第33話 一幕物「舞台袖の恋」
どこかで、誰かの恋がはじまる
【登場人物】
・和泉いずみ蒼あお(演劇部、二年生。舞台美術担当)
・柊ひいらぎ雫しずく(演劇部、二年生。主演女優)
【場面】
高校の体育館、舞台袖。文化祭の演劇公演を翌日に控えた、放課後の静かな時間。書き割りの背景画と、小道具が雑然と並んでいる。
*
(舞台袖に、蒼が一人、背景画に最後の彩色を施している。そこへ、衣装のまま雫が駆け込んでくる)
雫 「蒼くん、まだ残ってたの? もう七時過ぎてるよ」
蒼 「ああ、この空の色、明日までに仕上げときたくて。……雫こそ、なんでまだいるんだ」
雫 「セリフの最終確認。明日の本番、失敗できないから」
(雫、蒼の隣に座り込み、背景画を眺める)
雫 「この夕焼けの色、すごく綺麗。蒼くんが描いたの、いつも本物の空みたいで好き」
蒼 「(照れくさそうに)そんな、大したことじゃない」
(間。舞台袖に、二人分の沈黙が流れる)
雫 「ねえ、蒼くん。この劇のラストシーン、覚えてる? ヒロインが、ずっと言えなかった気持ちを、幼馴染に伝える場面」
蒼 「ああ、覚えてる。あのシーン、雫の演技、リハーサルの時点でもう鳥肌立った」
雫 「実はね、あのセリフ言うとき、いつも蒼くんのこと思い浮かべてた」
(蒼、驚いたように顔を上げる)
蒼 「……それ、どういう意味だ」
雫 「そのままの意味。台本の中の告白シーン、演じるたびに、本当に伝えたい相手のこと、考えてたってこと」
(雫、まっすぐに蒼を見つめる。舞台袖の薄暗い照明が、二人の影を長く伸ばす)
雫 「蒼くん、私、ずっと好きだった。舞台美術で頑張ってる姿、いつも見てて、気づいたら、目で追ってた」
(蒼、しばし絶句。それから、意を決したように、背景画の筆を置く)
蒼 「――俺も、同じだ。雫が舞台に立つたび、誰よりも輝いて見えて、それがずっと、悔しくて、嬉しくて」
雫 「悔しいの?」
蒼 「舞台の上の雫を見てるだけしかできない自分が、悔しかった。……ずっと、本当は、隣に立ちたかった」
(雫、微笑みながら、蒼の手をそっと取る)
雫 「じゃあ、これからは、隣にいてよ。舞台の上じゃなくても、いつも」
蒼 「……ああ。約束する」
(二人、しばし見つめ合う。舞台袖に、夕焼けの背景画だけが、静かに二人を照らしている)
雫 「明日の本番、絶対成功させようね」
蒼 「ああ。俺の背景画に、恥じない演技、頼むぞ」
雫 「(笑って)注文多いなあ」
(暗転)




