第44話 星を見るふり、君を見てた
どこかで、誰かの恋がはじまる
高台にある市営天文台、その屋上ドームで、天体観測部の活動は、いつも夜遅くまで続いていた。
「今夜は透明度が良いですね、先輩」
部員の後輩、望月陽菜は、望遠鏡を覗き込みながら、隣に立つ部長の宗方蓮に声をかけた。三年生の蓮は、この天文台での活動歴も長く、部内では頼れる存在として慕われている。
「ああ、今日は木星の縞模様も、はっきり見えるはずだ」
蓮は慣れた手つきで望遠鏡の角度を調整しながら、陽菜に順番を譲った。
「わあ、本当だ! 縞模様、こんなにくっきり見えるの初めてです」
陽菜の弾んだ声に、蓮は思わず口元を緩めた。星を見るときの彼女の無邪気な表情を見るのが、実は蓮の密かな楽しみになっていることを、当の本人はまだ気づいていない。
* * *
観測の合間、二人はドームの外の展望デッキで、休憩を取っていた。夜風が心地よく吹き抜ける中、満天の星が二人の頭上に広がっている。
「先輩は、どうして天体観測に興味持ったんですか」
「昔、祖父に流れ星を見せてもらったのがきっかけだな。あの一瞬の輝きに、なんというか、心を持っていかれた」
「素敵な理由ですね」
陽菜は星空を見上げながら、そう呟いた。その横顔を、蓮はしばらく見つめていた。
「陽菜は? なんで天文部に入ったんだ」
「私は、単純に、星が綺麗だなって思ったからです。それに――」
「それに?」
「なんでもないです。恥ずかしいので秘密です」
はぐらかすように笑う陽菜に、蓮は少し気になったが、それ以上は聞かなかった。
* * *
数週間後、部活動の一環で、遠方の高原まで遠征観測に出かけることになった。都会の光害から離れた場所で見る星空は、これまでとは比べ物にならないほど、鮮やかだった。
「先輩、見てください! 天の川、こんなにはっきり見えます!」
興奮気味の陽菜の隣で、蓮は満天の星よりも、彼女の輝く表情の方に、より強く目を奪われていた。
「陽菜」
「はい?」
「前に聞いた質問、覚えてるか。天文部に入った理由」
「あ、あれですか。……別に、大した理由じゃないので」
「聞かせてくれないか。今なら、ちゃんと聞きたい」
蓮の真剣な様子に、陽菜は少し戸惑いながらも、やがて観念したように、小さく息を吐いた。
「……正直に言うと、先輩が天文部の見学会で、楽しそうに星の話をしてるのを見て、興味を持ったのが、本当のきっかけです」
「それって」
「はい。星が好きになったのも、本当ですけど……たぶん、最初のきっかけは、先輩でした」
満天の星の下、陽菜の告白に、蓮はしばらく言葉を失っていた。それから、静かに、しかし確かな熱を込めて答える。
「実は、俺も、似たようなものだ。陽菜が入部してから、星を見るときの陽菜の表情を見るのが、いつの間にか、観測そのものより楽しみになってた」
「先輩……」
「陽菜のこと、後輩としてじゃなく、ちゃんと、一人の女の子として、好きだ」
星明かりの下、まっすぐな告白が交わされた。陽菜は、涙ぐみそうになるのを堪えながら、小さく頷いた。
「私も、先輩のこと、ずっと好きでした」
二人は、満天の星に見守られながら、静かに寄り添った。天体観測部の活動は、これからも続いていくが、二人にとって、星空はもう、単なる観測対象ではなく、大切な思い出が刻まれた、特別な景色になっていた。
「今度から、星を見るふりして、陽菜のこと見てたのも、バレてるかもな」
「気づいてました、実は、最初から」
夜空に瞬く無数の星々が、二人の新しい始まりを、静かに祝福していた。




