今日はメチャクチャ頑丈だし、すっごく痛いぞ!? どーなってんだ!」
「『変身』に必要なチカラが尽きかけていたあのときと一緒にするなよ」
あのときは全身防護服の発現の維持にリソースが割かれ、肝心の防御力が犠牲になってしまっている感じだった。
が、今は違う。ボクのこの身には今、マリナが宿っている。『変身』に必要なチカラ――『星核構築』を彼女からほぼ無尽蔵に引き出せるのだ。つまり、あのときとは違いこの全身防護服は今フルスペックなのである。
それにカグヤも宿っていて、彼女から『地球系統』のチカラを引き出せるからか、いつもより身体が軽いし、神威体現闘法<漁火の拳>の威力も上がっている気がする。
たぶん今のボクなら、あの『月棲獣』とだってマトモに渡り合えるだろう。
……逆に言うと、このキロウスはそんなボクでも手こずる相手なワケだけれど。
「くっそぉー! これだから『オリジナルの地球』を出自とする魂魄はイヤなんだ! 反則なんだよぉ! 複数のチカラを当たり前みたいに使いこなしやがってぇ! この宇宙の地球と月を創造った連中でも不可能な芸当なんだぞぉ、それは!」
……『オリジナルの地球』を出自とする魂魄、か。
そういえばカグヤが言ってたっけ。
――『違うよ。ここは第52平行宇宙。この宇宙の地球は最初の地球――「オリジナルの地球」を参考に創造られた模造品。レプリカ。「模造地球デイジーワールド」だよ』
「……まるでボクがこの宇宙の出身じゃない――別の宇宙の、別の地球の出身みたいな言いかただな」
「はあ? 『まるで』も何も実際そのとおりだろぉ? 大方ぁこの宇宙の地球と月を創造った連中のチカラで無理矢理召喚でもされたんだろぉ、おまえ。『オリジナルの地球』を出自とする魂魄はぁ、僕ちゃんたちに対抗できる唯一の手段、便利な手駒として、どの宇宙でも体よく利用されてきたからなぁ!」
「………………」
――『守人の因子を持つ者よ――我が姉のチカラにより「かつて」「あの地球」へと召喚されたオリジナルの地球を出自とする魂魄よ。汝に試練を課そう。我ら造物主をもってしても滅ぼすことが叶わなかったこの混沌の獣。見事打ち倒し、汝の魂魄の価値を我らに示せ』
……やはりスーザンのあのセリフが意味するところは――
けど。だとしたら。
キロウスの言っていることが真実なら。
カグヤがこれまでいろいろなことを語ってくれなかった理由は……。
カグヤやマリナ、スーザンにとって、ボクは……。
………………。
…………まあ、いい。考えるのはあとだ。
ボクが今すべきことは変わらない。
仲間たちと、仲間たちがようやく見つけた安住の地を護る。
今はそれだけが、ボクがここにいる理由。キロウスと戦う意味だ。
思い悩むのはあとでも出来る。
「……『とにかく仲間を護らなきゃ』って顔だなぁ?」
こちらの考えを読んだのか、キロウスがニヤリと嗤う。
それは禍々しく悍ましい、不穏な嘲笑だった。
思わずギクッとしてしまう。
「護り切れるかなぁ? おまえ一人でぇ!」
そう言ってキロウスは「あーん」をするように、その大きく裂けた三日月のような口を限界まで開ける。
ブウゥゥゥゥゥ……ンッ!
するとそこから、何かが次々と飛び出した。
「! あれは――」
間違いない。あれはキロウスと初めて相まみえた有人島で襲ってきた、全長1mを超えるトンボの群れ。カグヤが<バグ>と呼んでいたメガネウラ型の生物兵器たちだ。
その数――およそ十。
あの数の、あの巨体が、今までずっとキロウスの腹の中で待機していたとでもいうのか!? どうなってるんだ、コイツの腹は! 四次元ポケットか何かか!?
「行けぇ、僕ちゃんの可愛いペットたちぃ! コイツの大事なモノをその顎でズタズタに引き裂いてやれぇ!」
! マズい、<バグ>の群れが『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板でボクの戦いを見守っていたイリヤやクロエ、アリシアたちのほうへ向かっていく!
『以水滅火』・遠当てで撃墜を――いや、敵は十匹近くいるんだ、間に合わない!
「みんな、船内へ逃げろ!」
「ヒッヒッヒッ! もう遅いよぉ! 全員死んじゃいなよぉ!」
「っ、やめ――」
「「「「きゃあああああああっ!」」」」
自分たちのほうへ向かってくる脅威を目の当たりにしたイリヤ、クロエ、アリシア、シャロンの悲鳴が周囲に木霊したその瞬間――
「――テメエら、ヒトん家の庭先で何を騒いでやがる」
――背後で、女の子の声がした。
微妙に舌足らずな発語と、はすっぱな口調がどこかアンバランスな印象を抱かせる、ボクよりも確実に年下であろう女の子の声だ。
「――――――!?」
反射的に振り返ったボクの目に映ったのは、女性が田植えをするときの正装とも言える着物――早乙女装束。
それを着た赤毛の女の子が、夜天へと翳した右手の人さし指だった。
「キミは……!?」
ボクの誰何を無視し、女の子はそのチカラを発動させる。
「『宇宙播種』インヴォーグ――隕石弾雨」
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