何でもない日の朝を特別な朝に~中編
クリーム色の壁にお菓子のドアが並ぶ廊下を歩く。その中で、一つだけ違うドアがあった。白い木と水色のタイルで装飾された普通のドア。
「こちらです」
シン様が声とともにドアを開ける。その先には、庭に突き出したガラス張りの部屋があった。
「綺麗……」
爽やかな水色の壁を基調に、上部が半円形の大きな窓と白い柱が並ぶ八角形の部屋。窓の下には部屋を囲むように白色のマットが並び、中央には丸いテーブルと椅子がある。
その光景にオンル様が呟いた。
「見たことがない家具ですね。窓の下にあるマットはソファーの代わりですか?」
「えぇ。あのような形のソファーもあるそうです。私は彼女に言われるまま造っただけで詳しくはありませんから。では、失礼します」
シン様が素っ気なく退室する。
一方でオンル様は木枠のないソファーに近づくと顎に手を当てて覗き込んだ。
「珍しいデザインですね。このようなソファーは初めて見ました。壁や窓も初めて見るデザインですし……」
「へぇ、おまえが知らないって珍しいな」
バーク様も物珍しそうに窓へ近づいて観察している。
「はい。ツカサ嬢はかなり広い知識をお持ちのようですね」
人族なのに強い魔力を持つツカサ様。私と同じ人族なのに、どことなく雰囲気も違うような気がする。
(そういえば、ツカサ様のどちらの国の出身なのでしょう? 私の国では黒髪、黒瞳の方は珍しいですし遠方でしょうか?)
そんなことを考えていると、ケーキとティーセットをのせたトレイを持ったツカサ様が部屋に入ってきた。
「あ、適当に座ってちょうだい。窓際のソファーで食べるなら、別のテーブルを出すよ」
「いや、そのテーブルで大丈夫だ」
バーク様が窓際から中央へやってくる。
「手伝います」
慌てて駆け寄った私に黒い瞳が微笑んだ。
「ありがとう。もう少しでお店を閉められると思うから、ゆっくり食べて待ってて」
「ありがとうございます」
私がケーキとティーセットを受け取ると、ツカサ様は忙しそうにサロンから出て行った。
ポットから紅茶の芳醇な香りが漂う。
「良い匂いですね」
「そうだな。とりあえず座るか」
「はい」
私とバーク様は建物の構造の分析に集中しているオンル様を放置して、椅子に座った。
それから、カップに紅茶を注いでケーキを並べる。
見たことがあるケーキから初めて見るケーキまで。というか、初めて見るケーキの方が多くて味の想像ができない。
「どれから食べるか迷いますね」
「気になるケーキから食べていくか」
「そうですね」
こうしてケーキを食べ始めた私たち。
「んぅー、どれも美味しいです!」
一口食べる度に漏れる感嘆の声。
どれもこれも美味しくて口の中が幸せで一杯に。
「初めて食べる味もあるが、どれも旨いな」
「はい。あ、バーク様、見てください。このケーキには栗が丸々一個入ってますよ」
小さな山のような形のケーキ。
上には細い茶色の麺のようなモノがかかっており、一見するとケーキには見えない上に、フォークで二つに割ると、中から栗が丸々一個、顔を出した。
その周りには生クリームがあり、下には薄いスポンジ。
一口食べれば、茶色の麺のようなモノからもしっかりと栗の味がする。しかも、生クリームとスポンジがあるのでケーキ感もある。
「ぜひ食べてください」
「おう」
私が差し出したケーキをバーク様が一口食べる。
「旨いな。栗がこんなに旨いケーキになるとはなぁ。あ、あとこの芋のケーキも凄いぞ。芋とは思えない甘さだ」
そう言って差し出されたのは黄金のように輝く楕円形の小さなケーキ。たしかツカサ様はスイートポテトと説明をしていた。
「いただきます」
フォークで一口分を切り取り口に入れる。
砂糖や蜂蜜とは違う、ねっとりとした濃密な甘さ。でも、後味にしつこさはなくサクッと食べられる。
「不思議な甘さですが美味しいです。さすがツカサ様とシン様のケーキですね」
「そうだな」
バーク様と一緒に舌鼓を打ちながらケーキを食べていく。
一方でケーキを食べることなく部屋の造りの観察を続けているオンル様。
「この様式は竜族の物と似ているところもありますが、模様が独特ですね。もしかして、南の獣人の国の……いえ、あそこはもっと単色で色が鮮やかでしたから違いますね。それに、ここに使われている素材も見たことがない……もしかして、エルフの里でしか採れない素材を使っているのでしょうか?」
顎に手を当ててブツブツと呟いている。
その様子に私はケーキを食べていた手を止めた。
「……オンル様はケーキを食べなくてよろしいのでしょうか?」
「あぁなったら無理だ。気が済むまでほっとくしかない。それより、こっちも食べてみるか? 食べたら驚くぞ」
バーク様がフォークで黄色のケーキの端を切ってすくうと、私の前に差し出した。
「え、あの……」
先程までバーク様が食べていたフォークで、あーんと餌付けされているような状態。
何となく恥ずかしい……のだけど。
「ほら」
私の前ではワクワクと待っている黄金の瞳。
チラリと横目でオンル様を確認すれば、窓枠の飾りの分析に夢中でこちらは無視。あとは誰もいない。
(誰も見ていませんし……!)
覚悟を決めた私は、パクッとフォークに食いついた。
口の中にフワリとしたスポンジの感触と、甘いカボチャの風味が広がる。その中にゴロッとしたサツマイモと栗も。まさに秋の味覚の総出演。
「んっ! 一口で秋を堪能できますね!」
「だろ? こんなにいろんなケーキがあるなら、季節ごとに買いに来ないといけないな」
「そうですね。あ、バーク様。こちらのケーキも美味しいですよ」
「そうなのか?」
「はい、どうぞ」
私は自分のフォークでケーキをすくって差し出すと、それをパクッとバーク様が食べる。
こうして、気が付けばお互いにケーキを食べさせて合っており……
「あら、あら。相変わらず仲が良いのね」
ツカサ様の声に私の意識が現実に戻る。
ハッと顔をあげると、サロンの入り口にはツカサ様とティーセットを持ったシン様がいた。
二人に見られていたことに恥ずかしくなった私は顔が熱くなるのを感じながらも、慌てて訊ねた。
「お、お店は終わったのですか?」
「最後のお客さんが帰ったからね。ところで、ケーキの味はどう?」
ツカサ様とシン様が私たちと向かい合う位置にある椅子に腰を下ろす。
話が変わったことにホッとしつつ私は大きく頷きながら答えた。
「とっても美味しいです!」
私の返事に黒い瞳が嬉しそうに微笑む。
「よかったわ。ケーキといえばフルーツ! ってイメージだったみたいで、最初はあまり売れなかったのよ」
「こんなに美味しいのにですか?」
驚く私にツカサ様が安心させるように頷く。
「そう。だから、ケーキを買った人にお試し用の小さなケーキをおまけに付けたら、次からどんどん売れるようになったの」
「さすが商売上手ですね」
感心していると、オンル様が顎に手を置いて考えるように唸った。
「たしかに美味しいことが分かれば客は購入しますから、口で説明するより食べさせたほうが早くて説得力がありますね。こんな方法を普通の人族が思いつくとは……」
その呟きにバーク様が反応する。
「偏屈なエルフと一緒に暮らせてる時点で普通じゃないけどな」
「確かにエルフと一緒に暮らせている時点で普通ではありませんね」
あっさり納得するオンル様。
そのことにツカサ様が反論する。
「シンはそこまで偏屈じゃないわよ。里の中のエルフの方がもっと大変なんだから。それに比べたらシンはマシな方よ」
「それは惚気か?」
バーク様の指摘にポンッとツカサ様の顔が赤くなる。
「の、惚気じゃないわ。事実よ」
どこか慌てたように顔を逸らしながらカップに紅茶を注ぐ。
その姿にシン様の新緑の瞳が細くなり、美麗な顔が愛おしそうに微笑んだ。
「このようなツカサが見られるなら、他の者との会話もいいですね」
「はい、はい。シンは黙ってお茶を飲む」
そう言ってツカサ様がシン様の前に紅茶が入ったカップを置くと私の方を見た。
「それで、この前は聞けなかったんだけど、ミーちゃんの国ってどんなところ? 冬はかなり寒い? 雪が積もったりする?」
突然の問いに私はフォークを置いて考えた。
「えっと、雪は一番寒い時期になると膝まで積もったりしますね」
「じゃあ、家はレンガ造りで暖炉があったりする?」
「はい、そんな感じです」
私の回答にツカサ様が顎に手を置いて呟く。
「やっぱりヨーロッパに近い文化なのかしら……」
「よーろっぱ?」
聞きなれない単語に首を傾げると黒い髪が横に揺れた。
「気にしないで、こっちの話だから。あ、そういえば冬の行事ってある?」
「行事、ですか?」
いまいちピンとこない私にツカサ様が追加説明をする。
「えっと、行事というかお祭りみたいな感じ? たとえば、その……クリスマスとか」
「くり、すます? とは、どのようなものですか?」
私の問いにツカサ様が唸る。
「あー、どう説明しよう。とある神様の生誕祭なんだけど……とにかく、みんなでお祝いして楽しむお祭りみたいなものよ。で、その日の夜は寝ている子どもの枕元にプレゼントを置くの」
その話にバーク様が反応する。
「どうして寝ている間に置くんだ? 直接、渡した方が早いだろ」
「えっと、それはいろいろあってね。そのサンタクロースっていう人が寝ている子どもたちの枕元にプレゼントを配ってまわるっていう話なのよ」
「なんで、そのサンタ……なんとかっていうヤツは何でプレゼントを配ってまわるんだ?」
話が見えないバーク様が質問を続ける。
私も同じ疑問を抱いたので黙って続きを待っていると、ツカサ様が困ったように眉尻をさげた。
「そう言われても、昔からそういう話で伝わっているから。実際は親がプレゼントを子どもの枕元に置くんだけどね。それに、朝起きて枕元にプレゼントがあったら嬉しいと思わない? 目が覚めて一番にプレゼントの箱が目に入るだけでもワクワクしたし、箱を開ける時に何が入っているのかドキドキしたわ」
その状況を想像するだけで胸がポワンと踊る。
「たしかに、それは素敵ですね」
「でしょ? しかもね、そのプレゼントはその一年間、良い子にしていた子どもに配られるの。だから、余計に嬉しかったのを覚えているわ」
黒い瞳を懐かしそうに緩めるツカサ様と、隣でその表情をジッと見つめるシン様。
(……もしかして、ツカサ様へのプレゼントを考えていたり?)
二人の様子に心が温かくなるのを感じながらカップに口をつける。
砂糖が入っていないのに、甘く感じる紅茶。
(やっぱり、お二人は素敵ですね)
ますます甘くなったケーキをパクリと食べる私。
そして、そんな私をバーク様が神妙な顔で見ていることに気づいていなかった。




