♯80 死を冠する植物と、新たなる姿で戦った(中編)
第80話。
※語り部は前半はアリシア、後半はスズランです。
「う……ん」
「! ルーナ!? 良かった、気が付いたのね!」
オンブしていたルーナが意識を取り戻したのは、私がツバキや男衆に続いて『トゥオネラ・ヨーツェン』に乗船した直後のことだった。
「アリシア……さん? ここは……?」
「『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板よ。たった今、撓艇でこの船に戻ってきたトコ。――憶えてる? アンタ、地震のせいで転んで頭をぶつけちゃってさ。ずーっと気を失ってたのよ?」
「気を失って……」
ルーナはまだ頭が働いていないのか、どこかぼうっとした様子で、目の焦点も合っていないように見えた。
……大丈夫だろうか。
「一度ちゃんとリオンさんに診てもらったほうがいいわね」
確かリオンさんは今にも破水しそうなヘレンさんとその旦那さんであるヨハネスさんに付き添って真っ先に乗船し、そのまま医務室へ向かったはずだ。「シャロン、あなたもお産を手伝いなさい!」と娘を強引に連れて行ったくらいだし、ルーナを診る余裕なんて無いだろうが、ダメ元で相談してみよう。
「そうと決まれば善は急げね」
というワケで。
「ナズナ! 島の住人は波止場に集まっているので全員じゃな!?」
「ええ! でも本当に全員を乗船させるの!? 明らかにこの船のキャパシティを超えていると思うのだけれど」
「旦那様の指示じゃ、構わん! とっとと乗船させろ! 時間が無い、この船の撓艇だけでなく港の漁船も使え! ――皆の衆! 出港準備じゃ!」
「「「「「応っ!」」」」」
甲板で指示を飛ばしているツバキや、合流したばかりのナズナさん、慌ただしく出港準備を始める男衆を横目に、私はルーナをオンブしたまま船内へ向かおうとする。
が。
――ギャオオオオオオオンッ!
「!」
遥か彼方から聞こえてきた遠雷にも似た恐ろしい咆哮に、思わず足を止めて振り返ってしまった。
「あれは……」
ここよりずっと遠く、濃い夜陰の中にぼうっと浮かび上がる、あまりに巨大かつ禍々しい異形……。
無数の触手(?)を持つ、山のように大きな花の化け物。
ちょっと前にイサリとカグヤ、そしてシャロンと一緒に不思議な荒涼の地で遭遇した『月棲獣』すら可愛く見えるその巨体、迫力に、私は思わず息を呑む。
「イサリはあんな怪物と戦ってるの……?」
よく見ると夜空から飛来した沢山の火の玉が怪物の全身を滅多打ちにし、その触手(?)や不気味な花弁を次々と引き千切っていた。
間違いない。
やはりイサリは今あの怪物と戦っているのだ。
しかも、明らかにあの怪物を怯ませている……!
「そう考えると、アイツの強さも中々に化け物じみているわよね……」
……ふと、気になった。
「……アイツと、噂の『<魔女>殺し』、どっちのほうが強いのかしら……」
私は独り言ちて、次いで「ふっ」と自嘲の笑みを浮かべる。
「馬鹿じゃないの、私」
イサリより強い奴なんてこの世に存在するはずがないじゃない……。
「そうよ。あの花の怪物だって、きっとイサリがすぐに片付けてくれるわ。ねっ、ルーナ、アンタもそう思うでしょ?」
「無理です……このままでは」
「――え?」
一瞬。
背中のルーナが何を言ったのか、私には理解できなかった。
と言うより、信じられなかった。
だって。
いつものルーナなら、間違いなく「もちろん! イサリさまは最強ですっ!」と自信たっぷりに返してきたはずだから……。
「る、ルーナ? どうしちゃったのよ?」
『恋は盲目』にも限度ってモンがあるでしょ……とツッコミたくなるほどイサリを妄信しているはずの幼女から返ってきた意外な言葉に、私は動揺を抑えきれなかった。
……なんとなく。
振り返って、ルーナと目を合わせることが出来なかった。
今、私がオンブしているルーナが、本当に私の知っているルーナと同一人物なのか自信が無かったから。
「――ここは『はいっ、もちろんです! イサリさまは宇宙一の朴念仁さんですけど、その強さも宇宙一ですから!』って返すトコでしょ?」
それとも、私は幻聴でも聞いたのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
「無理なんです……」
……残念ながら幻聴ではなかったようだ。
「ただやっつけるだけなら可能でしょうが……、イサリさまの傍には今スズランさんとダリアちゃんがいます……」
そう語るルーナの口調、声音は、まるで高熱に浮かされているみたいに弱々しく、たどたどしかった。
「あのサイズの敵をやっつけることが出来る高火力の攻撃を繰り出せば……間違いなくお二人を巻き込んでしまいます……。それに――わたくしたちも」
!
「そ、それじゃあどうしたら……」
「方法はひとつしかありません……亜空間である<神域>に敵を突き落としてから、必殺の一撃を見舞うんです……」
「<神域>って……あのロストワールドやトゥオネラみたいな?」
「はい。『月棲獣』との死闘では、イサリさまはわざわざ相手を<神域>から現実世界へ押し戻したのちトドメの超巨大隕石を見舞っていましたけども……、でもそれは当時のイサリさまが『亜空間にも現実世界の隕石を召喚できる』ということを知らなかったからでしょう」
え。
「ちょ、ちょっとルーナ?」
「――ですが、イサリさまはトゥオネラでの混沌からの侵略者との死闘で、クーリエさんが隕石を召喚するのを目にしています……。<神域>の管理者が望めば、亜空間の一部だけを解除して現実世界と繋げ、現実世界の隕石を召喚できることを知ったワケです……。今のイサリさまなら、『仲間を巻き込まないよう、敵を亜空間に突き落としてからトドメの超巨大隕石を見舞う』という発想も可能なはず……」
「だからっ、」
「問題はふたつ……。この方法を採るには、ここ、第三<神域>スターマインの管理者の協力が要ること……。そして、『月棲獣』を上回る巨体をどうやって亜空間に突き落とすか……」
「だから待ちなさいってば! アンタ、そんな知識いったいどこで――」
と。
私はそこで初めてルーナのほうへ振り向いて――そして、またもや息を呑んだ。
「あ、アンタ……。その髪……。なんで……?」
……ルーナの髪が。
……腰まで届く、美しい亜麻色に近い金髪が。
青瓊玉のように艶めく蒼い色へと変わっていた。
この髪、現象は……まるで―――………
「イサリさま……負けないで」
水色から、月の光を宿したような琥珀へと変わった瞳を閉じて、ルーナが囁くと同時。
ボッ、と火が灯るような音がして、私の目の前に蒼白い焔の塊が出現したかと思うと、それはたちまち収束してひとつのカタチ、実体を成す。
「これは……!」
それは箆と矢羽の部分に黄金色の金属彫刻が施された、美しい留紺の金属で出来た一本の破魔矢だった。
空中でふわふわと漂っていたそれは、ドン! と熄を爆発させて推進力にすると、「きゃっ」と驚く私の目の前から消える。
凄まじい勢いで、どこかへと飛んでゆく。
「アリシアさん!?」
「どうしたノ!?」
ルーナをオンブしたまま甲板に尻餅をつく私のもとへ、乗船したばかりのクロエとイリヤが駆け寄ってくる。
「あっ、クロエ、イリヤ! 大変なのよ!」
「大変?」
「何ガ?」
「見ればわかるでしょ!? ルーナが……!」
「ルーナさんがどうかしたのですか?」
「特に変わっタ様子はナイようだけれど。というか、まだ目を覚まさナイのネ。ちょっと心配になっテきたワ」
「……え?」
言われて振り向き、ルーナの様子を窺うと、彼女の髪は元の亜麻色に近い金髪に戻っていた。
そして目を閉じ、ぐったりしている。どうやら再び気を失ってしまったようだ。
いや、すーすー静かな寝息を立てているところを見るに、疲れて眠ってしまったのか。
「……アンタたち、今の見た?」
「見たって?」
「ダカラ何を?」
「ルーナの髪の色が変わったと思ったら、矢みたいなのが空中にいきなり出現して、そのままどこかへ飛んで行ってしまったのを」
「「………………。」」
……可哀相なものを見るような目で見られてしまった。
「ちょっ、ヤメてよその目!」
「アリシアさん……」
「アナタ疲れているノよ」
「ほ、本当なんだってば! さっきルーナの髪が蒼くなったのよ! 出逢った直後のマリナみたいに!」
「夜の闇と星明かりのせいで錯覚したんでしょう」
「こんなに真っ暗なンだもの。無理ナイわ」
……え、えー……。
「いやでも、ルーナってば、明らかに様子がおかしかったのよ。それに変なこと言い出すし」
「見たところルーナさんに目を覚ました気配はありませんが」
「可哀相に……幻覚だけじゃなく幻聴マデ」
「だからヤメなさいよその目! 腹立つわね! ホントに一度目を覚ましたんだってば! ――他のみんなは!? 誰もさっきのを見てないの!?」
私は周囲を見回す……が、甲板の上にいた人間はみんな出航や島民の受け入れの準備で忙しなく動き回っており、こちらへ注意を向けている者は誰一人としていなかった。
どうやら先程の異変に気付いた人間はいないようだ。
「ちょっとルーナ! 目を覚ましなさい! さっきの話、もう一回コイツらの前でしてやってよ!」
こうなったらもうこれしか手は無い! と私はオンブしたルーナを揺すって起こそうと試みるも、
「にへへ☆ ダメでしゅよぉイサリしゃまぁ……この先はわたくしがもっと大きくなってから……むにゃむにゃ」
「ヒトの背中でなんの夢を見てんだアンタはぁぁぁぁぁぁぁっ!」
…………うん。
なんか、このだらしなく緩んだ寝顔を見ていたら、二人の言うとおりさっきのはすべて幻だったんじゃないかって気がしてきたわ……。
☽
蒼から紅へ変化したイサリクンの戦装束、その左腕に装着された籠手。
弓のような三日月状の突起が展開したそれをイサリクンが前方へ水平に突き出すと、表面で燻っていた青白い熄がボッ! と燃え上がり、次いでバチバチと火花を散らし、眩い迅雷と化す。
そう――迅雷。
ときに厳霊や神鳴とも呼ばれるモノへと。
「――喰らえ」
イサリクンが囁いて、引き絞った弦から手を離すみたいに右手を横薙ぎにすると同時。籠手から、いくつもの雷弾が矢のように放たれる。
夜の闇を引き裂くように雷速で翔けたそれらは、全長80m近い花の化け物の蔓や花弁、そして茎の部分に命中すると、轟音ともに大きな風穴を開けた。
直後、夜空から降り注いだ火の玉の雨、隕石の槍衾が追い打ちをかける。
ギャオオオオオオオンッ!
花の化け物が悲鳴(あるいは怒声かもしれないが)を上げた。大気がビリビリと震え、地面を揺らす。
ギャオオオオオオオンッ!
再度咆哮を上げて、我が身の自由を奪っている紅い光の鎖を引き千切ろうと、残った蔓を振り回す花の化け物。
「ちっ。今のでも仕留められないとなると、やっぱ奥の手を使うしかないか。いや、でも……」
イサリクンは苦々しげに呟きながら振り向いて、ロッカちゃんに抱えられている私と、「お母さん……」と泣きじゃくり続けているダリアちゃんを順繰りに見、「さて……どうしたもんか」と眉間に皺を寄せる。
……もしかして。
「私たちがいるせいで、思い切った攻撃に出られないの?」
「勘が良いわね」
私が無意識のうちに紡いでいた推測を、再び敵に向き直ったイサリクンに代わってロッカちゃんが肯定してくれた。
「彼にはひとつだけ、確実にあの『死の植物』を仕留められる手段がある。でもそれはあまりに強力な一撃だから、この状況で使えば間違いなくあなたたちを巻き込むことになるわ。だからその手段を取れずに困っているのよ」
『死の植物』……。そういえばイサリクンもあの化け物をそう呼んでいたっけ。
「そんな……。じゃあ、どうしたらいいの?」
「正直どうしようもないわね……。私も元の姿を取り戻したばかりでまだ本調子じゃないし……。ハナビの協力を得られれば、また話は変わってくるのだけれど」
「ハナビ様の?」
「でも、それにはハナビをこの場に受肉・顕現させる必要がある……。そのためには『地球系統』というチカラが必要で、それを摂取可能な『桃仙郷の実』というモノをこのダリアってコに食べさせなければならないわ」
……え?
「『桃仙郷の実』?」
「そう。食べた者の病気や怪我を治すことが出来る不思議な果実なんだけど、生き物を成長させたり、傷付いた肉体を修復・再生させたりといったことも可能なの」
「それって……」
「そして神霊や魂魄などの実体の無い存在に肉体を与えることもね」
「実体の無い存在に肉体を……」
「だから、それをハナビの『核持ち』であるこのコに食べさせた上で、このコがハナビの受肉・顕現を望むか、あるいはハナビがこのコと『魂魄の婚姻』を結んで対等な立場となりハナビ自身の意志で受肉・顕現が可能になるかすれば――」
「よくわからないけれど……それって、桃にそっくりな実よね?」
イサリクンがヨハネスさんにあげていた……、ヨハネスさんのヒビが入った肋骨と挫いた左肘をたちまち治してくれた――
それに――
「ええ。そうよ。もしかしたら、あの『トゥオネラ・ヨーツェン』とかいう船にまだ在庫があるかもしれないわ。ただ、それを取りに行っている時間が――」
「それならダリアちゃんも摂取済みよ? 食べて、じゃなく飲んで、だけど」
「…………は?」
……ロッカちゃんでもこんな間の抜けた顔をすることがあるのね。
「だから。昼間、命に係わるほどの高熱を出して魘されていたダリアちゃんを見かねたイサリクンが『桃仙郷の実』をくれたの。ダリアちゃんは『桃仙郷の実』を擦り潰してジュースにしたモノを飲んでいるのよ」
「なっ……」
鯉みたいに口をパクパクさせていたロッカちゃんは、やおら私をキッと睨むと、
「――なんでそれをさっさと言わないのよ!?」
と理不尽な怒りをぶつけてきた。
「え……ええっ!? そ、そんなこと言われても、」
ロッカちゃんは抗議する私をポイッと投げ捨て(ヒドイ!)、反対側の脇に抱えていたダリアちゃんを地面に下ろすと、少しだけ屈んでダリアちゃんと目線と高さを合わせて告げる。
「聞きなさい、ダリア」
ダリアちゃんの両肩に手を置き。
涙を湛えた円らな瞳を真っ直ぐ見つめて。
「――あんな女でも、あなたにとっては紛れもない母親だったんだもの。喪って悲しいのはわかるわ。……でもね。今、あなたが泣き止み、頑張らないと、母親だけでなく他のみんなもここで死んでしまうことになるの」
「みんな……も……?」
ひっく、えっぐ……としゃくりあげつつ、オウム返しするダリアちゃん。
「待って! お母さんを喪ったばかりの幼い女の子に何をさせるつもり!?」
「アンタは黙ってなさい、スズラン」
私はロッカちゃんを制止しようとするも、ジロリと睨まれて怯んでしまった。
「そうよ、ダリア」ロッカちゃんは再びダリアちゃんへ向き直り、「このままじゃみんな死んでしまうわ。そこにいるスズランも。他の島民たちも。そして――」
「……そして?」
「あなたやみんなを護るため戦ってくれている……この先ずっとずっとあなたと一緒にいてくれる、あなたの新しい『家族』のイサリお兄ちゃんもね」
「新しい『家族』……。この先ずっとずっと一緒に……」
涙を湛えたダリアちゃんの瞳が、『死の植物』へ追撃を放つイサリクンの背中を見つめる。
じっ……と。
「彼がさっき言ってくれたでしょう? 『一緒に行こう、一緒に生きよう』って。決してあなたに淋しい思いはさせない、これからのあなたの人生に楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してくれるって」
――『一緒に行こう……一緒に生きよう、ダリアちゃん。ボクたちの帆船に乗っている限り、決してキミに淋しい思いはさせない。これからのキミの人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげる。ボクと、スズランさんと、ナズナさんと、そしてみんなで、必ずキミをその孤独から救ってみせるから』
確かに……イサリクンはそう言った。
「…………一緒に…………」
ダリアちゃんの赤みがかった瞳に、少しだけ……けれど確かに、希望の光が灯る。
……そうよ、ダリアちゃん。
あなたは決して独りじゃないわ。
もう、お母さんはいないけれど。
それは、とても悲しいことだけど。
でも、今のあなたにはイサリクンがいる。
私にも――
「だから……どうか彼を助けてあげて。あなたなら彼を助けられる……ううん、あなたにしか助けられないの。……今の私じゃダメなのよ」
……そう告げるロッカちゃんの横顔は。
どこか歯痒そうで――そして口惜しそうに見えた。
無力な自分を呪っているようにも見えた。
「……ダリアは何をしたらいいの?」
目尻に涙を湛えたままダリアちゃんが訊ねる。必死に嗚咽を堪えながら。
「難しいことじゃないわ。目を閉じて。胸元に手を当てて。そして神様に祈るの」
「神様に祈る……? 神様ってハナビ様?」
「そうよ。ハナビ様に祈って。『どうか、おいでください。そして力をお貸しください』って。――その祈りこそが、」
――その祈りこそが、あなたの魂魄に充填されたばかりの「地球系統」を活性化させ、ハナビに新たな肉体を与えてくれるはず。
ロッカちゃんは、そう言った。
その言葉の意味は私にはよくわからなかったし、それはダリアちゃんも同じだろうけれど、
「……わかった。ダリア、やってみる」
ダリアちゃんは頷く。
意を決したように。
まだ十一歳とは思えないほど気丈に。気高く。
「ダリア、もう誰にも死んでほしくない」
――このコはやはり、生まれついての『聖女』だった。
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