巫女たちと女騎士と守護獣、それぞれの建国祭前夜
楽しんでいただけたらうれしいです!
《オルナ、この娘は本当に巫女なのかしら?》
スウォルの爆弾発言だった。
「それは、どういう意味でしょうか?」
《アタクシの声が届いていないのよ。巫女なら必ず聞こえるはずなのに》
まさかそのせいなのか!?
あたしも気になってた。ルクシラ、あの女ならスウォルの泥棒猫発言が聞こえたら絶対反応するはずだ。なのにあの怯えてる状態はおかしい。スウォルの声が聞こえていないことはわかったけど、まさか巫女じゃないから届いてないなんて。
「資格、喪失?」
「ルクシラが、まさか」
七年、本神殿で巫女やってきたけど資格喪失で巫女じゃなくなったヤツをみたのは初めてだ。あたしが覚えてないだけってコトもあるかもしれないけど。
「そ、そこに誰かいるの!?」
あたしたちの声がうっすら聞こえたのだろう。ルクシラの悲鳴のような声がした。
《オルナ、ちゃんと姿を見せてあげたら〜? きっと泣いて喜ぶに違いないわ〜》
うわぁ、厭味ったらしいな。スウォルの顔は見えてないけど、きっとニッタニッタ嗤ってそうだ。
そんなもんゼッテー喜ばねぇよ、あの女。それどころか。
「ええ、参りましょう」
「行くのかよ!?」
少し考えた風だったオルナはすっと頭を上げたかと思うとスウォルの前へ出た。
「みこっ、オルナっ!?」
ルクシラは現れたのがオルナだとわかると、驚いてから床に座り込んだまま、巫女にあるまじき姿勢だったのを脚だけ揃えて取り繕った。
「無様な格好ね、ルクシラ。あなた、なぜそのような状態なの?」
「その獣に襲われかけたせいよ! そ、そうよ、あなたがけしかけたのでしょう!?」
《愚かな娘ね。てんで見当違いで笑っちゃうわ》
「ほ、ほらっ!! またわたくしにむけて唸り声をあげたわ!」
確定だ。
ルクシラにはスウォルの声が聞こえていない。けど、そうすると。
「ルクシラ、いまのが唸り声にしか聞こえなかったのね」
「当たり前でしょう!? 獣の言葉なんて分かるわけないじゃない!」
あたしにはオルナの顔は見えない。けど、わずかに肩が下がったのがわかった。
「そうよ、あなたを追い出して正解だったわ! こんな邪悪な獣を神聖な女神の神殿に連れ込むなんて、巫女の資格すらなくしたのでは!?」
そりゃテメーだよ!
「そうですか。もうあなたと話すことはありません」
ああ、オルナはルクシラをあきらめたみたいだ。
巫女の資格を失っただけじゃない。人としての心も、こいつは失くしかけてる。
《オルナ。あと少しで日付が変わるわ》
「そうですね、参ります」
《リアはオルナと礼拝堂へ行くといいわ。この際だから巫女長の役目を見学するといいんじゃないかしら。ティナは、ここでこの娘の見張りを》
「なに?」
《大丈夫、アタクシがオルナとリアの護衛をするから安心なさい》
なんか腑に落ちねーけど!? なんだよこの際だからって!
「ちょっと! どこに行くって言うのよ!?」
動き出したあたしたちに、ルクシラは焦ったように声をかけてきた。まだ身動きとりづらそうだけど、必死に身体をちょっとずつずらしているようだ。
「まもなく神殿の建国祭がはじまります。わたくしは巫女長として礼拝堂へ行かなければなりません」
「待ちなさいよ! それならわたくしが行くべきでっ」
「あなたにその資格がないからわたくしが行くのですよ。ティナさん、すみませんけれど」
「ああ。お前の相手はわたしだ」
不機嫌なティナがルクシラの前に立ち塞がった。
「巫女長オルナ、リアを頼む」
《ちょっと! オルナも守られる方!》
オルナに手を引かれて執務室を出て、スウォルとともに礼拝堂を目指すその間、あたしはティナにスウォルの声が聞こえていることについて不思議に思っていたのに、いろんなことが立て込んでそれ以上考えることをやめてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「むぐーっ!」
「あなたにとっては不本意だろうが、これは八つ当たりだ」
ティナは机にどかりとすわり、ルクシラを睥睨した。
彼女は不機嫌の極致だった。腰が抜けて立ち上がれないルクシラの口を布でふさいで、椅子に座らせ、隣室の寝台にあった寝具でぐるぐる巻きに拘束してしまうほどに。
その手際は見事だ。騎士団では市中を巡回して掏摸や掻っ払いを捕まえたり、盗賊の捕縛もこなした。素人の女一人苦痛を感じさせずに拘束しておくことなど容易い。が、少しきつめに巻きつけてあるので多少の痛みはあるかもしれない。八つ当たりだから。
その理由の筆頭はリアと引き離されたこと。
《本当はアナタにリアとオルナの護衛をしてもらうのがいいのはわかってるのよ、本当よ。でもアタクシがココに残ってもこの娘と意思疎通ができないじゃない? それじゃあ意味がないでしょう?》
腹は立つがまぁ、理はかなっている。
《それに、巫女ではないアナタは礼拝堂に入っちゃダメなの。きっと入れると思うけど》
そう、きっとティナは大丈夫なのだろう。
巫女なら聞こえるスウォルの声が聞こえる、それすなわちティナには巫女の資格がある、ということだ。
けれど、ティナは巫女ではない。
《アナタがどうして巫女になっていないのか、そこはアタクシが関わるべきじゃないと思うから言及しない。それと引き換えでここは折れてくれない?》
やむを得ないか、とティナはスウォルへ思考を返す。
必ずリアを守れ、と。
《守護獣の名にかけて、アタクシが必ず守るわよ》
「巫女長オルナ。リアを頼む」
《ちょっと! オルナも守られる方! アタクシが守るって言ってるでしょ!?》
去っていく気配に、お前も信用しきれないからな、とティナは内心で吐き捨てた。
ティナは忘れていなかった。初対面でスウォルがリアを「ソレ」扱いしたことを。心が極めて狭いと自分でも分かっているが、ティナにとっては許せないところだ。
「さて、あなたとの関わりが一番遠いわたしがどうしてここにいるのか、きっと不思議に思っているだろう。それはあなたへ説明をするためだ」
ルクシラがぐるぐる巻から逃れようと奮闘しているのをティナは黙って眺めていたが、ルクシラに疲れが見えてきた頃に話し出す。思ったより暴れなかったことに少し不満なまま。
「あなたが邪悪な獣と呼んだアレは守護獣、地虎スウォル」
ルクシラの目が大きく見開かれた。
守護獣、地虎の存在くらい知っていたのだろう。
「この神殿、いや領都の地下深くには洞窟が広がっていてね、あれはそこに棲んでいる。わたしたちの目的を知った巫女長オルナが会わせてくれたんだ」
ティナは、実のところオルナもいまだ許していない。
理由があったとしても、自分とリアをあんな目に合わせたことについてなにかしら報いを受けてもらおうと思っている。けれどそれはこの女、ルクシラの前では出さない。地下に落とされたなんてことは言わず、オルナを巫女長として立てる。それがこの女にとってダメージになるだろうから。実際その眉間に皺が寄っているし、ティナを睨みつけている。
「巫女長オルナから聞いた。あなたは彼女を長たる資格ナシとして領都の外れのある場所に監禁したそうだな。その理由が神殿の風紀を乱した、と」
少し言葉を切って、ティナはルクシラの目をまっすぐ見据えた。それまでティナを睨みつけていたその目がわずかに泳ぐ。
「風紀を乱したとする事例が、わたしたちが訪れて巫女長がそれを受け入れたからだと言ったそうだが、そんな些細なことで巫女長の資格なし? お前たち、器が小さすぎないか?」
「うぐぅぅーっ!?」
さすがにプライドを刺激されたか、顔を怒りで真っ赤にしてルクシラが唸っている。
「事実だろう。ここを訪れる人々の話を聞いたりすることも巫女の役割じゃないのか? それをあなたは自分の一存だけで追い返した」
なにか言いたげなルクシラ。しかしティナはその意を汲む気は一切なかった。
「あなたは巫女失格だそうだよ」
この言葉にルクシラがこれまで以上の反応を示した。血走った目、動かない体をひたすら捻じり震わせて全身でティナの言葉を否定しようとしている。
「地虎の声が聞こえたか? 唸り声しか聞こえてないだろう。オルナにもリアにも聞こえていた声が。あなたを見た最初の言葉を教えてやろうか。『貴様だな、この簒奪者!』だったそうだ」
もちろん言葉は違う。けれどスウォルの言葉を直訳するとこうなる。そうしないとルクシラには通じないだろう。そしてなぜかティナにもきちんと聞こえていたのだ。
(巫女じゃないわたしに聞こえているのは、皮肉なものだな)
こみ上げてきた笑いを嘲笑に変えて、ティナは簒奪者という言葉に顔色を青くしているルクシラを冷たく見下ろした。
「巫女の資格がないお前は巫女長どころか一介の巫女の務めさえ果たせない。ここで大人しくしているんだな」
あまりに衝撃な話だったのか、ルクシラは項垂れて全身から力が抜けてしまっている。伏せた顔からとめどなく雫がその膝に流れ落ちるのをティナは見て見ぬふりをした。
◇◇◇◇◇◇◇
廊下は走るな、と教えられてきたけどいまはソレどころじゃねぇんだ、先代巫女長。
「待たんかー!」
「誰が待つかよ!!」
神殿騎士が二人、あたしたちを追いかけてくる。
巫女長の執務室を出て、最初の角でばったりと。慌てて逃げ出したところだ。
剣持って追いかけてくるヤツの言うことを素直にきいてる時間ねぇんだよ!
「一度、外に出てから礼拝堂へ入ります! スウォル様は、」
《アタクシは扉の前にいるわ。アイツらを礼拝堂に一歩たりと入れるもんですか!》
うん、スウォルなら立ってるだけで相手をめっちゃ威嚇して入れなくしそうだな。
外への扉は鍵が掛かっていたけど、スウォルがぶち壊した。もうなりふりかまっていられないと、あたしたちは隣接する礼拝度の扉も同様に開けて中へ。建国祭の支度はすっかり整っていた。
「良かった、間に合った!」
肩で息をしながらも、オルナはすぐに呼吸を整える。巫女の間で伝わるちょっとした技術だ。
ホントは水でも飲めるといいんだが、ここにはないもんな。
「日が、変わります」
オルナは女神像の前で膝をつき、両手は腹の前に。頭を下げて女神レヴィアータへの礼を取る。
白い月が女神像の真上にある丸いガラス窓と重なって、冴え冴えとした月光が女神像に振り注いだ。
そしてあたしの目の前も真っ白に染め替えられた。
読んでいただきありがとうございました♪




