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最後の地球人♂、仙女や魔女と月の海を航る ~ルナマリアノーツ~  作者: 和泉 健星
4章 散る命、咲く命 ―偽りの楽園―
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♯83 新たな仲間たちと、幸せな未来を願った

第83話。4章エピローグその2です。4章は次話がラストになります。





「う……」


 目を開けると、すっかり見慣れた光景が視界いっぱいに飛び込んできた。


『エル・ドラードの実』が放つぼんやりとした灯りに照らされた木目の天井――。


 間違いない。ここは『トゥオネラ・ヨーツェン』の船長室だ。

 どうやらボクは自分の部屋の寝台ボンクに寝かされていたらしい。


「なんで……?」


 えっと……、確かボクはミモザさんが操る異形どもと戦っていて……。途中で、全長が80mはあろうかという大怪獣――『死の植物』とやらが現れて……。新たな兵装・バージョン<メテオストライカー>の発現や受肉・顕現を果たしたハナビの協力もあって、どうにかこうにか『死の植物』を亜空間に叩き落すことに成功して……。


「『衝突の冬インパクト・ウインター』のチカラで召喚した超巨大隕石で、なんとか『死の植物』をたおすことに成功した……よな?」


 憶えているのはそこまでだ。どうやら勝利を確信したその瞬間、安堵により気を失ってしまったらしい。


「誰がボクをここまで運んでくれたんだ? あれからどれくらい経った?」


 こころなしか懐かしい夢を見た気もするけれど……どんな夢だったか全く思い出せない。


「みんなは……?」


 寝台ボンクの上で身を起こし、仲間たちの姿を探すが、室内には見当たらない。いつもボクにべったりなルーナの姿すら。


 揺れはほとんど感じないから、この船はまだ出航していない――現在いまも『ビュルグ』の沖合に停泊中と思われるが……。


「みんなは無事なのか?」


 ふらつきながらも寝台ボンクを出、とりあえず甲板デッキに行ってみようと出入口の扉を開ける。


 と、ちょうどそこで、


「イサリさまっ! 良かった、気が付かれたのですね!」


 水を張ったたらい手拭てぬぐいを手にしたルーナに鉢合わせした。


 ルーナはボクを見て顔を輝かせると、いで瞳から涙をポロポロ零し、手にした盥をポイッと放り出して(ああっ、通路が水浸しにっ!)抱き着いてくる。


「心配……っ、いっぱい心配したんですよ……! 全然目を覚ましてくださらなかったから……! もう朝どころかお昼になっちゃいましたよっ」

「そう言うルーナこそ、最後に会ったとき気を失ってたけど大丈夫なの? どこか痛いトコとかない?」

「わたくしのことはどうでもいいんです!」

「いやよくないよ!?」


 ボクにとっては重要事項だ。

 それこそボク自身のことなんかよりもよっぽど。


「イサリさまってば、一度は目を覚ましてくださったのに、赤ちゃんが息を吹き返した途端また気を失ってしまうんですもん」

「赤ちゃんが息を吹き返した途端……?」



 なんの話……?






              ☽






「――てなワケでねっ、ほんの一時いっとき意識を取り戻した旦那様の心臓マッサージならぬ魂魄タマシイマッサージのお陰で、ヨハネスさんとヘレンさんのお子さんは見事息を吹き返したのよっ!」

「はあ」


 リオンさんの説明に、ボクはつい気の抜けた相槌あいづちを打ってしまう。


 ルーナの説明がイマイチ要領を得なかったので、ボクはそのまま甲板デッキに上がり、リオンさんとシャロンを捕まえて、より詳細な説明を求めたのだけれど……。


 ぶっちゃけ、リオンさんの説明を聞いても全くピンと来なかった。


「本当の話ですか、それ。全然記憶に無いんですが」

「ホントだってばっ!」

「あ、あの、お母さんが言っていることはすべて本当です。あのときの船長さん、とっても格好良かったですよ(ぽっ)」

「ボクが格好良かったという時点で眉唾なんだよなぁ」

「な、なんでですかぁ! もっと自分に自信を持ちましょうよぅ」


 まさか「ヒトの目を見て話すのが苦手」という理由で前髪を伸ばしているメカクレ女子(シャロン)に「もっと自信を持て」と説教される羽目になるとは……。


「そうですよ、船長」


 と、横から口を挟んできたのはクロエだ。


「わたしはその場に居合わせたワケではありませんが、艇長コクスンさんから聞いた話が本当なら、そのときの船長が気障キザったらしか……格好良かったのは事実かと」

「今『気障ったらしかった』って言おうとしたろ!?」

「だって。吃驚びっくりするくらいクサいセリフを吐かれたらしいじゃないですか。『命よ、今こそ咲き誇れ』とかなんとか」

「嘘だぁぁぁぁぁぁぁっ! ボクに限ってそんな漫画の主人公みたいなクサいセリフを吐くワケがない!」

「えー。旦那様はワリと普段からクサ……格好良いセリフをポンポン口にしてると思うけどっ、ねっ、シャロン!」

「う、うん。『燃え盛れ――ボクの魂魄タマシイ!』とか」


 ……わかった、この話はやめよう。ハイ!! やめやめ。


「話は変わりますが、」


 旗色が悪くなってきたボクは話をらすため、クロエの後ろに控えていた偉丈夫いじょうぶに訊ねる。


「怪我の具合は如何いかがですか、ロウガさん」


 ボクの問いに、ミモザさんが操る『深きものども』の融合体との戦いで負傷したらしいロウガさんは包帯が巻かれた右上半身を見下ろし、


「リオン殿の見立てでは、おそらくアバラと右腕の尺骨しゃっこつにヒビが入っているとのことだが、それくらいならすぐにまた剣を振るえるようになるだろう」


 こともなげにそう答えた。


「ヒビですか」


『桃仙郷の実』があれば良かったんだけどなぁ……。ヨハネスさんとダリアちゃんにあげちゃったから、手持ちがもう無いんだよね……。


「面目ない。『多少は腕が立つつもりだから荒事になった場合はそこそこ役に立つはずだ』と豪語しておきながら、このザマだ」


 いやいや。


「相手は『深きものども』のマウソニアタイプ……融合体だったんでしょ? 仕方ないですよ。ボクだって『変身』せずにアレを斃すのは無理ですもん」

「いや。『娘と船長殿のために生きて、死ぬ』と宣言した手前、生き恥を晒すような真似は出来ん。精進せねば」

「……でーすーかーらー。そういうセリフは、いずれは地球へ帰還し、いなくなってしまう期間限定の兄貴分なんかじゃなく、いつか現れるであろうクロエの想い人に言ってあげてくださいってば。……って、あ痛っ!? 何するのさクロエ!」


 この眼鏡っ、今ボクの脛をおもいっきり蹴ってきたんだけど!

 しかもボクが睨んだら、プイッとそっぽを向きやがったんだけど!


 なんで!? ボク、このコの不興を買うようなこと何か言った!?

 てか、以前まえもあった気がするぞ、このやりとり!


 ……と。そのときだった。



「――なるほど。既に()()がいたか」



「あ。ヨハネスさん」


 割り込んできた声に振り返ると、そこには軽薄そうな笑みを浮かべたイケオジ、ヨハネスさんがいた。


「イサリ船長。あの金髪のお嬢さんから、おまえさんが目を覚ましたと聞いてね。ずっと捜してたんだ」


 金髪のお嬢さん? ……ああ、ルーナか。

 そういやあのコ、あのあと「イサリさまが目を覚まされたこと、皆さんにご報告しなきゃ!」ってどこかへすっ飛んでいったっけ……。


「ボクに何か御用ですか?」

「おまえさんにちゃんと礼を言っておこうと思ってね」

「礼? ひょっとしてお子さんの件で、ですか?」

「そうだ」


 ヨハネスさんは笑みを消し、コクリと頷く。


「――おまえさんのお陰で、俺とヘレンは生まれたばかりの娘をうしなわずに済んだ。感謝してもしきれない」

「あー……そのことなんですけど、実は全く記憶に無いんですよね、ボク」

「……そうなのか」

「ええ。ですから、お礼は不要ですよ」

「そうはいかない。たとえおまえさんが憶えていなくても、俺たちがおまえさんに救われたことは揺るがぬ事実だ」


 ヨハネスさんはそう言うと、心臓の位置に右手の握り拳を当て、ボクの目の前で片膝をついてかしこまる。


 え、何してんのこのヒト!?


「俺の命、剣を、イサリ船長――おまえさんに捧げる」

「えっ!?」

「リオン殿に聞いたよ。おまえさんはこれまで、誰かを救うため何度も邪悪に立ち向かってきたと。この先もそうしていくに違いないと。――そう、俺たちを救ってくれたようにな」

「ちょ、ちょっとぉ! 何あること無いこと言い触らしてくれてるんですか、リオンさん!」

「何よっ、全部あることでしょ!」

「微力ではあるが、これからは俺がおまえさんの力、剣になろう。俺におまえさんの露払い役を務めさせてほしい」

「いや、待っ、」

「俺は今日から、家族とおまえさんのために生きると誓う。家族かおまえさんのために死ぬそのときまで」


 …………あーもうっ!


「ロウガさんといいヨハネスさんといい、なんで考えることがそう極端なんですか! 娘を助けてもらったからって、そこまで恩を感じる必要はありませんて!」


 頭を抱えて甲板デッキにしゃがみ込むボクの肩に、ロウガさんが左手をポンと置く。


「船長殿。そう重く受け止めなくていい」

「無理言わないでくださいよ! 人生の先輩たちにこんな宣言をされて『あ、そう? そんじゃよろしく~』と受け入れられるほど図太い神経してないんですよ、ボクは!」

「だから気にすることはない。ヨハネス殿はどうか知らんが、俺の場合、恩を返すことだけが動機ではないのだ。船長殿のために剣を振るう理由は他にもあるのだよ」

「他にも?」


 どんな?


「一言で言えば、クロエのためだ」

「クロエのため? ……ああ。兄貴分のボクに万が一のことがあったら、クロエが悲しむから?」


 ……悲しんでくれるよね?(汗)


「そうだ。孫の顔を見るためにも、船長殿に死なれるワケにはいかん」


 どっから生えてきた、孫の話。


「ま。そういうワケだ」


 ヨハネスさんは立ち上がり、ニヤリと笑って頷く。


「――ちなみに俺も娘がそれを望んだときは反対する気は無いぜ、イサリ船長。『ヤポネシア』の辺りじゃ親子ほども年齢としの離れた夫婦なんて珍しくもなんともないらしいからな。まあ、まだまだ先のことだが」


 だからなんの話……?


「旦那様? まずはシャロンで、その次に私だからねっ? 順番は守らなくちゃダメよっ! あと、アデリーナさんとサシャちゃんのことも忘れないであげて!」

「お、お母しゃん!? ドサクサにまぎれて何言ってるの!?」


 あーもうメチャクチャだよ!


「そういえば、」


 と、そこでクロエがヨハネスさんに訊ねた。


「――娘さんの名前はもう決められたんですか?」

「ああ」


 ヨハネスさんは頷き、


「妻が『デイジー』と名付けた」

「……デイジー」


 ボクの脳裏を、<神の財産目録保存者ホワイトデイジー・ベル>ロッカと<神の財産目録削除者ブラックデイジー・ベル>ハナビの顔がよぎる。


 ……そういえばどこ行ったんだろ、あの二柱ふたり。ルーナの話によれば、ボクが艇長コクスンのオッサンにかつがれてこの船に戻ってきたときには、もう二柱ふたりの姿は無かったそうだけど……。


「なんでよりにもよってその名前に」

「何か問題でもあったか? 妻が一番好きな花の名前らしいんだが」

「……いえ、」


 そう言われたらボクとしてはもう何も言えないです。


「――良いと思いますよ、デイジー。雛菊。長命菊。延命菊。いろいろな異名を持つとっても綺麗な花ですし。花言葉は確か『平和』と『希望』、それに『純潔』と『美人』だったかな?」


 ボクが蘊蓄うんちくを披露すると、クロエが目をみはり、


「思ったより博識なんですね」


 と褒めてくれた(そこはかとなく馬鹿にされた気もするが)。


「ボクの叔母さん、ガーデニングが趣味でね。デイジーも育ててたんだ。で、昔いろいろと手伝わされたことがあってさ。そのとき教えてもらったんだよ」


 ちなみにナズナの花言葉は確か『あなたに私のすべてを捧げます』。スズランの花言葉は『再び幸せが訪れる』。赤いダリアの花言葉は『華麗』だったはずだ。


 ……アズサ? アズサは花じゃなくて木だから花言葉は無いらしいよ。


 なおツバキ(椿? 海石榴?)は『気取らない優美さ』とか『謙虚な美徳』とか『控えめな愛』とか『慎み深い』とか花言葉がいろいろあったはずだけれど……。


 気取らない……? 謙虚……? 控えめ……? 慎み深い……?


「なんじゃ旦那様。何か言いたそうな顔じゃが」


 少し離れたところで主計長パーサーのオッサンや司厨長コック髭面ひげづらさんと今後のことについて打ち合わせをしていたツバキが、こちらの視線に気付いてジロリとめつけてくる。


「なんでもないです」


 慌てて目を逸らし、ヨハネスさんのほうへ向き直るボク。


「美形なヨハネスさんと美女なヘレンさんのお子さんですからね。きっと娘さんも花言葉のとおり美人さんになりますよ」


 お世辞抜きにそう思う。


「まあな。――それで、だ。参考までに訊いておきたいことがあるんだが」

「訊いておきたいこと? なんです?」

「おまえさん、ルーナのお嬢さんやカグヤのお嬢さんみたいな『自分に甘えてくれる、保護欲をくすぐられる可愛い女の子』がタイプなのか? それともツバキのお嬢さんやイリヤのお嬢さんみたいな『自分を甘やかしてくれる、母性溢れる綺麗な女性』がタイプなのか? 結局のところ、どっちなんだ?」

「なんでこのタイミングでそんな質問を!?」

「いやなに、これからの娘の教育方針に関わることなのでね」


 それこそなんで!?

 ツッコミたい……! けど、ヤメておこう。藪蛇になりそうだ……なんとなく。


「ボクもヨハネスさんに訊きたいことがあるんですが」

「なんだい?」

「さっき、命と剣をボクに捧げるとかなんとかおっしゃってましたけど」

「ああ」

「もしかして、ボクたちに付いてくるつもりですか? この島に残らずに」

「付いていくのは俺たち一家だけじゃないぜ? 生き残ったこの島の住人全員だ」



 …………え?






              ☽






「あのあとスズランちゃんと話し合ってね。『この島はハナビ様が張ってくれた邪悪な存在を阻む結界で覆われている』という私たちの解釈が間違っていたことがわかった以上、ここに住み続けるのは危険だという結論になったの。せっかくここまで開拓したのに勿体もったいないという気持ちは、もちろんあるんだけどね」


 ヨハネスさんやロウガさんとのやりとりから四半刻ののち


 艇長コクスンのオッサンに撓艇ボートを出してもらい、ルーナ、カグヤ、マリナの三人を伴って再び上陸した『ビュルグ』の港で、ボクはナズナさんとスズランさんの美人姉妹から話を聞いていた。


「だから生き残った島民全員で、ボクたちの本拠地ホーム――<小地球樹エリダーン>に移住することにした、と?」

「ええ」


 ボクの言葉に頷いたのはスズランさんだ。


「――カグヤちゃんとマリナさんの了承は貰ってあるし、その際<小地球樹エリダーン>がる『トゥオネラ』が本当はどういうところなのか説明もされたわ。で、それを私たちから島のみんなに伝えて、理解を得たの」


 ってことは、この二人はもちろん他の島民も移住先の<小地球樹エリダーン>が<神域>と呼ばれる亜空間に在ることはもう知っているワケか……。


「異を唱えるヒトはいなかったんですか? そんな胡散うさん臭い場所に移住することに対して」


 イヤがるヒトもいそうなものだけれど。


「難色を示すヒトもそれなりにいたけれど、最終的には納得してくれたわ」

「よく納得してくれましたね」

「遠巻きにとはいえ、あの全長80mはあろうかという花の化け物を、みんなも目の当たりにしてるし。それに、中には『深きものども』に襲われた者もいるから。『またいつあんなことが起こるかわからない場所に住み続けたいのか?』って訊かれたら、そりゃあみんな『それはイヤ』って答えるわよ。……結界に関する私たちの解釈が間違っていたことは、いの一番に伝えたし」

「なるほど」

「ミモザ様の『この島よりも安全な場所を用意したというハナビ様の二度目のお告げがあった』という話が偽りだったこともね」

「…………………」

「何より、移住先はハナビ様のお仲間である神様が治める地というのが大きかったわね」


 まあ、その造物主カミサマは現在いま、この身に宿ってるんですけどね……。

 カグヤとマリナしか知らない事実ことだけど……。


「確か、生き残った島民の大半は例のバーケンチンの乗組員クルーとその家族で、なんだかんだで百人近くいるんですよね?」


「ええ」「そうね」ボクの問いに、同時に頷くナズナさんとスズランさん。


「『トゥオネラ・ヨーツェン』の収容可能人数を考えると、全員を一回で運ぶのは無理があるな……」

「心配要らないよ、だんなさま」


 と、そこでカグヤが口を挟んできた。

 マリナも頷いて、


「半分はバーケンチンで運んで頂きますから」


 あ。そうか。


「バーケンチンを使うって手があったか」


 なんで気付かなかったんだろ。


「だんなさまは相変わらず変なトコで抜けてるね」

「抜けてるイサリさんも素敵ですよ? ねっ、ルーナ」

「はい! イサリさまは抜けてても格好良いです☆」


 カグヤはちょっと黙ってようか。

 あとマリナにルーナ……。基本ボクに関することは全肯定なキミたちも、ボクが抜けていること自体は否定してくれないんだね……。


 でも、なるほど。それでさっきからバーケンチンの乗組員クルーたちが、沖合に停泊中の自船ふね撓艇ボートで食料やら家財道具やらを積み込んでるんだ。


「……で、あっちのヒトたちは何をしているんです?」


 そう言ってボクが指さした先、波止場の片隅では、生き残った島民の大半が集まり、どこからか摘んできた花を海へ放り投げていた。


 陽光を反射して輝く海面を揺蕩たゆたう、無数の、色とりどりな花――。


「……あれは手向たむけの花よ」とナズナさん。

「手向け?」

「そう。今回の件で散っていった仲間たちへの」とスズランさん。


 ……ああ。


「出来れば一人一人にちゃんとお墓を作って亡骸なきがらを弔ってあげたかったけど、そんな時間は無いし……」

「それに『深きものども』に変えられてしまったヒトたちは、遺灰すら残さずに逝ってしまったから……」


 ボクの浄化のほのおかれて……か。


「すみません」

「! 船長クンは悪くないわ! 悪いのは……その……ミモザ様だもの……」

「…………それは」

「ナズナ姉さん? 念のため釘を刺しておくけれど、事実とはいえ、それをダリアちゃんの前で言ってはダメよ?」

「わかってるわ、スズランちゃん。私もそこまで馬鹿じゃない。聖女様にはなんの罪も無いものね」


 ……そういえば。


「ダリアちゃんは今どこに?」


 ボクのその質問に。


 ナズナさんとスズランさんは、沈痛な面持ちでうつむいたのだった……。






              ☽






 ボクが異形どもを相手に死闘を繰り広げた礼拝所前の広場、その片隅。

 真っ赤な血の花が咲いた跡だけが残る場所。


 ダリアちゃんはそこにいた。


 護衛役のアリシアとイリヤとともに。


「あっ……」

「センチョウ……」


 倒壊した建物のそば、二本の木の棒をロープで組み合わせただけの簡素な墓の前でしゃがみ、微動だにしない小さな背中を痛ましげに見つめていた二人は、美人姉妹とともにやってきたボクに気付いて振り返ると、双眸に浮かんだ涙をゴシゴシと拭う。


「…………………」


 訊くまでもない。

 一目でダリアちゃんの手作りとわかるこの簡素な墓が、誰の墓であるかは。


 ……あんなことがあっても。

 ……どれだけ酷い言葉をぶつけられても。

 やはり、ダリアちゃんにとってお母さんは今でもお母さんなのだ……。




 ――『アンタなんか産むんじゃなかった』


――『ゴメンね……丈夫に産んであげられなくて。今日まで、ちゃんと向き合ってあげられなくて……』




 ……ボクにとって、母さんが今でも母さんであるように。


「ダリアちゃん」


 意を決し、ボクは小さな背中へと声を掛ける。


「……ごめんなさい」


 振り返ることなく紡がれた返事は、謝罪だった。


「――悪いのはダリアのお母さんなのに……、お母さんのせいで死んじゃったヒトたちのお墓は無いのに……、お母さんのお墓だけ作ってあげちゃってごめんなさい」


 っ。


「謝る必要は無いよ、ダリアちゃん」


 背後でナズナさんとスズランさんが息を呑む音を聞きながら、ボクは告げる。


「――キミは何も悪くないんだから」

「……でも、」

「ロッカ……銀髪のお姉ちゃんが言ってただろう? キミのお母さんにはね、『良くないモノ』がいてたんだ」

「良くないモノ……」

「そう。だから……だからね、キミのお母さんがキミに吐いた暴言はすべて『それ』が言わせたモノに違いない。キミのお母さんがやったことも、全部『それ』の影響なんだよ。キミのお母さんも被害者だったに違いないんだ。……きっと、ね」

「そう……なのかなぁ」


 ――本当のところはわからない。


 島のヒトたちの気持ちを思えば、こんなこと、彼らの前では口が裂けても言えない。


 でも、このコにだって少しくらい希望があってもいいと思う。

 このコにも救いがあってしかるべきだ。


 だって……、ダリアちゃんにとってミモザさんは聖女としての立ち居振る舞いを強要してくる厳しいお母さんだったみたいだけれど、あんな暴言を吐かれたことはこれまで無かったはずなんだから……。

 ダリアちゃんがミモザさんをお母さんと慕い、その暴言に動揺し傷付くくらいには、ちゃんとお母さんだったはずなんだから。


 可能性はゼロではないはずだ。

 そう思いたい。


「証明する手段は無いけれど。でも、ボクはそう思うよ。キミのお母さんは元々、キミのことをちゃんと愛していたはずだって」


 たとえ他のヒトたちがみんな――そしてダリアちゃんが「そうは思えない」と否定したとしても。


 末期まつごに、ミモザさんがダリアちゃんを見て流した涙は、あのヒトが最期の最後に本当の自分を取り戻せた証だと。

 傷付けてしまった我が子への申し訳ないという思い、自責の念が流させたモノだと。

 そう、信じてる。


 それが希望的観測、都合の良い考えに過ぎないことは、自分でもわかっているけれど……。


「だから……、ボクも、ミモザさんとちゃんと約束しておかないとね」

「約束?」


 隣にしゃがんだボクを、ダリアちゃんは涙をたたえた瞳で見上げてくる。


「うん。『あなたの大事な娘さんはボクがお預かりします』『ちゃんと幸せにしてみせます』って」

「えっ……」


 このコの哀しみ、絶望が少しでも早く癒えるよう。

 なるべく孤独を感じずに済むように。


 ボクと――そしてボクの仲間たちとで。


 このコに沢山の愛情を注いで、楽しい想い出や嬉しい想い出をいっぱい作ってあげて。

 このコを、幸せにしてあげよう。


「ホント……? ホントにお兄ちゃんがダリアを幸せにしてくれるの?」


 ダリアちゃんがこちらをじっ……と見つめ、恐る恐るといった口調でただしてくる。

 ()()()()()()()()()()()()を上げて。瞳を潤ませて。


「うん、約束するよ」


 いつか必ずキミに「辛いこともあったけど、今は幸せだ」って言わせてみせる。

「幸せにしてくれてありがとう」って言わせてみせるよ。


 ボクと、そしてみんなで。


「もう一度言うよ、ダリアちゃん。一緒に行こう……一緒に生きよう。ボクたちの帆船ふねに乗っている限り、決してキミに淋しい思いはさせない。これからのキミの人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげる。ボクと、スズランさんと、ナズナさんと、そしてみんなで、必ずキミをその孤独ゼツボウから救ってみせる」


 だから、


「キミは独りぼっちじゃない。それだけは忘れないで。()()()


 えて、彼女を呼び捨てにする。


 お兄ちゃんが、妹にそうするように。


「っ。ありがとう……お兄ちゃん」


 ぎこちなくはあったが、ダリアちゃん……いな、ダリアはそこでようやく笑うと、ボクの胸に顔をうずめるようにぎゅっとしがみついてきた。


「「「「あーあ……」」」」


 ……って、なんでナズナさんとスズランさん、それにアリシアとイリヤは頭を抱えてるの?


「知らないわよ、船長クン」

「姉さんに同じく」

「アンタって奴はぁぁぁぁぁぁぁ! ひょっとして狙ってんの!?」

「そうじゃナイだけに余計タチが悪いのよネ、この子は」


 何が!?

 え、ボク、何かみんなの顰蹙ひんしゅくを買うようなことした!?


「ねえイサリクン、」


 ボクが困惑していると、スズランさんが隣にしゃがんで上目遣いで見つめてきた。


「あなたが幸せにしたいのはダリアちゃんだけ? 私とナズナ姉さんのことは考えてくれるつもりはないの? 私たちも今回のことでは胸を痛めているのだけれど」

「ちょ、ちょっとスズランちゃん!?」


 何故か赤面し、ワタワタと慌てふためくナズナさん。


「安心してください。ちゃんとお二人のことも真剣に考えてますよ」

「「っ(赤面)」」


 この才色兼備なお姉さんたちにはいろいろお世話になったしな……。

 二人が<小地球樹エリダーン>に移住したことを後悔せずに済むように――「あのときの選択は間違っていなかった、ここに移住したからこそこうして幸せに暮らせてるんだ」と思えるように、出来る限りのことはするつもりだ。

 まずは彼女たち移住組と、アデリーナさんたち先住組が上手く融和できるよう、仲人なこうどとしての役目を立派に果たさなければ……。


 責任重大だなぁ。


「お二人が幸せになれるよう、ボクが責任を持って――ぐえっ」


 言い切る前に、アリシアとイリヤに首根っこを掴まれ、ガクンガクン前後に揺すられた。


「だーかーらっ! なんでアンタは! 一々! そーゆー誤解を招く言いかたをするのよ!?」

「いい加減にしなサイ、イサリ! そのうちホントに誰かに刺されちゃうワよ!?」

「ぐえぇぇぇぇぇぇぇっ! ちょっ、首っ! 首を絞めないで! 死んじゃう! 死んじゃうってばー!」


 先程までのしんみりした空気はどこへやら。


 いつものドタバタを繰り広げるボクの服、右のすそをダリアが、そして左の裾をスズランさんナズナさんが、クイクイと引っ張ってくる。


「な、何!? 今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだけど!」


 問い掛けるボクに、


「お兄ちゃん」

「船長クン」

「イサリクン」


 母親を喪ってなお、前を向こうとしている強い聖女様と、母親を喪っても強く、優しく生きてきた美人姉妹は、異口同音に告げた。


 花のような笑顔で。


「「「不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします☆」」」


「……何、改まって」


 それじゃあまるで嫁入りの挨拶みたいじゃん……。


 ボクの質問には答えず、花の名前を持つ三人は頬に紅葉もみじを散らし、はにかんで言う。


「「「幸せにしてね?」」」




 ……その艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えたくましく生きようとする者たちの、目尻に涙をたたえたままの笑顔を見て、ボクは強く思う。


 祈る。


 夜空を流れる星に願うように。



「どうか()()()()()()()()()()では、幸せになれた彼女たちが、一点の曇りも無い笑顔の花を咲かせていますように」と。



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