第二十一話 五百年前
ヒスリエと名乗ったアルマは、ホシよりも高く、後ろから走ってきたワズさんよりも背が高かった。
そのせいなのか、常に目は伏し目がちで、長い睫毛が蛍光灯に当たって白く見えた。
本当に彫像みたいな、人っぽく見えないアルマだと、私は息を飲んだ。
「ヒスリエ、遅れてすまない」
「ワズ──構いません。今から彼らにも話を聞くところでした」
優雅に掌をこちらに向けられて、所作の美しさに目が釘付けになってしまう。
ワズさんはホシと私を見るなり駆け寄ってくれたけど、私はヒスリエから目が離せなかった。
その視線に気づいていると言わんばかりに、ヒスリエは両手を前で重ねて、静かに微笑んだ。
「まずは貴女に説明しなければなりません。壱番隊と弐番隊の争いの経緯と、その発端を──」
「ヒスリエ!」
静かに響く凛とした声に、ワズさんが振り返って止めようと声を荒げた。
でも、ヒスリエは首を横に振った。
「いいえ。知る必要があります。あの時と状況が違う以上、彼女にも知る権利があり、そして知った上で今後を決めることが大切なのですから」
ヒスリエはあくまでも冷静だった。
ワズさんもホシも、何かを考えるような顔をした後、静かに頷いた。
それを確認してから、ヒスリエは静かに語り出した。
「今から五百年前──壱番隊には一人の人間が保護されていました。名はサユリ。貴女よりも少し年上の女性でした」
「サユリ……」
「ええ──サユリはとても大人しい性格で、特に繊細でした」
ヒスリエは姿勢を崩さずに、凛と立ったまま続けた。
「一方で、その頃の弐番隊には保護された人間はゼロ──全くいませんでした」
「……えっ?」
「今でこそ弐番隊には多くの人間がいますが、当時は誰もいなかったのです。参番隊はいつも移動都市の場所を明かさず、肆番隊は常に伍番隊の近くを走るため、ギークは一番近い壱番隊を、狙ったのです」
「狙った……」
「ええ──貴女にしたように、ギークはサユリを強引に弐番隊へ移送したのです。サユリの意思を尊重せずに」
「……私と、同じ……」
「サユリは弐番隊での生活に馴染めず、壱番隊はサユリの奪還のために弐番隊へ攻撃をし、その争いの中で、サユリは心身共に深く傷を負ってしまったのです」
ヒスリエはそこで少しだけ顔を俯かせた。
「今回以上の損害が、壱番隊にも弐番隊にも出ました。わたくしたち伍番隊が介入して、やっと被害が止まるくらいに。当時の弐番隊に他の人間が保護されていなかったことが不幸中の幸いと言えるでしょう」
皮肉には聞こえなかった。
でも、それでも、ワズさんとホシは悔しそうに顔を歪ませた。
「……そんな中で、サユリさんは……?」
「弐番隊副隊長ロゴロが保護したとはいえ、転倒による軽い裂傷を負いました。ですが、それ以上に心に深い傷を、彼女は負ってしまいました……サユリはその後は壱番隊ではなく、伍番隊にて療養させたのですが──心の傷は治らぬまま、三年後に病死しました」
「病死……伍番隊で……?」
私は伍番隊を疑う意味で言ったわけじゃない。
サユリさんが、壱番隊に帰られないまま死んだことに驚いただけ。
可哀想とかそんな軽い気持ちじゃない。
サユリさんの気持ちとか考えは全然わからないし、知らない。
それでも、きっと怖かったんだろうなってことは、私でもわかる。
「伍番隊は療養施設に特化している──当時のヒスリエの判断は間違ってはいなかった」
ワズさんは補足するように教えてくれたけど、納得はしていない顔をしている。
「……わたくしも、今となってはどちらが正しかったのか断定はできません。ですが、あの時の最適解はあれしかなかった──そうとしか言えません」
「いや──ヒスリエに異議があるわけではない……当時の俺自身を許せないだけだ」
「ワズ……貴方の後悔は当然のことです」
ヒスリエは軽く咳払いをして、話を戻した。
「わたくしは仲裁として間に入り、壱番隊と弐番隊、どちらにもペナルティを下しました」
「壱番隊にも?」
「ええ──弐番隊が全面的に悪いとはいえ、護りの壱番隊が易々と人間を奪われるなど赦されません。わたくしは壱番隊に"五百年、人間の保護の制限"を下しました」
「つまり、壱番隊は五百年の間、人間を保護してはならないということだ」
「そんな……!」
「次に、弐番隊には"他隊の人間の意思を尊重せずに移送することを禁じる"ことで、その時は両隊長も納得の上で締結しました」
「ワズさん、なんで……壱番隊の方がペナルティが酷いのに」
「ミサキ……当時の壱番隊の被害と、人間を保護する体制を整える事を考えたら、妥当だと判断しただけだ」
「……僕も復帰に数日かかるほど、壱番隊は被害が酷かったんだ」
「ホシ……」
当時を思い出しているのか、ワズさんもホシも悔しそうに唇を噛んで、拳を握りしめて震えている。
「ギークは五百年の間、締結は守りました──貴女の件で今回、それが揺るぎましたが……」
「……私のせいってことですか」
「いいえ。貴女は被害者であり、証人です」
「しょうにん……?」
「そうです──ギークは貴女の意思を尊重せずに、貴女を弐番隊へ移送しましたか?」
ヒスリエの質問に、私はごくりと生唾を飲み込んだ。




