記憶
「ご飯の前に話をする?ご飯食べてからにする?」
「どうしよっか」
「それとも食べながら話す?」
「うーん……うん、そうしよっか。良いの?」
「椿が喋ってて食べるの疎かにならなければ」
「な、ならないよ!!」
「そうかな」
そう言って苦笑いする隼人さんに手伝ってもらいながらすぐに準備をしてテーブルに鍋を置く。
「さ!!これで準備オッケーだよ。お酒は何から飲む?」
「親父たちが買ったワインからにしようか」
「そうだね!!」
お義母さんたちが買ってくれたグラスに赤ワインを注ぐ。
「煩い2人が帰ったお祝いだね」
「違うよ」
「じゃあゆっくり穏やかに誰にも邪魔されないで過ごせることに乾杯」
「邪魔されないでは余計だけど乾杯」
グラスを合わせて一口飲む。
「美味しい!!」
「うん、美味しい」
すっきりとして飲みやすいワイン。美味しい、美味しいと呟きながら菜箸でお肉を鍋に入れる。
「しゃぶしゃぶして、はい食べて。はい、野菜も。あれ?火が弱い……ああ、やらないで。はい、これでよし。あ、これも食べて」
「あ、ありがと」
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「はい、こっちも食べて」
「椿……椿も食べな」
「つ、つい……」
「はい」
隼人さんに取ってもらったお肉をポン酢につけて食べる。
「うん、美味しい」
「椿は美味しそうに食べるよね」
「だって美味しいから。隼人さんも一緒だからもっと美味しい」
「そっか」
「あ、早いんだね」
もう飲み終わった隼人さんのグラスにワインを注ごうとすると止められる。
「自分でやるから大丈夫だよ。これに構ってたら椿食べれないよ」
「いくらなんでもそれはないよ」
と言いながら隼人さんお酒強いしペースも早いからわからないなと思う。
「それで、さっきの思い出したんだよね」
「うん。でも不思議な感覚なの。久しぶりに思い出した感じで。その部分の記憶だけ気付かないうちにどこかに行っててすーっと帰ってきたみたい。覚えてない時があったのかも曖昧だけど、けど隼人さんに同じ話を聞いて初めて聞いたって思ったのも確かでおかしな感じがする。この前みたいになることもなくて、そもそも忘れたかった話じゃないのにどうして覚えてなかったのかわからなくて……」
「うん、多分ね、椿は俺と話していたのは若菜のことばかりだと思ってたんじゃないかな。きっと俺が若菜のことを好きだと思ってたから若菜のことを話していたことだけ切り取って記憶に残ったんだよ」
「あ……そ、そう……そうなの!!若菜のこと話してるから楽しそうに話を聞いてくれてたんだって思って若菜の話をしなきゃって思ってもできなくてって」
「若菜の話をしてる椿がすごく楽しそうに見えたよ。親友の話をしてるんだからそれは楽しく話すよね。でも若菜のことだけじゃなくてもっとたくさん話をしたんだよ。例えば椿の好きな映画の話。2人で感想を話した。今まで映画を見て感動したり面白いと思ったことがなかったのに椿が好きっていう映画は面白いと思えて椿の好きなものは俺にとっても好きなものなんだって、もっと知りたいって思ったんだ。それに若菜の補習に付き合ってあとで楽しかったってって教えてくれたこともあった。補習なんて喜んでやる人いないはずなのに椿はどんなことでも楽しんじゃうんだなって。他にも俺と椿の家族の話とかたくさん」
「うん、そうだね……いろんなこと話したね」
「椿は元々記憶力良いでしょ。若菜のことでいっぱいいっぱいになってそういう話が鍵のかかった部屋に押し込まれちゃったんだね。鍵が外れてゆっくり部屋から記憶が出てきてるんだよ。焦らないでゆっくりで良いんだよ」
「でも……でも思い出したい。この前のも忘れたくなかったのに」
「辛いなら忘れて良いの。思い出したくない思い出なら、倒れるくらいなら一生思い出さないでも良い。忘れたくないって一生懸命言ってくれたよね。俺はどっちでも良い。でも誤解しないで。椿と過ごした時間がなかったことになるわけじゃないから、椿は椿だから覚えていても忘れてもどっちでも良い。椿が話を聞いてくれるならいつでも同じ話をするし、そしたら椿は楽しく笑って聞いてくれるでしょ。それで良い。でも椿にとって辛い付き合ってた間も俺にとってはやっぱり大切な時間だからなかったことにしたくない。椿が忘れても俺は忘れないよ。だけど同時に思い出してくれたらあの頃の話をたくさんしたいとも思ってる。椿は俺にたくさん楽しいことがあるって教えてくれたし椿と過ごした全部俺にとってかけがえのない思い出だからね」
「隼人さん……ありがとう、やっぱり隼人さんは優しすぎるよ」
「そんなことないよ。付き合ってた間も覚えていたいんだから」
「ううん、なかったことにしないで。私もなかったことにしたくないよ。隼人さん、えっとね……今言うものかわからないんだけどね……」
「うん?」
「若菜の代わりだって思ってたんだけど隼人さんが私のことを好きなんじゃないかって勘違いしそうになって、勘違いじゃなかったんだけど、でも勘違いしちゃ駄目って思ってて。隼人さんに優しくしてもらうと嬉しくなって若菜じゃなくて私のことを好きになってもらいたいって思ってた。隼人さんは若菜を好きだけど頑張ったら私を見てくれるんじゃないかって思って、若菜のことを話せなくなってね。隼人さんを元気にさせたくてそばにいようと思ったのにそんな卑怯なこと思っちゃ駄目だって思ったの。でも見てほしくて、わけわからなくなってね」
「うん」
「でね、動物園と一緒になってる遊園地に行った時若菜に似た人とお話ししてたの」
「え、誰が?」
「隼人さんが」
「そうなの?」
「そ、それは隼人さんが覚えてない……」
「椿のことは全部覚えてるけど若菜じゃ覚えてないよ、当然」
「な……えっと、話してたの。で、その若菜に似た人をじっと見てたの。それでやっぱり若菜が良いんだって苦しくなって。で、観覧車で初めてキスしてくれてびっくりして、若菜に似た人を見て辛いのかなって、どうして私じゃ駄目なのかなって悲しくなって。お、男の人は好きな子とじゃなくてもできるって聞いたことがあったから家に来てって言われて隼人さんもそうなんだって。でも抱きながら何度も好きだって言われて、好きな子じゃなくてもできるっていうのは好きな子を思って違う人を抱くってことなんだって。私の名前を呼んでくれるたびに私じゃなくて本当は若菜をって思ってるはずなのに隼人さんも苦しんでるんだと思って。悲しかったけどもしかしたら1年後、2年後、ずっと続けていたら私を見てくれるようになるかもしれない、好きになってくれるかもしれないって思ったんだ。今思うと滅茶苦茶だった。だけどそんな複雑な気持ちになってたから今したらどうなるんだろうって思ったら純粋に嬉しくなって。隼人さんに愛されてるって幸せーってなって。だから隼人さんに抱いてもらうのは嬉しいけど慣れてないし……上手くできないし隼人さんに満足してもらえなくて申し訳ないしそもそも体力なくてすぐ疲れちゃうし……って隼人さん溢れる!!」
「へ!?え、あ、ごめん!!」
隼人さんがワインを注いでいたグラスから溢れる寸前で気付いたけど少し溢れてしまったテーブルをフキンで拭く。
「あの、だからね、その、毎日はちょっとなって」
「わ、わかった。わかったよ。なんでそういう話になったのか流れがわからないけどわかった。でも大丈夫。俺はすごい満足してる」
「本当に?」
「本当だよ。はだ艶も良くなった気がするよ」
「んん?それは女の人じゃ……」
「とりあえず毎日じゃなくて週6でってことだよね」
「多い!!なんで!?」
「じゃあ週5?」
「1日おきとか」
「それは……」
「わ、わかった。週5で」
「でもどうしてもできない時は無理にしないから大丈夫」
「良かった……」
ホッとして野菜を口に入れると同時にメッセージの着信音がピコンと鳴る。私のだと思ってテーブルに置いてる携帯をちらりと見ると若菜からスタンプが送られてきてると表示されていた。
「若菜からだ」
「そんなのあとで良いよ」
「え、でも……あ、食事中だもん……また来た。あ、また?」
連続で何度もスタンプが送られてきて思わず手に取って画面を開く。
「怒ってるみたい。なんで怒ってるんだろ……」
「本当だ。放っておこ」
「そんな……意地悪なんだから」
若菜から送られてきたスタンプがくまが怒ってるもの。隼人さんに見せたあと、どうしたのと打とうとすると着信画面に切り替わった。
「押しちゃ駄目」
「あ、ごめん押しちゃった」
隼人さんに言われると同時に通話ボタンをタップしてしまった。




