第十七話 遠雷の如き流星
ひとしきり泣いた女の子は、疲れたと言って、部屋のベッドで眠ってしまった。
他に人がいないこの部屋で、私は柔らかい床の上で膝を抱えていた。
一時間なんて、きっともう経っているはず。
なのに、誰も扉を開けてくれない。
「……ワズさん、ホシ……みんな……」
段々と心細くなってきて、泣きそうになった時だった。
扉の鍵が開く音が聴こえた。
「──っ!」
たまらず扉に向かって走り出した。
開けるのがギークでも構わない。
私は、ここから出て、壱番隊に帰りたいんだ。
でもゆっくり開いた扉の先にいたのはギークではなく、真っ白な防護服のアルマだった。
思わず私は足を止めて、身構えた。
「──誰?」
「……弐番隊の副隊長のロゴロと申します。あなたが、壱番隊から見学に来た人間で間違いありませんか」
「……そう。ミサキよ」
開いた扉を隔てて、外にいるロゴロと名乗った防護服のアルマは、内側にいる私に手を差し出した。
「あなたが壱番隊へ帰りたいのであれば、自分はそのお手伝いができます」
「それ──本当?」
「……隊長へは自分が報告します」
防護服越しに胸をギュッと握るアルマの言うことを、私は信じてみることにした。
この扉から出ていくチャンスは、逃したくない。
チラリと背後の部屋で眠る女の子に視線を向けたら、ロゴロに小声で制された。
「今は時間がありません」
「でも、あの子も──」
「壱番隊がここへ襲撃に向かっています。自分も混戦の中では人間を二人同時に守れません」
「……わかった」
私は、胸が締め付けられたけど、一人でロゴロの後に着いていくことにした。
後でワズさんにお願いして、助けに来るから。
そう心の中で謝った。
「壱番隊が襲撃に来るって、本当なの……?」
薄暗く細い、ダクトのような道を歩きながら小声でたずねると、前を早歩きで進むロゴロは早さを緩めずに、それでも教えてくれた。
「はい──あなたの不在に気づいたのか、それとも隊長が、壱番隊の隊長に的外れな連絡をしたのか……ともかく壱番隊が武装して近づいて来ているのは確実です」
「なんで武装なの……」
「……前例があるからです」
「前例?」
「五百年前にも、似たようなことがあった……それだけです」
歯切れの悪いロゴロの背中は、それ以上は聞くなと言っているようで、私は言葉を飲んだ。
直後に、立っていられないほどの衝撃が建物にはしった。
大きな揺れと真上からの轟音に、思わず体を丸めて耳をふさいだ。
「──壱番隊の襲撃、ですね」
「え……」
高い連続した電子音が聞こえると顔を上げたら、ロゴロが私に覆い被さるような姿勢で、落ちてきた蛍光灯を片手で掴んでいた。
「お怪我はありませんか?」
「……はい。あの、ありがとうございます……」
ロゴロが守ってくれなかったら、きっと頭に蛍光灯が落ちて割れていた。
想像して首筋が冷える。
「礼は不要です。アルマとして当然の行動に過ぎませんから」
「……これは、ギーク──弐番隊隊長の、命令なんですか?」
さっきほどではないまでも、揺れや振動が響く中、ゆっくりと歩き出したロゴロの背中に、私は不安を投げた。
でも、ロゴロは振り向くことなく、あっさりと返してきた。
「いいえ──自分の自己判断です」
揺れて歩きにくくなってきたら手を差し伸べてくれるロゴロの顔は、防護服のせいでよく見えない。
それでも、ロゴロなりの考えがあるんだと、強く握られた手から伝わってきた。
「ここから広い通路に出ます。壱番隊と弐番隊の交戦はまだここまで来ていないと予測できますが、安全のため、自分より前に出てこないでください」
あちこちで重たい物がぶつかり合う爆音や振動が響く中、私は何度も頷いた。
こんな中でアルマであるロゴロより前を歩く度胸なんてない。
豪速球の球が飛び交う中を裸で歩くようなものじゃん。
「ロ〜ゴ〜ロ〜?」
聞き馴染みのある、笑い混じりの声に、私はすぐにロゴロの後ろに隠れた。
「……隊長」
「なにしてんの?」
「壱番隊の襲撃に備えて、安全確保のため移動させています」
「ふぅ〜ん」
ロゴロの背中に引っ付いていたけど、後ろ手にロゴロは私を軽く突き飛ばした。
それは離れろという意味なのか、逃げろという意味なのかわからないまま。
私の視界からロゴロの背中が消えた。
遅れて右後ろから大きな衝撃音が聞こえて、肩が跳ねた。すぐにしゃがんで体を丸めるけど、私には何も当たらない。
恐る恐る後ろを見たら、通路の奥の壁に、ロゴロがめり込んでいた。
「ひっ──!」
思わず尻もちをついたまま後ずさったら、背中に何かがぶつかった。
「あはは、違うじゃんロゴロ──そんな命令、誰がいつ指示したって言うのさ」
「──っ!」
私がぶつかったのは、ギークの右脚だった。
高音のモーター音が鼓膜に響く。
ギークの体勢は、たしかにロゴロを蹴り飛ばした直後そのものだった。
「あのくらいじゃボクたちは壊れないから安心していいよ。人間ちゃんは怪我するから蹴らないし」
まるで邪魔だったから軽く蹴ったくらいの感覚で、軽快に笑うギークを前にして、私は膝が笑って立てなかった。
怖い。
考えが違う。
理解できない。
必死に逃げようと震える手で後ろに後ずさるけど、うまく手も足も動かせない。
「ほら、ロゴロに長時間歩かされて疲れたんじゃない? 部屋で休んでていいよ」
ギークが笑っていることは、もう顔を見なくても声でわかる。
あんな話の噛み合わないヤツに飼われるのは嫌だ。
必死に這うように逃げても、すぐにギークの白衣の端が視界に入った。
「──ミサキ!」
ギュッと目を瞑った時に、遠くからでもよく通る声が、私の耳に確かに届いた。




