第九話 揺れる天秤
あの後、私はホシと一緒に食堂に行った。
初めて壱番隊に来たときみたいに、私は炭酸ジュースを飲んで、うるさい心臓を落ち着かせた。
しばらくホシは何も言わず、炭酸が弾ける音が虚しく響くだけだった。気まずいわけじゃない。でも、何を言葉にしていいかわからない。
グラスの結露でテーブルに水溜りができた頃に、ワズさんが辟易した顔で食堂に入ってきた。
「隊長……」
「……ギークには帰ってもらった」
ホシは席を譲るように立ち上がり、私の向かいの席にワズさんが腰を下ろした。
そして片手で合図して、ホシは食堂から出て行ってしまった。
気まずいわけじゃない。
でも、ワズさんと二人っきりで話すのは、少しだけ肩に力が入ってしまう。
「ミサキ、さっきギークが話した事だが……」
ワズさんの探りを入れるような口振りに、私は素直に乗ることにした。
多分、今しかない。
「私以外の人間、いるんですね……」
濡れたグラスに手を添えたら、ひやりと指先を水滴が滴った。
ワズさんは隠す様子もなく、静かに頷いてくれた。
「ああ──弐番隊にも保護施設がある。ギークの共有データを信じるなら、現在も人間は複数人いる」
「……私、弐番隊のあの人のこと、怖いと思いました」
「……介入が遅れてすまなかった」
「いえ──でも、怖いけど、気にはなるんです」
「ミサキ……」
「他の人間がどれだけいるのか、どんな人たちなのか、どんな暮らしをしているのか……なんで、こんな事になったのか……知ってる人が、いるかもしれないじゃないですか」
今の生活に馴染むことに必死で、目を背けていたことをつい口にして、私は俯いた。
ワズさんに言うことじゃないって、言葉にした後に気づいてしまった。
「……ごめんなさい」
「いや……むしろミサキがそう思うのは自然だ。俺たちから聞いても納得できないことがあることも理解している──だが弐番隊へ行く意思は尊重したいが、俺自身は賛成はしない」
「人間が希望したら他の隊に行けるって話を聞いたんですけど……」
「それは完全に移籍する前提の話であって、本来ならそう易々と他の隊を行き来するものではない。移動都市同士の並走距離など──いろいろあるからだ」
「……じゃあ、私が弐番隊の人間に会いたいって言ったら……壱番隊から出ていかなきゃいけないんですか?」
「俺はそうは思わないが……ギークがそう解釈しかねないんだ──あいつは悪意なく言葉尻を捉えるからな」
弐番隊へ行くリスク。それをワズさんの口から聞けてよかった。
きっとホシや壱番隊のアルマのみんなは、説明よりも先に反対しただろうから。
「ミサキ──弐番隊へ行きたい気持ちは尊重する。だが一人では行かせない。行くなら俺とホシの三人で──それが俺の許容範囲の限界だ」
「……わかりました」
まだ行くとも行かないとも決められないのに、ワズさんはどちらでも良いように考えてくれている。
私は口では返事をしたのに、胸の中では何も決められていない。




