戻ってきた思い出
2019年8月14日内容修正しました。
ソファーにつくと隼人さんは膝の上に私を乗せて座り後ろから抱き締めてくれた。
「隼人さん……恥ずかしい」
「だいじょーぶ」
「重くない?」
「軽いーふわふわー」
隼人さんにこんな一面があるなんて。普段からちょくちょく可愛いと思ってたけど酔ったらこんな風になるんだな。
「つばきー」
「うん」
「つーばーきー」
「なーに?」
「つばきだー……つばきがいるー」
「……いるよ。ずっとそばにいるよー」
「つばきー」
「うん」
「ありがと」
振り向こうとしたら抱き締める力が強くなった。
「俺に出会ってくれてありがとう。俺を変えてくれてありがとう。椿のキラキラした瞳が好き。いろんなことに興味津々で目を輝かせる瞳が好き。椿が好きなものを好きだと思った。いろんなものの見方が変わった。椿の純粋で綺麗な心を知るうちに俺の周りへの関わり方も自然に変わった。椿に教えたい俺自身が好きだと思えるものもたくさんできたよ。映画も音楽も村岡さんたちに教えてもらったお酒の味も。椿に出会えたから俺の世界が変わった。椿は俺の光。椿に出会うまで自分が不自由してるともなにもなんとも思ってなかった。周りが煩くて騒がしくて鬱陶しいとは思ってたけどみんなが心配するほど不便なこともないし辛いとも苦しいとも思わなかった。だけど椿に出会って椿が離れていって辛くて苦しくなった。椿の存在がいなくなったこと自体も、光がなくなって自分の世界が真っ暗になることも怖くなった。椿に出会うまではなんとも思ってなかったのに楽しい世界を知ったから元に戻るのがすごく怖くなった。でもそれでも椿の手を離したのは俺自身。椿の瞳がキラキラしなくなってるって気付いた。俺に合わせることで椿から好きなことを奪ってしまったと思った。若菜のことが好きなのに若菜の話をしない、家でDVDを観るのが好きなのに映画館で観ることにしたり行きたい所がたくさんあると思ってたのに言ってくれなくて、俺に合わせて我慢して、椿は俺の隣にいちゃ駄目だって思った。俺のそばじゃ椿は幸せになれないって。椿は椿の好きなことを好きなようにして笑っていてほしくて。椿が椿じゃなくなっちゃう。俺といたら椿は壊れちゃう。輝かない俺の世界と同じ真っ暗の瞳をしてる椿を見るのが怖い」
「隼人さん、隼人さん」
私は腕をほどいて向きを変えると隼人さんの体を強く強く抱き締める。
「大丈夫、大丈夫なの。壊れないよ。私は私、ずっと隼人さんのそばにいるよ。自分のことばかりで隼人さんの気持ちに気付けなかったあの頃とは違う。私が好きなこと、したいこと、一緒にしようね。隼人さんの好きになったものもたくさん教えてね。怖い思いも絶対させないから。光になれてよかった。でもね、隼人さんはもう私がいなくてもたくさんの人たちに支えられてることも知っていろんなことを楽しめてる。隼人さんの世界はもう暗闇じゃない。だけどずっとそばにいる。私のしたいことは隼人さんと一緒にいろんなことをすることだよ。この先ずっとずっと隼人さんのそばにいることが私のしたいこと。我慢してないか……ら……隼人さん?」
寝息が聞こえて顔をあげると隼人さんは眠ってしまっていた。どこまで聞いていたんだろ……いや、そもそもこの最中のことは覚えてないんだった。
だけど幸せそうな顔で眠っている。暗闇で苦しんでるわけではないと思って安心する。さっき話をしたからまた怖い気持ちを思い出させてしまったのかな。私が弱くて自分勝手だったから隼人さんに誤解させて苦しませてしまってた。本当にどうしたら隼人さんの気持ちに応えられるんだろう。そう思っているとまた不思議な感覚で思い出が私の中に戻ってきた。
ある日いつものようにDVDを観た感想を話し合ったあと私は隼人さんにお勧めの映画はあるかと聞いた。隼人さんは面白いと思える映画がないと答えた。これまで気を使わせてしまったのかと慌てる私に、私が勧める映画はどれも面白かったと言ってくれた。これをきっかけに面白いと思える映画が見つかるかもしれないと言う私に隼人さんは観てみて良かったものがあったら教えると約束してくれた。それなのに……。
『前に話してたお勧めの映画ができたんだよ』
『お勧めの映画ですか?』
『うん。俺にお勧めの映画が見つかったら椿に教えるって話したでしょ?』
私は忘れてしまっていた。嬉しそうに話を切り出してくれた隼人さんは首をかしげる私を見て悲しそうに笑った。
『良いの、良いの。1年も前のことだもんね。覚えてないよね』
『……すみません』
『謝らなくて良いってば』
教えてと言ったのは私の方なのに、隼人さんは私に話してくれるためにきっとたくさんの映画を観てくれたのに。
『それでね、ミュージカル映画なんだけど』
その映画はそのあと隼人さんの家に遊びに行った日に見せてもらった。ラブストーリーだけどコメディ要素もあって面白かった。この前隼人さんにパーティーに付き合ってほしいと言われた時に頭に思い浮かべた海外映画だ。映画を観たことも面白かったことも覚えていて印象にも残ってるのに家で1人で観たと思い込んでた。考えてみるとその話をした直前に観た映画もどんな内容か覚えてるのに若菜と観たんだと思い込んでた。
そう思い出すと一気にこれを観たのも隼人さんとだ、そういえば若菜と行ったと思い込んでいた当時日本に初出店したハンバーガー屋さんに行ったのは隼人さんとだ、と思い出してきた。隼人さんと過ごした記憶が私の中に次々と戻ってくる。付き合う前のことも付き合ってる間のことも。また思い出すことがあるかもしれないから全部かはわからないけど。
私はもうこの過去のことで隼人さんにごめんなさいと言わないと決める。隼人さんは謝ってほしいんじゃなくて私に笑ってほしいと願ってるんだから。
私はもう1つあることを決めるとよく眠っている隼人さんを起こさないようにそっと隼人さんの膝から降りて静かに食器を片付けてリビングに戻ってまだ幸せな表情で眠ってる隼人さんの隣に座ってゆっくり隼人さんの身体を横にして頭を自分の膝に乗せて目を閉じた。
目が覚めると私はベッドに横になっていた。いつも起きる時には隣で眠っている隼人さんがいないことに気付きそして昨夜のことを思い出す。おかしい、私はソファーで眠っていたはずなのに。と、リビングから音がして急いで飛び起きてリビングに行く。
「あ、椿おはよう」
「お、おはよう……」
リビングのテーブルには既に和食の完璧なメニューの数々が並べられていた。
「もう起こそうと思ってたんだ。けど疲れてない?」
「へ?なにが?」
「膝。ごめんね。昨日昴と若菜と電話してたのは覚えてるんだけど朝目が覚めたらソファーで眠ってるし、しかも膝枕って混乱したんだ。けどすごい飲んだ気もするからやらかしたんでしょ。覚えてないけど知ってるんだ」
「うん、動画で知ってるんでしよ。相当酔ってたよ」
「変なこと言ってない?いや、言ったよね。膝枕してとか、もー……覚えてる時にして欲しかった」
「言ってないよ。膝枕も眠っちゃたから私が勝手にしただけ」
「1時間前に気付いたからだいぶ長いことそうしてたみたい。ごめんね」
「良いの。私がしたかったんだから」
「今度はちゃんと椿の柔らかい膝を存分に楽しみながら膝枕されたい」
「もう!!変態なんだから!!」
私が怒ると隼人さんはいつものように私限定だと言ってすぐ食べられるか聞いてくれたから私は急いで洗面所に行って戻ってきた。
そして素晴らしいご飯を食べる。
「隼人さんは料理も完璧なんだね」
「母さんと親父に一人暮らししないでずっと家にいれば良いって言われたことがあってね。自炊もしないといけないから大変だよって。一生家を出られないのは困ると思って自炊ができれば良いんだろって思って母さんと優菜さんと彩華さんに料理を教わってたんだ。だからわりとなんでもできるよ。椿の仕事が終わるのが遅くて俺が先に帰ってきたら作っておくしこうやって朝も俺が作っても良いよ」
「隼人さん……。それなんだけど隼人さん私に仕事続けてほしくないんじゃない?」
「そんなことないよ。どっちでも良いって言ったでしょ。ね、このあと何時に出ようか」
隼人さんは私が仕事を辞めてしまったら高校生の時みたいに私の好きなことをなくしてしまうと思ってるのかもしれないと思うのに隼人さんはもうこの話は終わりと今日の話にしてしまった。
何時にここに行ってと話を進める隼人さんに昨夜決めたことを言う。
「隼人さん、今日なんだけどね、買い物した後に映画を観たいんだけど良いかな?」
「映画?うん、良いよ。じゃあ買い物やめて映画を観ようか」
「あ、えっと、買い物もして映画も観たいんだけど。DVDを買って帰ってから観たいの。駄目かな?」
「駄目じゃないよ。じゃあそうしよ。なんの映画?」
「あー……秘密」
「そうなの?一緒に観るのに?」
「うん、その時に言うよ」
「わかった」
そして私たちはベッドとラックを買った。両方とも後日届けてもらうことになって今のベッドは引き取ってもらうことになった。それから家の近くにあるお店でDVDを買う。海外の有名な賞を受賞した映画だから今でも名作として並んでいたそのDVDを手にとってレジに向かう。隼人さんはお店についた時に昴くんにそういう時はついていかないで待ってるものだと言われたと言って車で待ってくれてる。私がお化粧したり支度してる間に聞いてくれたみたい。そうやって購入したDVDを持って車に戻り家に帰る。
夜ご飯はオムライス。オムライス頻度が高いと思ったけど好きだから良いって言ってくれた。ご飯を食べ終わってお風呂に入った。私がお風呂に入ってる間に食器は隼人さんが洗ってくれてたからあとはゆっくりDVDを観るだけ。隼人さんがお風呂からあがってソファーに座る。
「それでなんの映画なのかはいつわかるの?始まってから?」
「えっと、今だよ」
私はテレビの横に立って後ろ手に隠していたDVDを隼人さんに見せる。
「隼人さんが私に勧めてくれた映画。また一緒に観よ」
私がそう言うと隼人さんはじっとDVDを見つめる。
「隼人さんのお勧め教えてくれてありがとう。無理に探さなくて良いって言ったけど隼人さんがどんな映画を好きになるのか楽しみにしてた」
「椿……」
「隼人さんと感想を言い合うの好きだった。私の好きな映画を隼人さんも面白いって言ってくれて嬉しくて、隼人さんの好きな映画も観たくて。また教えてくれる?映画だけじゃなくてもっとたくさん知りたい。隼人さんの好きになったもの。映画も音楽も村岡さんたちに教えてもらったお酒の味も、他にもあったら教えてほしいな」
隼人さんの右目から涙が一筋溢れた。私も泣きそうになる。立ち上がった隼人さんが私を抱き締める。
「ありがとう」
「初デートで観たアクション映画もまた観ようね」
「あの映画のヒロインと脇役が結婚したんだよ」
「ああ、そういえば1年前に結婚したね」
「彼は格差に阻まれるはたぬきじじいに阻まれるは散々な人生なんだ」
「え?なんの話?」
「彼の初主演映画」
「ああ!!あれね!!」
「あの映画も観よう」
「うん、観ようね」
「椿……」
「ん?」
「どっちでも良いって言ったのにごめん。やっぱり思い出してくれて嬉しい」
「私もうこのことで謝らないって決めたよ。隼人さんも謝らないで」
「うん、ありがと」
隼人さんの涙をそっと拭う。ハラハラと流れるのはとても綺麗な涙。
「母さんみたいに泣き虫じゃないよ」
「なにも言ってないよ」
「カッコ悪い……」
「そんなことないよ」
私と隼人さんは映画を観たあとベッドの上であの頃のことをたくさん話した。私が話したことを隼人さんがどう思ってたのか、隼人さんの話を私がどんな気持ちで聞いていたのか。それから写真はどうしたのか聞いてみたらお義父さんに買ったものを渡した時に交換で受け取って既に携帯に取り込んでると言うから見せてもらった。隼人さんにとってはすごく重要なものだという写真を見せてもらって思ったのは私食べ物食べてばかりだということ。食べ物食べたり家でゴロゴロしながらDVDを観たりぼーっとしたり私ってすごいぐうたらなイメージだと思ってちょっとショックだったけど、どの写真の私も可愛いとニコニコしてる隼人さんはとても楽しそうで私も嬉しくなった。そうしていろいろ話してる間にいつの間にか眠っていた。




