第二十話 天雷の天使現る
最初は何が起こったのかわからなかった。
ホシがギークと睨みあったと思ったら、いきなり瞬間移動して、大きな音がしたから。
それは大きな風船が破れた音みたいで、肩が跳ねた。
「きゃっ……!」
私の目で追えない速さで何かが起きている。
それが怖くて、強く目を閉じて耳を塞いでいた。
でもすぐに床に硬いものが叩きつけられたような振動を感じて、恐る恐る目を開けた。
「……自分たちの負けです。隊長」
いつの間にか私の前にしゃがんでいたロゴロの力のない声の先を見て、やっと肩の力が抜けた。
ホシがギークを倒してくれただけじゃない。
ホシが私を壱番隊に帰してくれるって、実感がわいたから。
帰れるんだって思ったら、涙が勝手に流れてた。
「ミサキ!? 怪我はない!?」
「ない……ちがっ、ちがぅ……これ、勝手に……!」
駆け寄ってくれたホシが心配してしゃがんで、私に怪我がないか忙しなく視線を動かす。
それを横目に、ロゴロがゆっくりと重たそうな体をこちらに向けた。
「……緊張状態から安堵した反応です。怪我はないでしょう──壱番隊副隊長、自分たちは負けました。弐番隊副隊長として、弐番隊の攻撃指示は中止させます」
ロゴロはそう言ってこめかみに手を当てた。
それを確認してから、ホシも同じようにこめかみに手を当てた。
「では──壱番隊副隊長として、壱番隊も攻撃を止めます。元凶は……沈黙させたので」
「……ありがとうございます」
「弐番隊にも保護された人間がいることは、壱番隊もよくわかっています……過度な破壊は誰も望んでいません」
「……被害が障壁だけと報告がきています……壱番隊らしいですね」
「それはこちらも同じです……迎撃部隊の少なさは貴方の指示ですね?」
「……隊長の指示を理解して伝達するのが、自分の役割ですので──配分に関しては任されていました」
「……おかげで壱番隊の被害は軽傷で済みました」
二人が難しいことを話している間に、私は少しずつ涙が落ち着いてきた。
手で涙を拭って、ホシの服の袖を強く掴んだ。
もう安全だってわかってても、怖いものは怖いから。
「ミサキ、すぐに帰れるから。もう少しだけ待ってて」
「……うん」
後処理がある。
そう言ってホシとロゴロはこめかみに手を当てて、誰かと話しているかのように視線が動く。
「……ごめんなさい」
「──ミサキ?」
「勝手にいなくなって……ごめんなさい……」
ホシの服の袖をギュッと掴みながら、私は俯いたまま謝った。顔を見れない。
迎えに来てくれたことは嬉しい。けど、私は壱番隊のみんなに迷惑をかけてしまった。
そう思ったら、最初にギークの話をつっぱねられなかった自分のせいだって、気づいた。
「違います」
すぐに否定したのはロゴロだった。
「隊長の独断と、隊長による自分に都合のいい解釈の結果です──自分たちのせいであり、あなたにはなんの落ち度もありません」
「でも……」
「そうだよミサキ。ミサキのせいじゃない──むしろ、目を離してごめんね……誰かしら護衛をつけておくべきだった……」
「ちがっ──壱番隊のみんなのせいじゃない!」
「そもそもは他隊が保護した人間に声をかけた隊長の越権行為が発端です──それ以外は誰のせいでもありません」
ロゴロのキッパリとした言葉に、ホシも私も何も言えなかった。
発端は、たしかにギークが来たから。それは間違いない。
でも、それでも、ちゃんと断らずに迷ったのは、間違いなく私自身なのに。
「今回の件は伍番隊も介入してくるでしょう──弐番隊は全面的に非を認めます」
ロゴロはそう言って、よろめきながら立ち上がった。
そして倒れたまま動かないギークの腕を掴み、肩を抱え上げた。
「伍番隊が来るまでに隊長は拘束しておきます。伍番隊が来た時に暴れられては面倒ですから……」
疲れた声でため息を吐くロゴロに、意外にもホシが小さく笑った。
「副隊長、五百年前から変わりましたね」
「……それはあなたも同じでしょう──良い右ストレートでした」
お互いに自虐的に笑い合う二人に、私は首を傾げた。
「ホシ……五百年前に、何があったの?」
ずっと気になっていた。
壱番隊と弐番隊の間で交わされる、五百年前のナニか。
ギークは五百年ぶりに壱番隊に人間が来たからと言って、私に声をかけた。
壱番隊のみんなは、弐番隊に否定的だった。
他の隊にも人間がいるのもわかった。
でも、何があったのかは、わからないまま。
「……ミサキは、気になるよね……」
ホシは複雑そうな顔をしたけど、誤魔化すような素振りは見せなかった。
むしろ、どこから話そうかと言葉を選んでいるように、唇がもごもごと動いていた。
「壱番隊副隊長ホシと、壱番隊管轄の人間の方、ですね?」
凛とした声が、ホシの背筋をピンと伸ばした。
通路の曲がり角からヒールの靴音を鳴らして現れたのは、見上げるほど高くて、そして彫刻のように綺麗な女性だった。
「わたくしは伍番隊隊長のヒスリエと申します──今回の壱番隊と弐番隊の争いの仲裁のため、お二人からも話を聞かせていただきたいのですが……よろしいでしょうか」
圧倒される美しさに、私は開いた口が閉まらなかった。
白いレースが羽のように見えるローブをまとうヒスリエというアルマは、とても大きな天使のように見えた。




