何でもない日の朝を特別な朝に~前編
これは、竜族の里から私の国に戻る少し前、秋のお話――――――
「いらっしゃい。あ、久しぶりだね。元気してた?」
エルフの里の入り口にある、お菓子の家のケーキ屋さん。
そこの女主人のツカサ様が短い黒髪を揺らし、笑顔で私とバーク様とオンル様を迎える。
「お久しぶりです。冬が来る前に私の国へ戻るので、その前にケーキを買いに来ました。このお店のケーキは本当に美味しいので」
「わぁ、嬉しい! ありがとうね! そういえば、ミーちゃんの国ってここより北にあるんだっけ?」
「はい。船と馬車を使って数日かかります」
「へぇ……船って海を渡るの?」
「いえ、海ではなく川です。深い森なので、陸路を歩くより川を船で移動したほうが早いそうです」
「川を進む船かぁ。そんな移動方法もあるんだね。船って、どれぐらいの大きさ……」
「ゴホン」
オンル様の軽い咳払いの音にハッとしたツカサ様が我に返る。
「あ、ごめん、ごめん。つい脱線しちゃった」
そこにバーク様が残念そうに口を挟む。
「ミーが楽しそうなのは良いんだが、外に並んでるヤツがいるからな」
「そ、そうですよね。すみません」
慌てる私にツカサ様が提案する。
「もし時間があるなら、この前みたいにウチでケーキを食べるのはどう? その時に色々話したいし」
「よろしいのですか?」
「こっちは大丈夫。あとは、そっちの都合次第かな」
ツカサ様の黒い瞳がバーク様とオンル様をチラリと覗き見る。
「仕事は大体片付けてきたからな。時間の余裕はあるぞ」
バーク様の言葉にツカサ様の顔がパァッと明るくなった。
「じゃあ、決まり。ケーキを選んで」
そう言われて、私は視線をさげた。そこには、ショーケースに並んだ色とりどりのケーキたち。
前に来た時も美味しそうなケーキばかりだったけれど、今回も……と見ていて、ふと気が付いた。
「カボチャを使ったケーキ……? こちらは栗? これはスイートポテト……イモですか? 前に来た時はありませんでしたよね?」
夏に来た時は果物を使ったケーキが多くてカラフルだった。それが、今回はオレンジや茶色系が多い。
首を捻る私にツカサ様が笑顔で説明をする。
「季節の食材を使ってるの。今は秋だからカボチャや栗やサツマイモがメインなんだけど」
「サツマイモ、ですか?」
初めて聞く芋の品種名に自然と首を傾げる。
するとツカサ様が少しだけ眉尻をさげて微笑みながら説明をしてくれた。
「ミーちゃんの国にもないんだね。皮が赤っぽくて中身が黄色のとても甘いイモで秋に採れるの」
「とても甘いイモ、ですか?」
いまいち理解できない私に黒い瞳が悪戯をした子どものようにフッと細くなる。
「甘くなるように私がちょっと品種改良をしたんだけどね。あ、あと、フルーツを使ったケーキが良いならリンゴとかイチジクもあるから、そっちにする?」
「イチジク……という果物があるのですか?」
「あれ? イチジクも知らない? この辺りに普通に生えているし、珍しい植物じゃないってシンが言ってたんだけど……」
そう話ながら黒い瞳がバーク様の方を向く。
すると、紫黒の髪が思い返すように軽く揺れた。
「竜族の里は高地にあるから、その木は育たないんだよな。下におりれば普通にあるから市場で売られてはいるが、ミーは食べたことがなかったか」
「そうなのね。ちなみにイチジクはこれよ」
そう言ってツカサ様が指さしたのはケーキの上に敷き詰められた見慣れない果物。串切りにされた雫型の実。外側は白っぽく、内側は粒々とした赤。
「初めて見ました」
屈んでショーケースに顔を近づける私にツカサ様が声をかける。
「そうなんだ。あ、ちょっと、待ってて。シン、ケーキに使ってないイチジクって、まだあるよね?」
そう言いながら軽い足取りで調理場へ。それから、すぐに戻ってきた手には赤茶色の雫型の実があった。
「これがイチジク。ヘタの部分を折って、そのまま下に引っ張ったら皮がむけるから、中の実を食べてみて」
「いいのですか?」
「うん。口にあったらケーキを買ったらいいし」
「ありがとうございます」
イチジクを受け取った私は言われたとおりヘタの部分を折って皮を引っ張った。
力を入れなくてもスルリと皮がむけて中から白い実が現れる。
少しボコボコして柔らかな感触。初めての食べ物なので、少し戸惑いもあるけれど……
パクッ!
意を決して口に入れると、柔らかくも、中心はプチプチとした感触。味はとても甘く、芳醇な香りが鼻を抜けたが、後味は意外にもサッパリ。
「……ふわぁ、甘くて美味しいです」
目を大きくして手の中にあるイチジクを見ていると、後ろからバーク様が覗き込んできた。
「そうなのか? オレが食べたのは味が薄くて、酸っぱいような、甘くないヤツだったが」
その話にツカサ様が頷く。
「それは未熟なイチジクだったんじゃない? このイチジクは完熟しているから美味しいよ」
「そうなのか?」
黄金の瞳が半信半疑な様子で私の手にあるイチジクを覗き込む。
「バークさんも食べてみる?」
ツカサ様が持っていたイチジクを差し出したが、バーク様は首を横に振った。
「いや、コレでいい」
私の手に大きな口が近づき、残りのイチジクをパクリと食べた。
「ん、たしかに旨いな」
そう言って、太い指が薄い唇を拭う。その仕草が妙に色っぽく見えて……
(わ、私の食べかけを、バーク様が!? ……こ、これは、間接キスというものでは!?!?!?)
カァァと顔が熱くなるのを感じると同時に恥ずかしくなる。
両手で頬を押さえて悶絶していると、私の挙動不審に気づいたバーク様が慌てたように表情を崩した。
「どうした、ミー!? 調子が悪いのか!? それとも風邪か!?」
「い、いえ! なんでもありません! 大丈夫です!」
両手を出して必死に左右に振るが、バーク様の心配は止まらない。
「治療魔法がいるか? それとも、水か?」
「あの、本当に大丈夫ですから!」
そんな私たちにツカサ様がどこか呆れたように微笑んだ。
「相変わらず仲がいいね。で、イチジクのケーキは買う? イチジクタルトになるけど」
そう言ったツカサ様が指さしていたのは、香ばしく焼きあがった茶色の生地の一面にイチジクがのったケーキ。
「は、はい。イチジクタルトを一つください! あとは……」
私は話題を変えるため、慌ててショーケースを覗き込んだ。
「このケーキも美味しそうですし、その隣のケーキも美味しそう……どれにするか、迷います」
「じゃあ、全部一個ずつ買おう」
背後から密着してきたバーク様が私の肩越しに断言した。紫黒の髪が頬を撫で、胸が跳ねる。
そこにツカサ様の楽しそうな声がかかった。
「相変わらず豪快な買い方だね。じゃあ、準備してサロンに持っていくから、先に行って待ってて」
「サロン?」
首を捻った私にツカサ様が説明する。
「今の時期だと庭はちょっと肌寒いから、庭が見えるサロンだと丁度いいよ。サロンは少し前にシンが造ったんだけどね。シン、案内して」
再び厨房に声をかけるツカサ様。すると、呆れ混りの声が返ってきた。
「はい、はい。まったく、ツカサぐらいですよ。エルフをこんな風に扱うのは」
そうぼやきながら出てきたのは、目を見張るほどの美麗な青年。涼やかな新緑の瞳に、白銀の髪から飛び出た特徴的な尖った耳。
「ケーキ作りは終わって、片付けをしていたんでしょ? なら、少しぐらいキッチンから離れてもいいじゃない」
「そうですけど。ほら、行きますよ」
スタスタと店の奥へ歩いていくシン様。
私たちは急いでその後を追った。
本日の昼と夜に中編と後編を投稿します!




