女神の巫女の疲労と子守
楽しんでいただけたらうれしいです!
時を遡ることしばし。砂鼠を撃退したことに安堵の空気が漂う馬車の中。
「見ていたか?」
「はい」
「ではあれが標的で間違いないな」
「特徴から確実に。ですけど」
「姉妹という点が気になるか?」
「はい」
「違っていたら、また探すまでだ」
「それは」
「いまはあの方の命を果たすことだけを優先せねば」
隣り合う人でさえ聞き取れない声量での会話はそこで途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇
馬車はその後、無事に西領最初の村・エフィニスに着いた。
「ここの門もデカいな」
「ここにも砦があったからね」
「ここにも?」
「バルレイ村と争ってたのがこのエフィニス村ね」
あー、あのなんでか知らないけど百年戦ったっていう。
バルレイ村よりこっちの門は頑丈そうではあるけど、少し小さいし古い感じがする。
「リア、意外と元気だね?」
「いや疲れてるけど」
「いつもと違うことしてるから疲れ果ててるかと」
そう、実はあたしはたびたび『女神の褥』を使っていたのだ。ほかの人にバレないようにこっそりとな。
朝晩の祈禱歌の代わりに夜は野営地を覆うように、朝になったら今度は馬車を覆うように。
時間、範囲、強度を調べながらそれであたしがどれくらい疲れるかも。
結果。
『女神の褥』はあたしが必要だと思った大きさの結界があたしが必要だと思った時間続いていた。
ただし、他の歌を歌うと消えてしまうので消えたらまた歌わなければならない。
つまり、『女神の褥』を馬車を対象に張りながら、ティナや自分に『女神の盾』を使うのは不可。逆もそう。一緒には使えない。
どっちも強度は割と強い、か? いやわかんねーけどな。狼に襲われた時もバイィンって跳ね返してたし、一度も破られてないから。しかもあたしが寝ても解けない仕様らしい。
そしてあたしはあまり疲れを感じなかった。
いやいまはたしかに疲れてるけど、別に歌ったから疲れてるわけじゃない。じゃあなんでかって?
「久々の村だー!! リア、シュリも一緒に探検しよーぜっ!!」
わかってくれたか? そう、こいつフィロのせいだ。
この三日間フィロはずっとフィロだった。
馬車の中じゃずっとしゃべりたおして、いろんなお客にも話しかけて人によっては睨まれて、とうとうシュリが気持ち悪そうにしてるからと、ウィノも一緒に避難させられるとすべてこっちに来た。
え? 母親はどうしたって? さすが親子だよ、二人してあたしに話しかけて止む間がねぇっっ!!
どんだけ体力有り余ってんだよ、この二人。
『体力? 行商は体が資本だよ。まず体力がないと続かないからねぇ』
からから笑うリーザ。
そいやぁ、親子二人と馬一頭で行商の旅してたんだっけか。愚問だったな。
『フィロもアタシも、人と話すことが大好きなんだよ。いろんな人と話をすればいろんなことが知れるだろ?』
『話をしたくない、って人だっているだろうに』
『そういう人とは接し方を変えるさ』
あたしもどちらかというとあんまり話はしたくない方なんだけどな。
『リアちゃんは、嫌いというより苦手そうだね。あまり人と話す機会がなかったんじゃないかい?』
なぜか心だけを突き飛ばされたような気がした。
リーザに悪意はまったくないし、あたしに対して嫌味なことも言ってないはずなのに。
あたしの周りにはたくさん人がいた。けど、あたしと話をするようなのはいなかった。
孤児院ではインチョーたちはあたしや他のガキに命令するか怒鳴るか殴り飛ばすか。
神殿ではロクに話はしなかった。必要なことと話しかけられたら答える。その程度。七年もいたから多少話してた気はするけど、仲良しこよしはしたことねーし。
『そう、かもな』
『だったらティナと姉妹になれてよかったと思うよ。あの子はアンタをホント大事にしてるしねぇ』
そう、見せかけてるだけだ。
あたしとティナの間にあるのは、そんなじゃねぇ。
『母ちゃん! はらへった!!』
『お前って子はホントにもう、ちょっとはリアちゃんやシュリちゃんを見習って静かにしてらんないのかいっ!?』
それには激しく同感だった。
この親子にはこのあとも話しかけられ続け、村に着いたら途端にこれだ。探検ってなんだよ。
「フツーの村だろ? 探検なんてする場所あんのかよ」
マジであたしは休みたい。
「初めてくる場所は探検すべきだっ! じゃないとどこに何があるかわかんないだろ!?」
それはそうなんだけどな。
そう思ってたら袖をくいっと引っ張られた。
「シュリ?」
「いっしょに、ダメ?」
「っ!!」
なにそのしぐさかわいすぎね? 見上げてくる潤んだ目、首を傾げた時に髪がサラッと流れるのとかなんだそれかわいすぎるって!
「ひとり、だと、むり」
「あー…」
シュリの目が一瞬フィロを向いて下げられた。目の光も消えてたな。
あたしがここで行かないって言ったらフィロはシュリだけを連れていっちまうだろうな。シュリからの返事を待たずに。
「わーったよ」
「よっしゃ! 行くz」
お前は待てフィロ! そう言って首根っこを引っ掴んで止めるとフィロの語尾がおかしくなった。あ、首しまったか。まぁいい。
「まずは保護者の許可がいるだろが!」
そのままフィロとシュリを連れてそれぞれの保護者に許可をもらいに行く。
つか、なんであたしがやってんだかな。
そして三人ともあっさり許可してきた。
「では、すみませんがよろしくお願いします」
「リアがいいなら行っといでよ」
「リアちゃん、シュリちゃん。悪いけどコイツの見張りを頼むよ」
三者三様だったけどホントあっさり。ウィノくらい、「いえ、ご迷惑では」とか言ってくるかと思ったのにな。
走り出そうとするフィロを引っ掴み、袖をまだ掴んでいるシュリの手を外して繋ぎ直そうとすると、驚いたように手を引っ込められた。
「あー、手ぇ繋ぐのイヤだったか?」
ブンブンと被りを振るからいやではないんだろうと思ったら。
「……おかあさん以外、はじめて」
なんだこの可愛い生き物は〜!!
なんで顔赤くしてんだよ! こっちもなんでか恥ずかしくなるじゃねーか!
そういやあ、あたしも誰かと手を繋いだ記憶ねーな。腕引っ張られたことのほうが多くて数え切れねぇけど。
シュリの手は見た目よりしっかりしてた。もっと柔らかくてふにゃってしてるかと思ったけど。
「そうなのか? 父親は?」
「しら、ない」
シュリは父親を知らないのか。
「オレのとうちゃんはな!」
「知ってる」
「オレの父ちゃん、リアも知ってるくらい有名人なのか!?」
「いや、一緒に旅してんだろ」
「? 旅はしてるが、一緒にはしてないぞ?」
ん? いやだってさ?
「アークスだろ?」
「オレの父ちゃん、船乗りだからな!」
あたしとフィロの声が重なった。
え? 船乗り? アークスが? 馬車の護衛しつつ実は船乗り?
「アークス、さん………護衛の?」
混乱してるあたしにシュリが首を傾げながら話しかけてきた。そう、そのアークスだと答えるとシュリは頭を振って。
「アークスさん、弟。リーザ、さんの」
「え?」
シュリがとつとつと話してくれたには、アークスとリーザは、姉弟なんだと。
「おかあさん、きいてた。知り合い、じゃない、きょうだい、だって」
ウィノがリーザにアークスとは知り合いなのか? って聞いたら、知り合いじゃなくて姉弟だって言ったってことか?
聞き返すとシュリはこっくりと頷く。
うわぁ! すげぇ勘違いしてた!! たしかにその可能性だってあった! あたしの思い込みだ。
「じゃ、じゃあフィロの父ちゃんはフィロとリーザとは別に船でずっと旅してんのか?」
「ん〜、父ちゃんが海に出たから母ちゃんもオレを連れて旅をしてる、だな」
ん? どゆことだ?
首を傾げたあたしとシュリ。フィロはうんうんと悩みながらまた話し出す。
「母ちゃん、父ちゃんとけっこんするまで行商してたんだ。いっぺんやめたけど、父ちゃんがまた海に出たから母ちゃんもまた行商するんだって言ってたな!」
また海に出たってことはリーザと別れて、ってことか? でもフィロは父ちゃんって呼んでるから別れちゃない? あーでも夫婦が夫婦じゃなくなっても父親と息子ってことにかわりはねぇんだし。
う〜ん、夫婦とか親子ってよくわかんねーな。
あたしだし、しかたねーよな。
「そういやぁ、リアの父ちゃんと母ちゃんは?」
フィロから当然きたその質問に、あたしは。
「そんなもの、いねーよ」
聞こえないくらいの声で呟いた。
あたしにとって、親なんて得体が知れないものだ。
兄弟姉妹もいたことねーしな。
これまでも、これからだって他人のなかで生きてくんだろうな。
そう考えた時に浮かんだのは、ティナの顔だった。困ったような悲しそうな、両方の眉で山を作ってたティナの。
『それでもリアは』
「あたしにとって、家族と呼べるのは、ティナだけだ」
『わたしの妹だよ。そこは何が何でも絶対変えないから』
なんだよ、結局あたしは。
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