女騎士は女神の巫女が可愛くて仕方がない(前編)
夏休み、長かったですね………なんとか復活です!
楽しんでいただけたらうれしいです!
ティナが地虎に対してその時感じたのは、「うわぁ」と「ザマァ」の二つだった。
地虎とは、すでに伝説の存在だとティナは認識していた。文献にも国の成り立ちについて語られる場面において、国の〈守護〉の一隅を担う存在であると軽く触れられるのみ。
西に地虎、南に水竜、東に天鷹。それぞれ三神殿および三領・三都の護りを女神レヴィアータから任じられた《守護獣》だと、いくつかの文献にもそれだけしか書かれていない。
それまでの彼女(話し方による思い込みかもしれないがおそらく女性体だろう)は、クスクスと笑いながらこちらの剣筋を紙一重で避け、気まぐれにそのしなやかな前肢の鋭く長い爪を伸ばしてきたかと思えば寸止めして引くという、ティナを弄んでいるとしか思えない動きをしていた。
まるで、高飛車な高位貴族家の娘が爵位の低い娘に対して些細なことを咎め、粘着質にイビっているようだったというのに。
何度も爪牙を躱して、こちらの剣も躱されるやりとりの後、ティナの着地がとうとう乱れた。ガクリと落ちた膝が上がらない。迫りくる地虎の顎から逃れることが難しいと悟ったティナは我が身と引き換えにその牙をへし折ってやると決めて愛剣を構えた。
というのに。
目の前でその牙が折れたのだ。
しかも二本とも。
不可視の壁に激突したかのような地虎はその巨躯の自重によって鼻面がひしゃげたようだっだ。
《ゲヘァラぁっ!?》
形容しがたい絶叫が直接ティナの頭に響く。
(うわぁ、砂鼠と同じだ。ザマァないね)
西領に入ってすぐに襲ってきた砂鼠がこんな感じで潰れるのを見た。
これは女神の加護による防御だ。それを今成せるのは。
「これはリアの……? リアっ!?」
見れば、リアは強張った顔で立ち尽くしている。嫌な予感にかられたティナは跳び戻った。リアの眉間には深い皺が寄り、目は吊り上がっている。なにか相当な怒りを感じたような顔だった。
「お前に、お前なんかにティナの何がわかるってんだ」
「リア?」
「あたしだって、なんにもしらない、ってのに」
藤色の大きな瞳から大きな雫がその頬を伝い落ちる。
怒りを抱えているうちにそれが恐怖や哀しみへ変化する。それはおかしくないことだが。
「こんなとこに落ちたのだって、あたしのせいで、あたしはいない方が」
「リア! それ以上言ったらわたしも怒るよ!?」
まっすぐにリアの目を覗き込むが焦点が合わない。胸騒ぎがする。今のリアはティナと会話しているようでそうではなかった。
「貴様、リアに何かしただろう!」
のたうち回る地虎へ叫んでもうめき声のようなめのばかりで返事もない。自業自得と冷たい目で睥睨するも、自失状態のリアをどうすれば正気に戻せるのかとティナは考えて、決めた。その時間は刹那の間。
「ねぇ、リア。よく聞いてね」
ティナは強張ってしまったリアの身体を抱きしめた。胸元と右腕で薄い金色をした小さな頭を抱えこみ、まだ薄い身体の背を左手で撫でさする。
「あなたがいたから、砂鼠を退けられたんだよ?」
背中を撫でるその手はゆっくりと叩くように変わっていった。まるで幼子を寝かしつけるような動きへと。
「あなたは、わたしの怪我を治してくれた。野宿の夜は馬車を守ろうとしてくれた」
抱きしめた体がティナの腕から逃れようと動くが、逃がすまいとティナは腕にさらに力を込める。
「お互いに誓いを立てたでしょう? 女神へ立てた誓いだもん、破ったらわたし死んじゃうよ」
「……その前にあたしが抱きつぶされるわっ!」
ぷはっと呼吸を取り戻したリアがティナを、その胸元から見上げていた。力の加減はしたが、よほど苦しかったのだろうか。浅い呼吸を数度繰り返したリアはくちびるを尖らせてティナを睨むと再度脱出しようともぞもぞ動くので、今度こそ力を緩めて解放してやる。
「えっと、苦しかった?」
「わかっててやったろうが」
「まぁ、可能性は考えつつ?」
「自分の乳も武器にするのかよ」
女騎士こえぇ、と半眼のリアにティナは少し慌てた。
「いやね、結果的に同じなんだけど、たとえわたしが男でもいまは同じことしてたと思うよ」
女騎士は女であることも武器にする、それは間違ってない。ただし、相手を油断させたりおびき寄せたりするためだ。直接的な得物として使うことはなかったし、今回もそのはずではなかった。
「泣いてるリアを慰めたつもりだったんだけど」
柔らかな頬を流れる涙を止めたかっただけ。
へこむ必要はないし、お荷物なんかじゃないとティナは慰めたかっただけだった。
失敗かぁと小さく呟いたティナに、リアから否の声が飛んできた。
「問題ねぇよ。その、あ、りがと、な」
目元と頬をほんのり赤くして、つっかえながらのお礼の言葉に、ティナの裡の何かがむぐむぐと身悶えするように動かされて、その衝動のままティナはまたリアを抱きしめた。
「だぁぁ!?」
「リアが可愛いこというから、仕方ないでしょ〜」
「どこが可愛くて何が仕方ねーのかさっぱりなんだけどっ!?」
(え、そんなの全部。むしろ存在が可愛い)
そう言いたいのをティナはぐっと抑え込む。さすがに変態認識をこれ以上深められるのは避けたい。
これで必要なものを回収して帰るだけと思っていたのだが。
《ア、ナ、タ、たちぃぃ〜!!》
「生きてんじゃん」
「さすが守護獣だね。しぶとい」
顔面血だらけの地虎は全ての鬣を逆立てて唸り声を上げている。
《い、今のは何よ! 女神の盾って聞こえたけどアタクシが女神に傷つけられるわけがないのよ、アナタ、本当は何をつかったのよ!!》
「女神の盾だよ」
《ウソよぉぉぉ!!》
地虎はリアの言葉を信じられない様子で、ティナは内心首をかしげる。
守護獣・地虎は騎士団で言うなら団長にあたる女神レヴィアータの部下といえる。通常であれば団長が部下を傷つけることはないだろうが。
(巫女のリアが怒って敵認定したらその限りじゃない、のかな?)
「そもそもテメーはティナに襲いかかったろうが。守護獣だかなんだかよくわかんねーけど、あたしはティナを守るために使ったんだから、テメーを防げなかったら意味ねーじゃん」
《ぐぅぅぅっっ!》
無念そうな唸り声を上げながら項垂れる地虎。逆だっていた鬣がパサリパサリと少しずつ落ちてゆくことにティナは警戒をさらに上げた。
(あの鬣も凶器になるのか?)
比喩表現でなく鬣が逆立ったことから鬣は地虎の感情に合わせて動くのだろう。ティナたちへ向かって飛んでくれば刺される可能性はないか?
《これが武器に? そんな器用な真似はできないから安心なさい。これ以上はアタクシも怪我したくないもの》
(心を読まれた?)
《心は読んでないわよ。アナタがアタクシのこの髪に反応していたから推測しただけ》
ティナは警戒の段階をさらに引き上げる。動きを読まれるなんてなお悪い。
《あぁもう! これ以上アナタたちと事を構えるつもりはないったら!》
その言葉にはいそうですか、と素直に頷くほどティナは相手を信用できない。傍らのリアも同じらしい。眉間に深い皺が寄っている。
《その牙を拾って早く行きなさいよ!》
「待てよ」
「リア?」
ざっと踵を返した地虎へリアが立ち上がって呼びかけ、地虎へ向かっていく。何をしようというかとティナも近づことうしたが、後ろ手にリアはティナへ来るなと合図をしてきた。
《まだなにかあるの!?》
地虎が振り返ったところでリアは歌い出した。
《女神の、涙……?》
傷だらけだった地虎の顔面上半分から傷が消えてゆく。ただし、その口元はまだダラダラと血を流し続けていた。
《なんで……》
「あ? 取引だよ。神具について、テメーが知ってること全部教えろ。そしたら顔の下半分も治してやる」
《はぁッ!?》
読んでいただきありがとうございました♪




