二足の草鞋を履く
やや古く、なんでもありの時代に通力を操る人々がいた。そのひとりの作蔵は“蓋閉め”と呼ばれている通力の使い手だ。
「はい、あっちにいって」
あ、語りをゴムボールのように蹴って追いやるとは酷いね。この足癖が悪い馬の尻尾娘は、作蔵の相棒の伊和奈……。痛い、今度は踏みつけられてしまった。
「おいおい、伊和奈。久しぶりの顔出しでいきなり荒れるなよ」
「作蔵、あれに語りをさせたくない。今みたいに、人を妖怪みたいな呼び方をするんだもん」
何が気に入らない、容姿を和風ぽく言っただけだぞ。
「語り、おまえも大概にしとけ。伊和奈、すまないが今から報酬を受け取りに行ってくる」
「いってらっしゃい」
「だから、拗ねるなよ。おまえの分は、持ち帰りするからさ」
「……。楚蟹、3杯」
「ああ、茶太郎にはしっかりと言っておく」
身支度を整えた作蔵は、苦笑いをしながら玄関の戸口を開いた。
***
作蔵の仕事は、主に請け負い。内容はピンからキリまで、特技の“蓋閉め”が活かされないのもひっくるめてだ。そのうちのひとつが“御用聞き”という、捕り物に情報提供をする仕事を作蔵は担っていた。
数日前、奉行所で捕り物を務める男からの依頼を請け負った。汚い金に目がない化ける“モノ”の足取りを押さえて欲しいというのだった。
ーー捕まえるなら、捕り物のおまえだけでやれるだろう。
ーー奴はずる賢い。真正面から動いても逃げられるのだ。作蔵、貴様の馬鹿っぽさ……。もとい、知恵を借りたい。
癪に障る物言いが混じっていたが男の頼みは切実に聞こえた、喉が鳴る報酬にも吊られた。
では、さっくりと。
作蔵は即、男に提言した。化ける“モノ”に男が嘘の誘いを掛ける、それも“蓋閉め”を嵌めたら褒美をやるという、なんともあくどい手法で。因みに“蓋閉め”は作蔵のことだ、はっきり言ったら囮捜査なのだ。作蔵は化ける“モノ”に嵌められた振りをして、情報を捕り物の男に託す。
ーー作蔵、貴様の見事な提案で奴を御用することが出来た。
男からの報告だった。そして、捕り物に協力した報酬を受けることになった。それが今、作蔵がいる場所だったーー。
時は真昼が過ぎた刻の頃。場所は海鮮炭焼呑み食い処。
逆立つ茶色の短髪、瞳も茶色。赤の半袖ティーシャツ、七分丈のズボンは紺色。足に黒い足袋を被せて、履くのは一枚歯下駄の作蔵が、炭火で焼いた牡蠣、栄螺。ほっけの開きを千手観音の如く食していた。
現物支給、最高。
作蔵の卑しい心の声が駄々漏れだ。
懐が寒くなる。
作蔵とは別のケチな心の声が駄々漏れしている。
男が作蔵の正面に座っていた。呑み食いの勘定額が気になっているのが判りやすい。
男の生業は“捕り物”だ。役職は与力。部下の同心を5人従え、治安を脅かす無法な“モノ”を取り締まっている。
男が切子の器に注がれている冷酒を呑んで「ふ」と、笑みを溢すのが見えた。すると「どうした、茶太郎」と、作蔵は男を呼ぶ。
「つまらない訊ねをするな」
男にさっと、切り返しをされて「悪かったな」と、作蔵は仏頂面になる。
「機嫌をなおせ、作蔵」
「……。まだ食うなら、車海老はどうする」
「いや、止めとこう」
男は「ぶるっ」と、身震いをしたーー。
***
海鮮炭焼呑み食い処で腹いっぱいになった(出費は男の自前)作蔵は伊和奈への土産を引っ提げて帰宅した。
「おおっ」
発泡スチロールの梱包を開けた伊和奈は中身を見ると堪らず歓喜をした。催促していた楚蟹が3杯だけでなく蠣が10個、さらに伊勢海老が6匹だ。当然それらが詰まっていた容器は並大抵の大きさではない。
「本マグロの刺身も凄いだろう、丸っとでかい塊でだ」
なんと、まだ海の幸が詰まっていたのか。しかしだ、作蔵。これらはあんたの持ち合わせで買える訳ないはずだ。
「これ、全部わたしになの」
「おう、勿論だ。今日茶太郎に連れて行って貰った店は海産物の直営店も兼ねている。購入した品物を焼いて食べるだけでなく、こうして持ち帰りもできるのだ」
「あはは、1日で食べきれる量じゃないわ。ではなくて、茶太郎にどれだけお金を使わせたのよ」
「現金支給がまだ良いだろうな。でも、こっちが俺にしてみればありがたい。伊和奈、おまえもそうだろう」
「複雑だけど、作蔵は食欲には現金だからね」
伊和奈は、庭で炭火焼きの道具を準備している作蔵の姿を見つめていたーー。




