婚約者になった理由
そもそも何故、私が伯爵邸に住むことになったのか。
たぶん、一番知りたいのは私だと思います。
伯爵と初めて言葉を交わしたのは、伯爵がうちの男爵家に私を婚約者にしたいと申し込みに来たその日でありました。
え、なにそれ。あり?ありなの?
と、私に混乱を招いた元凶は涼しい顔で、ソファに座ってお父様とお話していたように思います。
もちろん私はお父様の横で、目を白黒させながら同席しておりました。
今も不思議に思うのですが、伯爵って私のことを知っていたんですね。
社交界に出てそれなりの年数が経ちますが、正直私のことを知っている男性の方が少ないですよ。専ら社交に出で言葉を交わすのは兄弟の友人、知人くらいです。
それに比べて、伯爵の名前はこんなはみ出し者の私でさえ知っておりました。
知らない人がいたら、それはどんな辺境の地で生きているんだ、って言われるくらいです。
御婦人方の噂話には必ずと言っていいほど、伯爵が登場します。
そりゃ、いやでも名前くらい覚えるでしょ。
とにかく。伯爵という存在は私にとって、雲の上の存在でした。
困ったらとりあえず伯爵の話にでも持っていけば、誰かが新しい彼の噂を持ち出してく来てくれるのでとてもお世話にはなりましたが。
容姿端麗であり、若くして近衛の要人であった伯爵は、乙女の憧れだったのでしょう。
それは熱烈なファンがいたように思います。
そんな伯爵が、ある日自分の家に来て、リビングでくつろいでいる姿を見た私の苦悩。察してください。
噂に違わずの美青年ぶりは衝撃でした。
そして、そんな彼からの「婚約者」発言。
正直、頭の中が真っ白で、初めに浮かんだのは「あ、私は社交界の淑女たちを完全に敵に回してしまったわ」という自己保身でした。
嬉しい、とかそんな乙女チックなことはこれっぽっちも思いませんでした。
なんせ私は、下町の友人たちから「誰よりも現実主義者なお前と結婚する相手はいるのか?」と心配されるほどでしたから。
ぐうの音も出ません。
そうして頭を真っ白にしている間に、父と伯爵の間で私を伯爵家で同居させることに決まっていたのでした。
えっと・・・。私の意思は?ない?・・・ないの?
いまだに、その時の二人の間で交わされた内容を白状させるに至っておりません。
何故そんなに口が堅いんでしょうね?
伯爵も、お父様も。何か悪いことでも交わしてました?交わしてたんですか?(疑いの目で)
誰か、何か白状させる方法を知りませんかねぇ・・・。