第六話 小昼の軽雨
ワズさんに保護してもらったあの日から、数日が経った。
ホシが案内してくれた私の部屋は、良く言えばナチュラルテイスト。悪く言えば質素。
居心地は悪くない。ベッドはふかふかだし、ソファーも座り心地のいい固さ。
強いて言うなら、窓が無いことが不満点かな。朝か夜か起きた時にわからないから、時計を見るのが面倒なくらい。
でも、それ以外はなんの不自由はない。
朝起きたら部屋の電気をつけて、クローゼットから好きな服を選ぶ。
そして洗面台で顔を洗って、簡単にメイクをしたら食堂へ向かう。
もうホシがいなくても道に迷うことはない。
「おはよう、ミサキちゃん」
「おはようございます」
「あ、ミサキだ。おはよー」
「おはよう〜」
通路で通りすがりのアルマ達と挨拶することも、もう初日のような気まずさはない。
みんな気さくに声をかけてくれる。
「おはようミサキ! 今日の朝ごはんは何がいい?」
極めつけは、食堂のアルマのお姉さん。
このアルマは私が食べ物を注文することに、すごくオーバーリアクションする。
「んー、軽くパンとオレンジジュースで……」
「ダメ! 炭水化物だけじゃなくてタンパク質を摂らないと! パンはコッペパンにして卵とサニーレタスを挟むけどいいね!?」
「え〜……」
「デザートにフルーツヨーグルト出してあげるから」
「……じゃあ、お願いしま〜す」
私が折れるのは、いつものこと。
「じゃあすぐに用意するね! きゃ〜! 今日も注文取っちゃった〜!」
「もう……昨日も同じこと言ってんじゃん」
「だってアルマは食事が不要だから誰も注文してくれないんだもん!」
「それも何度も聞いたよ〜」
これも、もはや毎朝の日常になってる。
私はやれやれと笑いながら、ふと広い食堂を見渡した。
カウンター席の他に、ソファー席がたくさん用意されたこの食堂が、いつか人間で席の取り合いをするような日が来るのだろうか。
ワズさんやホシたちの口振りからして、私が生きているうちに他の人間に会えることはなさそうだけど。
それでも、この食堂が人間で賑やかになるのは、ちょっと見てみたいな。
「はい、お待たせミサキ! オレンジジュースは搾りたてだから美味しいよ」
「ありがとう──それも毎日聞いてるよ」
「あはは、でもミサキには何度でも言いたくなるんだもん。美味しそうに食べてくれるしさ」
「そうかな? 普通だよ」
「いーや、違うね」
「なにそれ〜」
他愛もない会話をしながら朝食を食べる。これが今の私の毎朝の日常となっている。
「今日はこのあとどうするの?」
「んー……温室に行こうかなと思って。意外と花を植えたり土に触るの楽しくなってきたし」
「最初は虫にビックリして腰を抜かしたんだって?」
「ちょ、言わないでよ!」
「もうみんな共有データとして知ってるんだから今更でしょ?」
「それもズルい! ホントに恥ずかしいんだけど!?」
私はテーブルを叩きながら抗議するけど、ニヤニヤしながらあしらわれて、顔が熱い。
「残念ながらアルマの特権で〜す」
これがワズさんやホシにも知られていることも、悔しいけど恥ずかしい。
こういうところが、みんなが人間じゃないんだって思い知らせてくるから嫌なのに。
「最近はホシも忙しいみたいだし、ワズさんもあまり見ないし……今日は温室。もう今日は花の世話するの」
「あ〜……隊長も副隊長も今はちょっとね……」
「なにかあったの?」
「弐番隊が移動都市をウチに近づけてるらしいから、警戒してるの」
「……にばんたい?」
「ウチは壱番隊でしょ? 他にも隊があって、全部で五つあるのよ」
「そんなにあるんだ」
「やってることは同じ……のはずなんだけどねぇ……」
歯切れの悪い言葉に、私は首を傾げた。
「人間は本人の希望で他の隊へ移ることもできるんだけど、あたしとしては……ミサキには弐番隊には絶対に行って欲しくないかな」
苦虫を噛んだような顔で言われて、思わず返す言葉に詰まった。
「……絶対、なの?」
「うん。絶対。譲歩しても参番隊ならギリ、ミサキが望むなら仕方ないって思えるけど。弐番隊はダメ。絶対に止めるから」
「そう……なんだ……」
よくわからないけど、他にも隊がある中で、弐番隊はダメらしい。
なんとも言えない空気の中、オレンジジュースのグラスの氷が遠慮なくカランと音を立てた。




