第五話 歓迎のメロンソーダ
緑豊かな温室の奥に人影が見えたので、私は軽く頭を下げた。声の届く距離ではないけど、無視するのも悪い気がしたから。
でも向こうは違ったようで、あからさまに動揺したような短い悲鳴と共に何か物が落ちる音がした。
「ホシ、あれって……」
「ああゴメン。みんなもうミサキが壱番隊に来たことは知ってるんだけど、久しぶりの人間だから緊張してるんだ……僕も最初はそうだったでしょ?」
自虐気味に笑いながら、ホシは次の施設へ私を案内した。
通路は段々と明るくなっていき、窓も増えてきた。
「みんな知ってるって、どういうこと?」
「? ああ──情報共有は隊の中で即座にされてるんだ。ミサキが来たことも、あまり固い接触は好まないことも、壱番隊の全員がわかってるよ」
「えぇ!?」
「ほら、一応僕たち人型兵器だから」
「その一言でなんでも済ませないでよ……」
「ミサキが難しいこと言うなって言ったからだよ」
「それは──そう、だけど……」
「ほらミサキ、ここが医務室。ちゃんと医療スタッフとしてアルマがいつもいるから、不調があったらすぐに来てね」
丸窓がついた鉄の扉の先は、清潔感あるおだやかな白い壁と、軍服の上着の下に白衣を着たアルマが、私を二度見した。
「あ──ホシくん! もしかしなくてもその方が!?」
「えっと……ミサキ、です」
「はじめまして。これからよろしくね──どんな小さな悩みでも、ちょっとでも不安を感じたらここに来てかまわないからね」
「あ、はい……これからお世話になります」
「うんうん。遠慮はいらないからね」
ワズさんよりも年上に見えるおじいちゃんだけど、気さくな感じでいいかも。
軽く自己紹介をした後、ホシは他にも壱番隊の中を案内してくれたけど、全部ではなくて、私が使うことがありそうな場所ばかりだった。
でもたしかに、私が区画整備室を知っててもどうしようもないもんね。
それよりも道中で会うアルマたちが声をかけてくれるけど、みんな同じではなく、人間みたいに個性があることに気がついた。
「こんにちはー。これからよろしくお願いしまーす」
「わぁ〜! 人間さんだぁ〜!」
「えぇ!? わっ! 人間!? よ、よろしくお願いします……!」
「……よろしくな」
歓迎されてる感はあるけど、なんか不思議な感覚。
こんなに見た目も話し方もみんな違うのに、人間じゃなくて人型兵器だなんて、言われなきゃわからないよ。
「たくさん歩いて疲れたでしょ? 次に案内するのは食堂だから、少し座って休憩しよう」
ホシに連れられて食堂へ入った第一印象は、よく見るチェーン店の内装。
よく友達と放課後に寄って食べてたなあ、なんて、昨日のことが不思議と遠いことに思えた。
「調理は専属のアルマがやってくれるから、ミサキは食べたい物を言うだけで良いよ。何か食べる?」
「んー……炭酸ジュースが飲みたい、かも」
正直に言うと、広い要塞の施設を回って歩いて、いろんなアルマに声をかけられて疲れている。
私はソファー席に座って背もたれにもたれかかりながら、上を向いて大きく息を吐いた。
「わかった。僕が伝えてくるね」
「……ありがとう」
ソファー席から離れたカウンターに向かうホシの背中をちらりと見て、小さくため息をつく。
いろんなアルマがいる。
でも、人間は私だけ。
そんな風には全然見えない。
それでも、少なくとも嫌われてるわけじゃなさそうで、みんな好意的に笑ってくれる。
「お待たせ」
ホシが細長い透明のグラスに、細かい氷が入った緑色の炭酸ジュースを持ってきてくれた。
ここで私はふと思い出した。
ワズさんが数百年ぶりの人間だと言っていたことを。
「……ホシ」
「? どうかした?」
「この飲み物……飲んでも大丈夫なやつ?」
「え!? メロンソーダ嫌いだった!?」
「そうじゃなくて……! そうじゃないんだけど! えっと、その……賞味期限とか……!」
「あ! そっち!? 大丈夫だよ、ちゃんとミサキが口にしても体調を悪くするような物じゃないし、都度生成……えっと、ちゃんと調理してるから!」
ホシの後ろでカウンター越しに女性アルマがオロオロしながらも力強く頷いているのが横目に見えて、私はすぐに頭を下げた。
「……ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、ちょっと……数百年ぶりってさっき言ってたのが気になっちゃって……」
「ミサキが謝ることじゃないから、頭を上げて。たしかにミサキからしたら数百年ぶりって言葉を聞いたら、壱番隊の設備や備品に不安を感じると思うし、当然の疑問だよ」
「でも……」
「うん。でも大丈夫。ちゃんと食べ物は管理されているし、ミサキが望めばこうやって炭酸ジュースも生成できる技術が壱番隊にもある。だから安心して」
ホシの優しさに、私は悪いことをしたと思いつつ、目の前のしゅわしゅわと弾けるメロンソーダを一口飲んだ。
それはいつも友達とチェーン店で飲んでいた味と何も変わらなくて、口の中でパチパチと弾ける炭酸の刺激に、少しだけ涙が出た。
「ミサキ、なんでも不安に思ったら今みたいに言っていいんだよ。僕たちはちゃんと応えるから」
ホシの優しい声に、私は照れ隠しも込めてホシの頬を人差し指でつついた。
何をされているのかわからないと目を丸くするホシの頬は、少しだけシリコンの感触がした。
それだけが、少し寂しかった。




