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最後の地球人♂、仙女や魔女と月の海を航る ~ルナマリアノーツ~  作者: 和泉 健星
4章 散る命、咲く命 ―偽りの楽園―
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♯82 不器用な聖女様と、咲く命を見守った

第82話。この4章のエピローグその1です。

※語り部は前半はイサリ、後半はスズランです。





 少しだけ懐かしい夢を見た。

 ボクの感覚的には、もう一年ほど前になる『ある日』の想い出。その回想とでもいうべき夢だ。


 それは中学を卒業した日の夢だった。


 いつだったかも言ったと思うけれど、ボクが通っていた公立校は小学校から高校までが同じ校舎の中にあって(なにぶん住んでいた離島は子供の数がそこまで多くなかったので)、小学校と中学校に関しては卒業したとは言ってもすぐにまた見慣れたメンバーと同じ場所に通うことになるため、本来ならばその日もなんの感慨も覚えないはずだった。


 ……が、実際は少しだけ感慨深いイベントが待っていたのである。


 それなりに印象に残る別れが。



「イサリクン!」



 その日、卒業式が終わり、一人さっさと帰宅しようとしたボクを呼び止めたのは、級友クラスメートの女子の一人だった。

 その整った容姿とふわりとした美しい亜麻色の髪ゆえに、ボクの従妹いとこのアズサと校内の男子の人気を二分していた美少女だ。


 名を()()()と言った。


 ボクは以前、彼女が街中で観光客にナンパされていたところを助けたことがあり、その後しばらくは彼女のほうから話し掛けてくることが度々あったのだが……。それも束の間のことに過ぎず、最近は目が合うことすらまれだったのに。


 なのに、どうして突然思い出したように話し掛けてきたのだろう?


 そんな疑問を抱きながら、


「何か用かい?」


 ボクが軽い気持ちでそう訊ねると、


「イサリクンにちゃんとお別れを言っておきたくて」


 昇降口のほうから駆け寄ってきた彼女――アヤメさんは、乱れた息を整えながら、そう答えた。


「ちゃんとお別れを……?」


 四月、高1になったら、どうせまたここで会うことになるのに? ――そんな疑問は、続く彼女の言葉で呑み込むことになった。


「私ね、明後日にはお父さんの仕事の関係で本土に引っ越すんだ。それも、かなりの遠方に。だからもうここへは通えない……。イサリクンやみんなとは、今日でお別れなの」

「え……」

「この島は私にとって生まれ故郷だけど、お父さんとお母さんは元々本土の人間でね。二人にとってこの島はあくまで赴任先に過ぎないから。たぶん、私たち一家がこの島に戻ってくることはもう無いと思う」

「そう……なんだ」


 ボクと彼女は友達と呼べるほど親しい間柄でもなかったけれど――というかボクに友達なんて一人もいなかった――それでも、また会えると思っていた相手からこれが今生の別れだと突然伝えられて動揺しなかったと言えば嘘になる。


「ええ」アヤメさんは頷き、「他のみんなにも、今日までずっと黙ってたんだけどね。……なんとなく言い出せなくて」

「みんなショックを受けてたんじゃない? アヤメさんはみんなに慕われていたみたいだし」


 特に男子からの人気はトンデモなかったはずだ。


「そう、ね。今日だけで五人から交際を申し込まれちゃった。もちろん、いずれも丁重にお断りしたけれど。引っ越しちゃうワケだし」

「五人!? 今日だけで!?」

「ええ。同級生が二人。二歳にこ上の上級生が一人。一歳いっこ下の下級生が一人。あとは小学生の男の子が一人ね」

「小学生からも!?」

「先日十歳になったばかりだって言ってたわ」

「まだ十歳なのにこの春高校生になるお姉さんに交際を申し込むとは……! なんてマセガキだ!」


 …………………。今思えば交際を申し込むくらいまだ可愛いほうだったな……。世の中には十歳で毎晩年上の男の寝所に潜り込んだり、おやすみのチュウをせがんだりする女の子もいたワケだし……。


「だからね。最後に、イサリクンにもちゃんとお別れを伝えて……そして、謝っておきたかったの」

「謝る? 何を?」

「その……。イサリクンが孤立していることを知っていながら、なんの力にもなってあげられなかったことを……」

「…………………」

「それに私自身も、一時期を除けば、基本イサリクンのこと避けていたし……」

「……別に気にしてないよ。ボクが友達として付き合って楽しい人間じゃないことは、ボクが一番よくわかってるし。……ボクに関するいろいろな噂が流れていることは、ボクも重々承知しているしね」


 噂には根も葉もないデマも多々あったけれど、真実を含んでいるモノも少なくはなかったから、敬遠されても仕方ないって自分でも思うし。


 母さんのこととか……。


「――それにボクと親しくしていたら、最悪アヤメさんまで周囲から浮いてしまった可能性もあるし。下手にボクと関わらないで正解だったと思うよ」


 アズサほどのカリスマと神経の図太さがあれば話はまた別みたいだけれど。でも、あれはもう一種の超人の域だし。――そう付け足すボクに、アヤメさんは無言で、困ったようにも、悲しそうにも見える、複雑そうな笑みを浮かべる。


 ……ああ、そうだった。思い出した。


 彼女はこのあと何か言いたそうな顔をしつつも、結局「……そっか」と嘆息混じりに言って、最後にボクと「それじゃあ元気でね」とありきたりな挨拶を交わし、そのまま去っていったのだ。


 ……そのはずなのに。



「……それでも、私は後悔したの。ずっとずっと……この月の海で大人になったあとも、ふとした瞬間にあなたのことを思い出しては、自分を責めずにはいられなかったのよ」



「…………え?」


 夢に出てきた彼女のリアクションは――返してきた言葉は、実際のそれとは異なるモノだった。


「私にもっと勇気があれば……、誰を敵に回そうともあなたに寄り添う覚悟を持てれば。恩人であるあなたを、あの教室で独りぼっちにしてしまうことは無かったのにって。何度も、そう悔やんだの」

「アヤメ、さん……?」


 なんだ、これは。

 あの日、彼女はこんなこと言ってない。

 なのに、なんでこんな……?


「私だけじゃない……。きっと学級委員長いいんちょうも、他のみんなも、あなたに陰で助けられたことがあるヒトたちはみんな、一度はそう思ったはずよ」


 …………………。


「――そう、私はあなたに何も返せなかった……。なのに、あなたはまた私を助けてくれたわ」

「え?」

「私の大事な宝物を護ってくれた……」

「大事な宝物……?」


 いったいなんのことだ?


 いや、これは所詮しょせん夢だ。

 夢に整合性を求めても仕方がない。


 …………待て。

 そういえば、アヤメさんの顔立ちは誰かに似ているような――


「私は、あなたに何かをお願いできるような立場じゃないけれど」


 と、アヤメさんはこうべを垂れる。

 深々と。


「――お願い。護ってあげて。どうか照らしてあげてほしいの。私の宝物……その未来を護ってくれたように。……必死に花開こう、咲き誇ろうとしている儚い命を」

「必死に花開こう、咲き誇ろうとしている儚い命……?」

「そう。今日、あんなに沢山の命が散っていったんだもの。ひとつくらい、咲く命があってもいいでしょう?」


 ……そう言って。

 アヤメさんは花がほころぶような、優しい微笑を浮かべた。


 あまり高校生には似つかわしくない、母性溢れる微笑みを。


「――だから護ってあげてね。あなたの、その熱く燃える……とても美しい魂魄タマシイ燈火ともしびで……。儚い命を。そして、みんなの笑顔を」






              ☽






「はい到着☆」


 ロッカちゃんがそう言って、左脇に抱えていた私と右脇に抱えていたダリアちゃんを下ろしたのは、港の片隅でのことだった。


 沖合には、展帆てんぱん抜錨ばつびょうを済ませ、いつでも出航できる状態なイサリクンの船――『トゥオネラ・ヨーツェン』が見える。宵闇よいやみの中、ぼうと白く浮かび上がっているその船体は、亡霊のように不気味にも、白鳥のように美しくも見えた。


 死闘たたかいを終えてイサリクンが気を失ったのを見たロッカちゃんは、私たちを抱えると一気にここまで駆けてきたのだ。

 およそ人間離れした脚力で。


 ホント、凄いスピードだった……。

 抱えられていただけなのに目が回って、酔いそうになっちゃったわ……。

 とっても怖かった……。


「ダリア、吐きそう」


 ダリアちゃんは地面にへたり込み、口元を押さえている。


「…………………」


 私たちのあとを追いかけてきた褐色の肌を持つ女の子――ハナビ様がそれを見て、両腕に抱えていたイサリクンを無言で近くにしげみへポイッと放り捨てる。


 そして、ダリアちゃんの背中を無言でさすってあげていた。


 な、なんかダリアちゃんとイサリクンで扱いに差があるような……。

 可哀相なイサリクン……。


 ……なんて考えてる場合じゃない!


「イサリクン!」


 茂みの向こうに打ち捨てられたイサリクンへ、私は慌てて駆け寄ろうとする――が、それよりも早く、



「もうっ、ハナビってば! わたしのだんなさまになんてことするかな!」

「そうです! 頑張ったイサリさんにこの仕打ちはあんまりです!」



 ガサガサガサッ! と茂みが揺れて、枝葉の向こうから頬を膨らませたカグヤちゃんとマリナさんがひょっこり顔を覗かせた。


「カグヤちゃん!? それにマリナさんも!? 二人とも、今までどこにいたの!? いつの間にかいなくなっていたけれど」


 いきなり現れた二人に私が驚き訊ねると、


「それはもちろん、だんなさまの中……じゃなくて! その、」

「『深きものども』から逃げているうちに、皆さんとはぐれてしまいまして。気付いたらここに」


 はぐれた?


「あの一瞬で……?」

「そ、そんなことより手伝ってスズラン!」

「わたくし一人では気を失っているイサリさんを支えることが出来なくて……。カグヤちゃんじゃ身長が足りませんし」


 ! そうだ、イサリクン!


 言われてハッとし、茂みの奥に倒れていたイサリクンをマリナさんと協力して抱え起こす。イサリクンの左肩に私が、右肩にマリナさんが腕を回し、立ち上がらせる。


「お。重い……」


 まあ、当然よね。

 立ち上がらせる、とは言ったけれど、気を失っているイサリクンは当然脱力しているから、私とマリナさんの二人で彼を支えるしかないワケだし……。

 パッと見、女の子みたいな顔立ちをしていて、背格好も華奢に見えるけれど、実は相当鍛えているのか結構筋肉が付いてるし……。


 ……う。なんだかすごくドキドキしてきちゃった……。

 ていうか……顔、近……。


「お兄ちゃん……」


 心配そうにイサリクンを見上げるダリアちゃんの呟きに、再びハッと我に返る。


 いけないいけない。今はそれどころじゃなかったわ。


「早くイサリクンを『トゥオネラ・ヨーツェン』へ運んで休ませてあげましょう。それにみんなにも、もう安全だって教えてあげないと」


 あと、みんなにロッカちゃんとハナビ様のことを紹介しないと。


 ハナビ様を見たら、みんな腰を抜かしちゃうんじゃないかしら……。

 …………………。でもその前に、ハナビ様に何かお召し物を用意しないと……。


「……って、あら? ロッカちゃんとハナビ様は?」


 二人の姿が見当たらない。ほんの少し目を離した隙に、どこかへ消えてしまった。


「あれ……? ハナビ様? どこ行っちゃったの?」


 ダリアちゃんも周囲を見回し、目をパチパチしばたかせている。


「スズラン。ダリア。彼女たちは造物主カミサマなんだ。本来、滅多なことじゃ人前に姿を晒しちゃダメなんだよ」

「これ以上、ヒトと関わるワケにはいかない……二柱ふたりが黙っていなくなったのは、そう考えてのことでしょう」


 そっか……。


「そういうことなら仕方ないわね。――行きましょう」


 気を取り直し、波止場はとば目指して歩き出す。……イサリクンをズルズル引きりながら。


 が、いくらも歩かないうちに、



「! 良かった、無事だったんじゃなお主ら!」

「今行くカラ、そこで待ってテ!」



 海のほうから声を掛けられて、私たちは脚を止め、そちらへと視線を向けた。


 すると、さっきは暗くて気付かなかったけれど、そこにはこちらへ近付いてくる一艘いっそう撓艇ボートがあった。


 三十代くらいのいかつい顔立ちをした艇長コクスンさんがぐその撓艇ボートに乗っていたのは、白塗りのこんを手にしたツバキちゃんと薙刀なぎなたを手にしたイリヤちゃんだ。


「ツバキ! イリヤ! 迎えにきてくれたの? よくわたしたちがここにいるってわかったね」


 波止場に到着した撓艇ボートから降りてきた二人に、カグヤちゃんが駆け寄り訊ねる。


「いや。正直、わらわたちもお主らがいるとは思わんかった」

「いよいよ出航というタイミングで降ってきた超巨大隕石ト、遠くにぼんやり見えていた馬鹿デカい花の化け物が、突然パッと消えたものだカラ……」

「なるほど……それで」とカグヤちゃんは頷き、「以前だんなさまが超巨大隕石で『月棲獣げっせいじゅう』をたおしていることを知っているツバキ辺りが、あの超巨大隕石もだんなさまの仕業に違いないと判断したワケだね」


 カグヤちゃんの言葉にツバキちゃんとイリヤちゃんはコクリと首肯しゅこうし、


「うむ。旦那様の手によって、この島に巣食う邪悪は一掃されたに違いないと思っての」

「デ。本当に脅威は去っタのか、この三人デ確かめに来て――そしてアナタたちヲ発見したってワケ」


 そういうことだったのね。


「ところで、さっきから気になってたんだがよ」


 と、波止場の係船柱ビットロープを掛けていた艇長コクスンさんが訊ねてくる。


「若旦那は大丈夫なのか? さっきからピクリとも動かないんだが」


 艇長コクスンさんの問い掛けに、イサリクンが気を失っていることにようやく気付いたらしいツバキちゃんとイリヤちゃんが慌てふためく。


「旦那様!? ど、どうしたんじゃ!? こら、目を開けんか!」

「イサリ! じゃなかった、センチョウ! しっかりして!」


 我先にとイサリクンに駆け寄り、彼の顔を覗き込んで、必死に声を掛けるツバキちゃんとイリヤちゃん。


 二人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 まるで可愛い弟の身を案じるお姉さんみたいに。


 ……ふと、思い出した。

 この島に上陸する直前に、ツバキちゃんと交わしたやりとりを。



 ――『お主! やはりトップスル・スクーナーに乗ってみたかったというのは方便で、真の狙いは旦那様じゃな!?』

 ――『別にそれも嘘ってワケじゃ、』

 ――『おのれ! 言うとくがの、ぽっと出の女が旦那様の世話を焼けると思うなよ!』

 ――『……誰もイサリクンのお世話を焼きたいとは言ってないのだけれど。ツバキちゃんって中々思い込みが激しい性格みたいね』

 ――『やかましいわこの女狐が! せっかくイリヤにも認めさせた旦那様のお姉ちゃんというぽじしょん、そう易々(やすやす)とは渡さんぞ! 今すぐ旦那様の半径100m以内から離れんか!』

 ――『海に落ちろと?』



 ……そっか。

 イサリクンにとってこの二人は、まぎれもなくお姉ちゃんみたいな存在ものなんだっけ……。


 …………………。


 私もイサリクンのお姉ちゃん的存在になりたい、とまでは言わないけれど。

 でも、やっぱり私も、イサリクンのお世話を焼きたいかも……。

 出来れば沢山……。

 これからずっと…………一生…………。


「スズランさん? どうしました?」


 マリナさんに声を掛けられ、我に返る。


「ごめんなさい。なんでもないわ」


 私はかぶりを振って雑念を払うと、ツバキちゃんとイリヤちゃんのほうへ向き直り、


「安心して、二人とも。イサリクンは気を失っているだけよ。お察しのとおり、あの巨大な花の化け物や『深きものども』の群れは彼があらかた片付けてくれたわ。でも、島に『深きものども』がまだ残っている可能性は否定できない。この島がもう安全だと判断するのは、時期尚早だと思うの。今は一刻も早く、彼を『トゥオネラ・ヨーツェン』に運んで休ませてあげましょう。あの船なら安全なんでしょう?」

「! そ、そうじゃな」

「わかったワ」


 私の説明に、ツバキちゃんとイリヤちゃんはなんとか落ち着きを取り戻してくれた。


「よし、そういうことなら若旦那は俺が運ぼう」


 そう言ってイサリクンを軽々と背負い、撓艇ボートへ乗せる艇長コクスンさん。


 殿方が来てくれてホント助かったわ……。


「嬢ちゃんたちも早く乗んな」


 促されて、私たちは撓艇ボートへ乗り込む。

『トゥオネラ・ヨーツェン』の撓艇ボートは大きめだったけれど、流石に八人もの人間が乗り込むと手狭に感じられた。


「危なかったな。定員ギリギリだ」


 そう言って艇長コクスンさんはオールを使って漕ぎ始め……そして、四半刻もしないうちに沖合の『トゥオネラ・ヨーツェン』へ到着。縄梯子ラダーを使って、まずはツバキちゃんとイリヤちゃんが、次いでカグヤちゃんとマリナさんが、そしてダリアちゃんと私が、最後にイサリクンを小脇に抱えた艇長コクスンさん(スゴイ剛力だ)が『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板デッキへ降り立つ。


「…………………?」


 降り立って、私は怪訝に思った。


「ねえ、ツバキちゃん。なんだか甲板デッキの空気が重くないかしら? 乗組員クルーの皆さんはもちろん、中央甲板メインデッキに集められている島の住人みんなも表情が暗いし」

「確かにの。妾たちが船を離れているちょっとの間に何かあったんじゃろうか」


 私とツバキちゃんが眉をひそめていると、


「スズランちゃん! 良かった、無事だったのね!」


 船内へと続く扉を開けて、やはり暗い表情で出てきたナズナ姉さんが、こちらを見て少しだけ顔を輝かせ、駆け寄ってきた。


「姉さんも無事で良かった」


 姉さんの後ろにはルーナちゃんとアリシアちゃん、そしてクロエちゃんの姿もある。

 が、その表情はやはり、いずれも暗い。


「良かったワ、ルーナちゃん。目を覚ましたノね」

「はい。ご心配をお掛けして申し訳ありません、イリヤさん」

「ちょっと聞いてよイリヤ!」

「どうしたノ、アリシア」

「ルーナってば、一度目を覚まして意味深なことを言い出したときのこと、全然覚えてないって言うのよ!」

「だ、だって、本当に覚えてないんです……。わたくしが憶えてるのは、その……とっても良い夢を見たことだけで……。ぽっ(赤面)」

「このマセガキがぁー!」

「はうぅ! アリシアさんが怖いですぅ。助けてイサリさまぁ……って、イサリさま!? どうされたんですか、イサリさま! しっかりして! 目を開けてください!」

「大丈夫ヨ、ルーナちゃん。センチョウは気を失っていルだけだカラ」

「イサリさま! イサリさまぁ! イヤですぅ! お願いですから目を開けて!」

「全然聞いてナイ……。この取り乱しよう……。気を失っテいるルーナちゃんヲ見たときのイサリそっくりだワ……。やっぱりお似合いヨ、アナタたち」

「えっ。わたくしとイサリさまがお似合い……? ――えへへ☆ そんなぁ。照れちゃいますよぉ(クネクネ)」

「なんでそこだけ聞こえるノ……」

「ちょっとぉ! ルーナもイリヤも、私のこと無視しないでよ!」

「もう諦めたらどうですか、アリシアさん。どうせ幻覚でも見たんでしょう。もしくは夢か」

「クロエは黙ってて!」


 ……なんかもうメチャクチャね、あっちは。

 放っておきましょう。


「姉さん。みんなの表情が暗いけど、何かあったの?」


 私がナズナ姉さんに訊ねると、それまで騒がしかった面々もピタッ……と口をつぐみ、再び暗い表情になる。


 ……やはり、何かあったようだ。

 それも、とても良くないことが。


「……実は、」


 と、重い口を開くナズナ姉さん。


「――つい今しがた、リオンさんとシャロンちゃんによる助産のもと、ヨハネスさんとヘレンさんのお子さんが生まれたの」

「! それで!?」

「生まれた直後は、弱々しくはあったけれど、それでもちゃんと産声を上げてくれてたのよ? ……でも、だんだん弱っていって……」


 …………まさ……か…………。






              ☽






 出産のため、ヘレンさんが運び込まれた医務室。

 難産だったことが一目でわかるほど散らかり汚れた部屋。

 その部屋は今、深い哀しみに包まれていた。


 慌てて駆けつけた私とダリアちゃん、ツバキさん、イリヤさん、カグヤちゃん、マリナさん、そしてナズナ姉さんと、イサリクンを背負った艇長コクスンさんが目にしたモノ。


 それは、唇を噛み締めて涙をこらえているリオンさんと、掌で顔を覆って「ひっく……えっぐ」と嗚咽を漏らしているシャロンちゃんと、

 そして、


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 寝台ボンクの上でおくるみを抱いて号泣しているヘレンさんと、


「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 壁に両手をついて人目もはばからず慟哭しているヨハネスさんの姿だった。


「……どう、して……」


 私が思わず零してしまった呟きにリオンさんが反応し振り向く。


「ハッキリしたことは言えないわ……。新生児が胎内から外へ出てきたあと、環境の変化に対応できずに起こす呼吸循環障害とも違うし……。ストレスが原因で予定日よりだいぶ早まってしまった出産がたたったんだろう、としか……」


 そん……な……。


「最初はね、ちゃんと息をしていて、産声も弱々しいけど上げてくれてたの……。でも、すぐに声が小さくなっていって……本当に今しがた……」


 っ。


「……なんで……」


 今日は辛いことがあんなに沢山あったのよ……?


 もう……いいじゃない……。


 少しくらい……喜べることがあってくれてもいいじゃない……。


 沢山の散る命があったんだから。

 ひとつくらい、ちゃんと咲く命があってもいいじゃない……!


「お、おいカグヤ! マリナ! なんとかならんのか!?」

「そうよ! 仙女であるアナタたちナラ……!」


 詰め寄るツバキちゃんとイリヤちゃんに、申し訳なさそうにかぶりを振るカグヤちゃんとマリナさん。


「ごめんね……こればっかりはどうにもならないんだ……」

「あのコの心臓は既に止まり、もはや魂緒タマノオほどける寸前……。あのコの魂魄タマシイが肉体から離れるのを止める手立てはわたくしたちにも……」


 …………………っ。


「ストレスによる早産……。じゃあこれも、お母さんのせい……?」


 ダリアちゃんが瞳からボロボロと涙を零し――床に両膝をつくようにくずおれる。

 今日一日で散々絶望を味わった幼い女の子を、更なる絶望がし潰す。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 亡き母に代わり、謝罪するダリアちゃん。


 いけない……。このままじゃこのコは一生、この罪悪感を背負って生きることになる……。


 ダリアちゃん自身は何も悪くないのに。

 このコだって被害者なのに。


 なのに、なんでこの期に及んで、このコが更なる絶望を味わわなければならないの……?


「どこまで残酷なの……この世界は」

「「っ」」


 私の独白に、何故かカグヤちゃんとマリナさんが辛そうに表情を歪めた、その瞬間だった。


「! 良かった、気が付いたんだな若旦那! ――ってオイ、なんだそれ……!?」


 背後で、イサリクンを背負っていた艇長コクスンさんが戸惑いの声を上げた。


 私やナズナ姉さん、そして他の面々がなんとなしに振り返り……揃って息を呑む。



 そこには、いつの間にか己の脚で床に立ち――そして、お包みを抱いてさめざめと泣いているヘレンさんへゆっくり歩み寄るイサリクンの姿があった。



 うつむくように背筋を曲げ、ヨロヨロと覚束おぼつかない足取りで前進するイサリクンの顔、表情は、垂れた前髪で隠れていて確認することが出来ない。


 艇長コクスンさんの言葉にも無反応だ。


 だから、イサリクンが本当に意識を取り戻しているのか――それとも気を失ったまま、本能のようなモノだけで艇長コクスンさんの背中から降りてそのままを進めているのか、イマイチ判別がつかなかった。

 後者は普通ならば考えにくいことだが、イサリクンの場合『普通』という概念は通用しないだけに絶対に前者だとも言い切れない。


 と。


 握り締められていたイサリクンの右手……一本だけ真っ直ぐ伸ばされた人さし指に、不意に、ボッ! とほのおが灯った。


 熱く燃える――美しい、純白の焔が。


 ヘレンさんとヨハネスさんも、流石にその異常事態に気付いて振り返る。


「な……何?」

「イサリ船長……?」

「イサリクン……? その焔はいったい――」


 ヘレンさんとヨハネスさん、そして私の疑問に答えたのは、カグヤちゃんとマリナちゃんだった。


「違う……! あれは正確には焔じゃない! だんなさま自身の魂魄タマシイの輝き、燈火だ!」

「い、イサリさん!? オリジナルの地球を出自とするあなたの特別な魂魄タマシイ……その燈火を指先の一点に集め、いったい何を……!?」


 ……動揺している。

 沢山の不思議な知識を持ち合わせている――イサリクンが『仙女』と呼んだ二人が。

 これは、二人にとっても予想だにしなかった事態なのだ……。



「……命よ、」



 イサリクンが顔を上げ、背筋を伸ばし、黒曜石こくようせきのようなその瞳で赤子を見下ろす。


 ことを紡ぐ。


 力強く。

 それでいて優しく。

 いとを慈しむように。



「――今こそ咲き誇れ」



 そして。


 寝台ボンクへ歩み寄ったイサリクンは、純白の焔が灯ったその指先で、おくるみに包まれている赤子の胸元をいた。


 トン……と。


 そっと。


 瞬間、私は感じた。確かに。

 それはたぶん、他のみんなも。


 イサリクンの指先から放たれた熱い『何か』……さざなみのようなモノが、まるで水面に落ちた雨のしずくのように、波紋を描いて、おくるみの中の赤子の全身へ伝わったのを。


 その熱い『何か』が、今にも解けそうだった赤子の魂緒タマノオを燃え上がらせ、活性化させたのを。


 イサリクンの指先が、今まさに肉体を離れようとしていた赤子の魂魄タマシイを優しく押しとどめ、止まっていた心臓を揺り動かしたのを!


 直後、



 ……おぎゃあ、おぎゃあ!



 赤子が息を吹き返し――再び産声を上げる。


「生まれてきたよ」と、家族へ……そして世界へ告げる。



 一度は散った命が、今、再び咲いたのだ。



「信じ……られない……。こんなことが……。どれだけ規格外なのかな……わたしのだんなさまは……」

「これもまた……オリジナルの地球を出自とする魂魄タマシイの特性……? それとも……イサリさんが特別中の特別なの……?」


 二人の仙女が、イサリクンの背中を茫然と見つめ、震える声で呟いて。


「っ、う……うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「お……おおお……っ!」


 ヘレンさんがお包みをいだいて泣き叫び、ヨハネスさんがそんなヘレンさんを抱き締めむせび泣く。


 だがそれは、先程までとは違い、随喜ずいきの涙だった――。



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