♯81 死を冠する植物と、新たなる姿で戦った(後編)
第81話です。次話よりこの章のエピローグとなります。
――『イサリさま……負けないで』
「えっ……ルーナ!?」
一瞬。
どこからかルーナの声が聞こえた気がして、ボクはキョロキョロと周囲を見回した。
ボクの集中が途切れたことで、弓状に変形した左腕の双聖の神器から放たれていた神鳴の連弾がピタッと止んでしまう。
『旦那様? どうしたのだ?』
『何やってんだイサリ! 集中しろ!』
全長が優に80mを超えている『死の植物』の身動きを、神威で出来た鎖で必死に抑え込んでいた<種を摘み取るもの>スーザンと、たちまち再生していく無数の蔓を、隕石の絨毯爆撃で即座に刈り取っていた<種を播くもの>クーリエ。
二柱の造物主サマに咎められて、ボクはハッと我に返った。
「そ、その……。今、どこからかルーナの声が聞こえた気がして……」
『ルーナ? …………ああ、』
『例の、おまえの一番目の正室か』
「待って! ひょっとしてあのコ、キミたちの中ではボクの正室って認識なの!? しかも『一番目の』ってことは、他にも正室がいるってこと!?」
『何を言っているのだ? 旦那様と「魂魄の婚姻」を結んだ私たち全員が正室に決まっているだろう』
『それともなんだ? おまえにとっちゃ、アタイら人外なんて側室に過ぎないってのか? あーん?』
「……正室ってそんな何人もいるもんだっけ?」
ていうか、造物主サマたちからもファーストレディ扱いされてるって、流石だなルーナ……。
「ちなみに、だけど。二番目の正室は誰?」
『まあ、順当に考えればそこはカグヤだろうな』
『しゃーねーから、アタイらは三番目と四番目ってことにしといてやる』
「は、はあ…………って、『魂魄の婚姻』を結んだキミたちのことはひとまず脇に置いておくとして。ボクとルーナは婚約すらまだだから!」
『……ふむ。まだあのコから逃げられると思っているのか、旦那様』
『あんな激しい接吻までしちまったからには、ちゃんと責任は取れよな? アレを「おやすみのチュウ」と呼ぶのは流石に無理があるぞ』
「……ひょっとしてキミたち、ボクの精神世界で見てた? 出航前夜の――クーリエの試練を受けた夜の出来事を」
『うむ。じっくりたっぷり観察……もとい、見守らせてもらったぞ。旦那様とあの娘の、半刻に及んだ乳繰り合いをな』
乳繰り合いて。
『アタイと「魂魄の婚姻」を結んですぐに、他の女とあんな接吻しやがって。この女こましめ。……つーか、十歳の女の子としていい接吻じゃないだろ、アレ』
き、気まずい……。
一応、ボクは唇を奪われた側なんだけど……。
……って、あれ?
「さっき、何故かマリナの名前だけ出てこなかったけど。キミたち的にマリナは何番目の正室なの? キミたちが三番目と四番目ってことは、彼女は五番目?」
『今はそんな話をしている場合ではないぞ、旦那様! 敵に反撃を許すな! 接近もだ!』
『そうだぞ、この呑気者! このバージョン<メテオストライカー>には、<ボーダーガード>と違って装甲の自動修復機能や肉体の自動治癒機能が備わってねーんだ! それに遠距離戦闘は得意としているが、近接戦闘は不得手なんだからな!』
「ボクか!? ボクが悪いのか!?」
……でもまあ、確かに今は、沢山いるらしいボクの正室、その序列を気にしている場合ではなかった。
――ギャオオオオオオオンッ!
『死の植物』がその触手のような蔓をガムシャラに振り回し、一本、また一本と、スーザンが神威で創った光の鎖を引き千切っていく。
その上、スーザンが召喚した隕石群まで次第に撃ち落とされ始めた。
このままでは『死の植物』が自由を取り戻すのも時間の問題だ。
ボクは慌てて神鳴の矢を連射し、『死の植物』の太い茎に風穴を空けるが、たちまちのうちに再生・塞がってしまう。
「ダメだ、あの巨体を屠るには破壊力が足りない……!」
『衝突の冬』さえ使えれば……。
でも、この現実世界、スズランさんやダリアちゃんもいる状況でアレを使うワケには……。
――待てよ?
「この島は第三<神域>スターマインの<遺跡>だったはず。どうにかして亜空間をこじ開け、そこへ奴を突き落とすことが出来れば……」
……いや、無理だ。
まず亜空間をこじ開ける手段が無いし、仮に亜空間をこじ開けそこに『死の植物』を突き落とすことが出来たとしても、亜空間に現実世界の超巨大隕石を召喚するには亜空間の一部だけを現実世界と繋げる必要がある(キロウスとの死闘でクーリエがやったようにだ)。
おそらく、それが可能なのはここの管理者である<神の財産目録削除者>ハナビだけのはず……。
けど、ハナビは現在、己が肉体を失い、『核』だけがダリアちゃんの身に宿っている状態で……。
……いや、待て。
「スーザン! クーリエ!」
『む?』
『なんだよ?』
「カグヤとマリナの話によれば、アリシアたちに宿った下級眷属とは違ってダリアちゃんに宿った上級眷属は自我や記憶なんかが初期化されておらず、『地球系統』のチカラでワンチャン復活できるかもってことだったけど。それは確かか!?」
『うむ』
『まあ、そうだな』
「なら、いったんバージョン<ボーダーガード>に戻って、『地球系統』のチカラを使えばハナビを復活させることが――」
『……言いたいことはわかるが、それにはひとつ問題があるな』
問題? なんだろう?
『ハナビを「地球系統」で受肉・顕現させるにはな、「核持ち」であるあの娘の体内へ「地球系統」を送り込む必要があるんだよ』
ダリアちゃんの体内へ『地球系統』送り込む……って。
「どうやって?」
『そうだな……』
『一番手っ取り早いのは、チカラを乗せた息吹を口から流し込むことだろうな』
「息吹を口から流し込む……って」
それってつまり……。
『『チュウだ。』』
「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!」
マジか! 今しがた幼女との接吻の件で気まずい思いをしたばかりだってのに! 今度は別の幼女と接吻しなければならないのか!
『……む。いや、待て。そういえばあの娘、昼間「桃仙郷の実」を――』
『! ってことはだ、あの娘がハナビの受肉・顕現を望みさえすれば――』
「ええいっ、背に腹は代えられない……やるしかないか!」
ボクは何やらゴチャゴチャ言っているスーザンとクーリエを無視し、今日出逢ったばかりの十一歳の女の子のほうへ振り返る。
「ダリアちゃん! 優しくするから、ちょっとだけお兄ちゃんとチュウしない!?」
……もっと他に言いようは無かったのかボク。
この場にルーナがいなくて良かった……。
「――って、ダリアちゃん……?」
直後。
目に飛び込んできた光景に、ボクは息を呑んだ。
さっきまで<神の財産目録保存者>ロッカの右脇に抱えられていたはずのダリアちゃんが、いつの間にか両の足で地面に立っていた。
その上、祈るように胸の前で両手を組み、目を閉じている。
「――どうか、おいでください。力をお貸しください――」
ダリアちゃんの薄く小さな桜色の唇が、言の葉を紡ぐ。
恭しく。
それでいて、厳かに。
その姿、全身から醸す神聖な空気は――まさに聖女。
あるいは、巫女と呼ぶに相応しいモノだった。
「お兄ちゃんを……みんなを助けて。ハナビ様」
その瞬間だった。
煌! とダリアちゃんの全身から後光のような紫の閃光が迸ったかと思うと、彼女の頭上、空中で渦を巻きながら収束。次第にヒトの姿カタチを成していく。
「あれは……!」
――気が付けば。
見知らぬ少女が一人、宙に浮かんでいた。
フリフリと揺れる、宵闇の中でも映える美しい黒髪のツインテール。燃えているみたいに爛々と輝く、金色の炯眼。不敵な笑みを浮かべた桜色の唇から覗く、鋭い八重歯。日焼けによるモノではなく生来のモノであることが一目でわかる、惜しげもなく晒された褐色の裸身。
見た目ダリアちゃんよりも少しだけ年上、十二か十三か……それくらいだろう。
どこか儚い雰囲気を醸すロッカとは対照的にエネルギッシュな印象を抱かせる、ロッカとはまた別のエキゾチックな魅力を備えた美少女だった。
「あのコはまさか……!?」
『<神の財産目録削除者>……!』
『ハナビ……!』
! やっぱりか!
でも、ハナビはどうやって受肉・顕現を――いや待て、そういえばさっき『桃仙郷の実』がどうたらって……。
あっ、そうか! ボクが昼間ダリアちゃんに与えた『桃仙郷の実』! あれを摂取したことにより、ダリアちゃんの体内には今『地球系統』が……。それで……。
「あなたがハナビ様?」
「…………………」
振り返り見上げるダリアちゃんを、ハナビは無言で見下ろし、フッと笑う。
それは決して見下すような笑みではなく、むしろダリアちゃんへ対する親愛と感謝が覗く優しい笑みだった。
「あっ……」
「…………………」
無言のままダリアちゃんの頭をそっと撫でたハナビは、すぐに彼女から視線を外すと、指をパチンと鳴らす。
すると『死の植物』の背後に聳えていた火山全体が突如ヒビ割れ、そのままガラガラと崩れ落ちた。
まるで噴火を起こし、山頂部から崩落を始めたみたいに。
「……いや、違う」
ヒビ割れたのは火山ではない。
空間だ。
「あの山は……!?」
ロッカの左脇に抱えられたままのスズランさんが、空間が崩れ落ちた跡、虚空に生じた巨大な亀裂――その向こうに覗く赤富士と麓の樹海を目にして驚きの声を上げる。
間違いない。
あの模造された日本、紛いモノの富士山麓こそが、亜空間――第三<神域>スターマインだ!
……好機!
「スーザン! クーリエ!」
『うむ!』
『応よ!』
スーザンが光の鎖を消すと同時に、ボクは神鳴の矢を、クーリエは隕石の絨毯爆撃を『死の植物』へ叩き込む。
全長80m近い怪物を、後方に生じた亀裂、亜空間へ突き落とさんと試みる。
が、
『ダメだな』
『まだ火力が足んねえ!』
『死の植物』は後退しかけるも、それまで足の代わりにしていた無数の根を地面に突き刺し、文字どおり大地に根を張って、必死にその場に踏みとどまっていた。
「何か……、何か無いのか? あの化け物を亜空間へ突き落とす方法は……!」
『! 旦那様!』
『ヤベエ! 避けろ、イサリ!』
スーザンとクーリエの警告にハッとするも、とき既に遅かった――死角から襲い掛かってきた蔓、その強烈な横薙ぎに、ボクはなす術なく吹き飛ばされてしまう。
「がはっ……!」
そして強風と高波に翻弄される小舟のように宙を舞ったボクは、そのまま大地へと叩きつけられた。
「お兄ちゃん!」
「イサリクン!」
「ご主人様!」
ダリアちゃんとスズランさん、そしてロッカの悲鳴が耳に飛び込んできて――徐々に遠ざかっていく。
……いや、違う。
ボクの意識が途切れつつあるのだ。
「ダメ……だ……」
ここで気を失うワケにはいかない……。それは敗北を、引いてはみんなの死を意味する。
「ボクには……果たさなければならない約束が山ほどあるんだ……!」
……そう、
――『イサリさま……負けないで』
ボクの勝利を信じ、願ってくれている仲間たちのためにも――絶対に負けられない!
「燃え盛れ――ボクの魂魄! 巨悪を射抜く流星のごとき破魔矢となれ!」
ふらつく足で立ち上がり気炎を吐くと、それに応えるように、左腕の双聖の神器に装填された神鳴の矢が膨れ上がっていく。
ところどころ蒼白い焔が混ざっていたそれが極限まで高熱化、完全かつ巨大な純白のプラズマの塊と化したのを確認し、
「――行っけぇぇぇぇぇぇぇっ!」
躊躇うことなく射出する!
放たれた流星のごとき雷球は進路上のモノすべてを蒸発・消滅させながら突き進み、狙い違わず『死の植物』の茎へと激突した。
……かに見えたが、
「くっ……」
激突の寸前で『死の植物』がすべての蔓を茎の前に集め、束ねたそれで雷球を受け止める!
雷球が蔓の障壁を削り、削られた部分が即座に再生するというイタチごっこが始まった。
「ダメか……!?」
そのときだった。
――キイイイイイイイ……ン……
戦闘機のエンジン音にも似た空気を切り裂く音とともに、遥か彼方、港の方角から蒼色の『何か』が飛来。ボクたちの頭上を一瞬で翔け抜ける。
「今のは……!?」
そしてその『何か』は、『死の植物』の蔓を相手に破壊と再生のイタチごっこを繰り広げていた雷球へと飛び込んだ。
「あれは片聖の神矢……!」
ロッカが驚きの声を上げると同時、雷球に変化が生じた。
純白の眩い閃光を放ったかと思うと、そのカタチを『ある生き物』の姿へと変えたのだ。
それは雄々しく羽搏く、一羽の大きな白鳥だった。
――コォオオオオオオオッ!
――ギャオオオオオオオッ!
雄叫びを上げる八尋白智鳥と、絶叫する生物兵器の激突。
軍配は前者に上がった。
白鳥は『死の植物』を周囲の大地ごと(文字通り根こそぎ)吹き飛ばすと、後方の亀裂、亜空間の内側へと叩き落とす!
「今だ! スーザン!」
『既に!』
頼もしい返事に夜空を見上げると、片聖の神矢とやらを視認すると同時にスーザンが『衝突の冬』で召喚したと思われる超巨大隕石が、この島めがけて落ちてくる様子が目に飛び込んできた。
そう。かつて『月棲獣』を屠った隕石の優に十倍――直径200mはあろう、灼熱と衝撃波を纏った圧倒的質量が。
轟音とともに迫るそれに、この島と、付近の海域の大気がビリビリビリ……と震える。
「ハナビ!」
次いで、これが初対面となる造物主サマの名前を叫ぶ(咄嗟のことだったので、つい呼び捨てにしてしまった)。
「…………………」
――双眸を眇めたハナビが、無言のまま指を再度パチンと鳴らし。
――同時に、『死の植物』が落ちた空間の亀裂が音もなく塞がり。
――そして、遥か上空で新たに出現した巨大な穴、おそらくは『死の植物』の真上に繋がっているのだろう亜空間への入り口が、轟音とともに夜空から降ってきた超巨大隕石を呑み込む。
「…………………」
三度、やはり無言のまま指を鳴らすハナビ。
超巨大隕石を呑み込んだ空間の穴が徐々に塞がっていく。
刹那、
――シャギャアアアアアアアッ!
これまでとは明らかに毛色が異なる――おそらくは断末魔の叫びだろう『死の植物』の絶叫と、
轟―――――!
全長80m近い怪物を容易く圧し潰した超巨大隕石が模造された富士山麓を跡形もなく吹き飛ばす恐ろしい爆音が、立て続けに耳を劈く。
「っ!」
そして。
衝突時に発生した、熱と激震と衝撃波と爆風……かつて地球で恐竜を始めとした数多の古生物を絶滅させた膨大なエネルギーがこの現実世界へ溢れ出すすんでのところで空間の穴は完全に塞がり、
「斃……した……?」
「お兄ちゃんが……勝った……!」
それを見たスズランさんとダリアちゃんが、瞳に涙を湛えて破顔する。
「やった……」
ボクもまた勝利を確信し、ホッと安堵の溜め息をつき――今度こそ精も根も尽き果てて、大地へ膝から頽れた。
視界が暗転する。
『変身』が解ける。
「イサリクン!?」
「お兄ちゃん!?」
「ご主人様!」
「………………!」
――ボクの意識は、そこで途切れた。
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