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潜る

 ーー作蔵、頼み事がある。勿論、報酬はある。詳しくは奉行所で説明する。


 時は昼の刻。徹夜の“仕事(蓋閉め)”を終わらせて就寝していた作蔵は、捕り物与力の茶太郎より固定電話の通話を介して奉行所に召集を掛けられる。


「ちょっと、作蔵。よだれのあとがついてる」

「唾つけて落とす」


 ーーすぐ、顔を洗ってこいっ!!


 玄関の戸口にて。作蔵の汚い物言いに、見送る伊和奈が激怒したーー。



 ***



 “奉行所”の会議室は畳敷き。所謂、内装が和室だ。広さは12畳で床の間がホワイトボードで塞がれており、部屋の中央に長方形の木目調で漆塗りの座卓が1台備えられていた。


「兄貴、作蔵さんをお連れしました」

 作蔵を奉行所の会議室に案内したのは捕り物与力茶太郎の直属部下、同心葉之助。


「来たな」

「手短に“内容”を説明しろ」

 襖を開き敷居を跨ぐと、紫単衣を身に纏う茶太郎と目を合わせた精悍なさまの作蔵は、備え付けてある座布団に「すとり」と、腰をおろす。


「此を見たまえ」

 茶太郎は、ホワイトボードへと流し目をした。


「面倒臭い段取りを考えたな」

「不平を言うのではない。私は、貴様を頼りにしている。どうか、()()役目を担って欲しい」

「茶太郎、今回の報酬は伊和奈にも支給してくれ」

 作蔵は、ホワイトボードに記された図式と文面を“複写の術”で藁半紙に写すーー。



 ***



 時は、夕の刻。作蔵は竹輪を噛りながら、テレビ(アナログ式)を観ていた。


 〔大富豪さん、よってらっしゃい〕


 興味ないね。


 〔楽しい大富豪一家〕


 子供向け番組なのに、タイトルが腹立たしい。


 〔大富豪24時〕

 〔歌えっ! 大富豪〕

 〔大富豪剣士〕


「テレビ、消したら」

 チャンネルを何度も切り替える作蔵に、伊和奈は業を煮やして叱り飛ばす。


「はい」と、一つ返事をした作蔵はテレビの電源を切ると、卓袱台へと向きを変える。そして、箸を握りしめて大皿の上で山積みに盛られるピーマンの肉詰めに喉を鳴らすのであった。


「いただきます」

 作蔵が嚙り付こうとしていたピーマンの肉詰めはつるりと、畳の上に落おちる。しかし作蔵は「落ちて3秒は、なんともない」と、理屈をつけると手掴みで拾い上げて頬張る。


 伊和奈が機嫌悪そうにしていた。作蔵は黙々と、食事を終えると湯呑み茶碗に注がれていたほうじ茶を飲み干す。


「伊和奈。各テレビ局の番組、どこもかしこも似たり寄ったりなタイトルなのが恨めしい」

「分かり易い指摘ね。わたしは、番組提供に決まって『ケチ』の文字が入っているのにうんざりしたわ、作蔵」


「伊和奈」

「うん、作蔵」


「明日は“馬子にも衣裳”を頑張ってくれい」


 ーーお、ん、どぉりゃあああっ!!


 作蔵は、伊和奈のヤバすぎるローリングソバットを喰らったーー。



 ***



 黒の長い髪を結い、ルリマツリの花柄かんざしを挿す。夏物の、ヒメシャラの花柄で水色の訪問着。白と青の七宝柄の帯。そして、白の草履に合わせたバッグ。


 場所は、豪邸軒並みの続く【金平(きんぴら)】地区。屋根瓦の門構えで表札の素材はヒノキ。土塀を挟んで見上げる、天守閣似の屋敷。


 会場は、あっちの家だった。伊和奈は立ち位置から人の列を見据えると、最後尾に着く。

 どっしりとした門構えに大理石の表札。煉瓦積みの塀の隙間より見えるのは、聳え立つ豪邸。例えるならば、バッキンガム宮殿。


 〔園遊会、会場〕


 大富豪を招いての催し物は、庭園と建屋を解放させて。伊和奈は招待状を受付係員に渡し、記帳記入をする。


「写真撮影は良いの?」

「はい、ご自由に撮られてください」


「では、さっそく。記帳台に乗ってる生け花を撮らせてもらうわ」

 伊和奈は「にっ」と、笑みを湛えてバッグから使い捨てカメラを取り出す。


「おや、お客様はお花がお好きなのですね。それでしたら、お庭もご覧になってください」

 係員は腕時計を覗くと、建屋の奥に移動した。


 伊和奈はカメラのシャッターを何度も押していた。シャンデリア、板金の壁掛け、巨大な陶器の壺。階段に備わる、木製手すり。撮れるのはあと五枚と、伊和奈はフイルムの残り枚数を確認する。


 係員が不在での記帳台の上に、頁が開きっぱなしの帳面と最初に撮影した夏の花で彩られている生け花。


「……。汚い字を書くのね」

 伊和奈は、写真撮影でのフイルムを使い切ったーー。



 ***



 儲けの欲より目先の情。更に付け足すと、食欲。


 作蔵は奉行所に来ていた。先日捕り物与力茶太郎より承った、仕事の結果報告をする為にだ。


「平太、案ずるのではない。自分の身体を優先にしなさい。私は、待つ」

 奉行所の玄関先に茶太郎がいた。よく見ると、誰かを見送っている様子だった。相手は何度も歩みを停めては茶太郎へ振り向いてお辞儀をしていた。


 作蔵は、茶太郎が手を振る仕草を止めたところで「ふっ」と、嘲笑うをした。


「こそこそと、人を冷やかしやがって」

「怒るな、茶太郎。()()()で伊和奈が掴んだ情報を届けに来た。と、その前にその時の土産だ。折り詰めの箱は桐で出来ていて、しかも5箱だ。1箱、1箱の中身が凄かった。伊勢海老に鮑、鯛の尾頭付き。松茸が原形のままでのご飯。栗をまるごとこし餡と餅で包んだ菓子も入っていた。伊和奈がおまえにもお裾分けしろと、持たせた。家に帰ったら、あじわってくれい」


「そうか、伊和奈様からの心遣いか」と、茶太郎は作蔵が差し出した手提げ袋を受け取った。


「茶太郎。豪邸の家主はおまえが言っていた、あの有名な『ケチ』で間違いないぞ。伊和奈の話しによれば『宴に招かれた客の中に役人もいた。そいつらにはもっと豪華な土産が渡されたようだ』と、よ」

「御意。して、化ける“モノ”に於いては」

「警備と接待役に化けて、屋敷内をちょろちょろしていた。だってよ。ただ化けているだけだから、細かいことは気にしていない。おかげで動きやすかったと、いうことだ」

 作蔵は明るくて、ほがらかなさまをしていた。


「……。情報提供、感謝致す。しかし、護るは義務だ。作蔵、貴様が男なら伊和奈様を大切にするのだ……。」


 茶太郎の、礼を表しながらの刺々しい物言いが気にいらない。

 何を言いたいと、作蔵は眉を吊り上げたーー。





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