女神の巫女は守り癒す
長くお休みしておりました。また来て頂いてありがとうございます!
楽しんでいただけたらうれしいです!
日の出前。薄暗いバルレイ村の門前に停まった馬車の横にたくさんの人がいた。見たことある顔もない顔も。
「リアー! ここだー!」
そして満面の笑みでぶんぶんと両手を振るフィロと。
「あ」
「昨日の銀髪の子」
フィロの右手には昨日フィロが助け(ようとし)て、あたしが話しかけたら逃げた銀髪の子が。
「あ、あ、の〜っっ!!」
「コイツはシュリ! 南領までみんな一緒だって!」
シュリってのか。ってフィロ、そろそろその手を止めるか繋いだシュリの手を離せ! シュリが喋れねぇだろうが!
◇◇◇◇◇◇◇
馬車の隊列は夜明けの訪れた荒野を進む。太陽の姿は山々に隠れてまだ見えないけど、辺りはすでに明るくなっていた。
「リア、お尻痛くない?」
「平気」
ケツは痛くない。痛いのは太ももだ。
「緊張してるの?」
「怖い」
「それだけ落ち着いて乗れてりゃ大したもんだよ」
轡を並べるアークスがカラカラ笑うが、落ち着いてなんかいないし。
ティナの馬、フリートに乗るのが初めてじゃないからなんとかなってるだけだろうな。初めて乗った時は、足が痛すぎて動けないし叫ぶ気力も失せてたな。
「前に、怖くても叫ぶなってティナに言われたし」
「うん、だって叫んだらフリートがびっくりして宥めるの大変だもん。リアに叫ばないでってお願いするほうが楽でしょ」
案外フリートに我慢してもらってもイケた気がする。結構賢いから。
怖いとか嫌だと言ったら馬車に戻るしかなくなる。そっちのがイヤだ。
「にしてもひと増えたよね〜」
そう、バルレイ村から西領へ向けて乗る人が降りる人より多かった。そのせいで馬車の中は人がいっぱいになった。あたしがリアと同乗してる理由はそれが一つある。
もう一つは、馬車の最後部に乗ってる二組の親子。母親同士はにこやかに話してるけど、子どもは片方が一方的に話しかけてるだけのようにみえる。
リーザとフィロ、そして銀髪の親子はシュリとその母親のウィノだ。
あたしたちが集合場所に着いた時、フィロがシュリを連れて話しかけてきたけど、そばに母親たちもいた。
ウィノも色白で銀髪、よく似た親子だ。違うのは眼の色くらいだろうか。
ウィノは少し紫がかった水色、シュリはあたしより濃い、菫のような紫の瞳。なんにしても二人とも美人だ。
『昨日の、その、ありが、とう』
たどたどしく話して、シュリはぺこりとあたしたちへ頭を下げるとシュパっとウィノの背後へ隠れてしまった。代わってウィノが自分たちのこととあの前後のことを話してくれた。
『お使いを頼んだのです』
シュリは人見知りなところがあるらしく、ウィノはそれを直すためにシュリを一人でお店へ行かせた。あたしたちに会ったのはその店へ行く途中だったらしい。なんとかお使いを済ませたそうだが、あたしたちのことをウィノが聞いたのはそろそろ寝ようかって時間だったとか。
『話を聞いてすぐ御礼に伺いたかったのですが、さすがに時間も遅い上にこの子の話だけではどこのどなたなのかすらわからなくて。ここでお会いできて本当に良かったです』
同じ馬車に乗るとわかってから、フィロが張り切ってずっとシュリに話しかけている。いまも狭い馬車の中でしゃべりつづけるフィロと口数の少ないシュリ。なんか、居づらい。けどあの場所、荷台の最後部が一番落ち着くからもうどうしようかと思っていたら、あたしの心中を察したらしいティナが声をかけてくれた。
『リア。気分悪そうだからこっちにおいで』
動いてる馬車からどうすりゃいいと思ったけど、リーザがぽいっと渡してくれた。どんだけ力あるんだよ、渡すリーザも受け取るティナも! リアちゃん軽いからねー、は余分だ! 他の人たちも拍手すんなよ!
そうして今に至る。太陽はとっくに顔を出していた。
「休憩までまだしばらくあるからそれまで我慢ね」
「なんか出たらリアは鬣をしっかり掴めよ」
なんかって、なんだよ。
「アークス、何かって?」
「ああ。このあたりは狼も出るが、面倒なのは砂鼠だ」
砂鼠ってなんだ?
「この先で砂鼠の被害によく遭うんだって」
アークスがいうには砂鼠はこのあたりのような荒野を棲家にしているデカいネズミだそうだ。体の色はその名前の通り土や砂と同じ色をしていて、人が飼っている猫と同じくらいのものもいるらしい。小さな群れで暮らしていて主に虫を食べるそうだが、しばらく前から馬の脚を齧られた話をきくそうだ。
「最初の頃は夜中イタズラみたいに齧って逃げてったらしいが、バルレイ村で西領から来た連中に聞いた話じゃ昼も出て、集団で襲いかかってくるらしい」
「うわぁ馬の血に味を占めたんだろうね」
ティナ、ぼそりと恐ろしいことをいうなよ!
「だとしたら、西から来たやつらの一人が足噛まれて怪我してたからもしかすると人の血の味も覚えちまったかもしれねぇな」
マジか。
「昨夜までで命にかかわるような症状は出てないらしいが、くれぐれも気をつけろと言われたよ」
ネズミかぁ。襲われたことはねーけど一度食おうとしたことはあったな。腹減りすぎて、焼いてみたけどすげえ臭くてそこでやめた。鼻についたあの匂いを思い出して顔が歪んだ時、前方が騒がしくなった。
「出た?」
「出たな。ティナはここで、オレが遊撃にまわる!」
アークスは馬車の横を通って前へ向かった。
「リアは右を。おかしいと思ったら」
「き、きた!」
右を、と言われてすぐあたしは右を見て、そして叫んだ。奴らはすぐそばまで迫っていた。
見た目はたしかにデカいネズミだ。砂色の体色は地面の色と同じでじっとしていられたら見つけるのは一苦労だろう。そんなのが十匹以上、ドタドタと走ってきやがった。
「フリート!!」
ティナが叫んだと思ったらフリートが最初の二匹をまとめて蹴り飛ばした。フリートすげぇ!
次々に襲いかかってくる砂鼠をティナは腰から引き抜いた剣で斬り捨てていくんだけど。
(あれ? 剣、長くね? 紅く光ってね?)
あたしはアークスから言われた通り、フリートの鬣に掴まって体を縮めているから、そのせまい視界の端を目で追えないほどの速さで動いている剣がそう見えるだけかもしれないけど。
馬車は止まらない。停める方が危険だから。
砂鼠も止まらない。フリートに蹴散らされてもティナの剣に斬られても、車体にぶつかっても生きてる限り何度も馬車へ向かっていこうしているように見える。
こいつらの目当てって、やっぱり。
「っティナ!馬車に!」
ティナとフリートの壁をかいくぐった二匹が馬車へ跳んで登ろうとしているのが見えた。けれどやつらが馬車に入り込むことはなかった。
「うらぁっ!!」
馬車の最後部でリーザが拳をふるっていた。デカいネズミが宙を舞って、落ちたところで動かない。
そこへちょうどタイミングよくアークスが馬車の周りを一周して横から襲いかかってくるやつらを撃退してきたようで、剣を手にしたままだ。リーザがぶっ飛ばした砂鼠が眼前を横切って太くて短い悲鳴を上げた。
「げっ!? うっへぇ、おっかねぇな〜」
「誰がおっかないって!? 聞こえてるよ! だいたいアンタはねぇっっ!」
こっちもギャアギャア言い合いながら確実に砂鼠を屠ってる。
そういえば、アークスとフィロってなんか似てんな。もしかして、あいつら親子か? えーこれいまコイツら夫婦喧嘩しながらネズミ倒してんの?すげーな。さすが夫婦。にしても早くネズミ全滅しねーかな? こんなことでも考えてねーとそろそろ気持ち悪くなりそうだ。腹ン中ぐるぐるしてらぁ。
「あっ!」
「しまっ……!」
一匹、ひときわデカいのがあたしに飛び掛ってきた。吐き気が吹っ飛ぶ。
すべてがゆっくりと動いているように感じた。
ホントでけーな。猫よりデカくね?
うわ、デカい口。歯もなんであんなギザギザしてんだよ。あれに噛まれたらめっちゃいてーだろうなぁ。
インチョーたちに打たれるよりいてーかな。
いやだなぁ、もう、痛い思いするのは。
だから、こっちに、来るな。
ふいに頭に響いた短い旋律。
とっさにこぼれ出る、歌。
『我、女神の盾を望むなり』
それは女神レヴィアータへ自分の身を守る力を望む歌。けれどあたしはそんなもの知らなかった。頭に浮かんだ歌詞を旋律にのせてただ歌っただけ。
「ピギャっ!!」
ピィィン、と耳鳴りのような音がしたかと思ったらネズミは目の前で止まった。まるで見えないガラスにぶつかったように、鼻先をびたんとぶつけて一声鳴くとそのままずり落ちていった。
けど状況はそれだけで終わらなかった。
あたしに向かってきたネズミが動かなくなったのを見て、生き残っていたヤツらはあちこちに逃げていってしまった。
何が起こった?
「コイツが群れの首領だったみたいだね。それがやられたから逃げてったんだよ」
鼻先から目のあたりまでひしゃげて、それでもピクピク動こうとしている親分ネズミはフリートに頭を潰された、らしい。あたしは最後まで見てない。目ぇ塞がれたし。
「アタマがやられたら逃げるのか?」
「統制が取れてる群れってのは基本そうなんじゃないかな」
ティナ曰く、騎士も似たようなものらしい。
騎士も『団』という群れになると指揮を取る団長がいて、もし団長がやられてしまって誰も指揮を代行できなければ撤退もやむを得ないと教えられるそうだ。
「まぁ、獣は基本脚が速いから。生きてる中から次の首領を決めるんじゃないかな」
で、また獲物を物色する、のか? ここは西領と王領を繋ぐ道のはずだ。あたしたちは無事だったけど、この後にここを通る人たちはどうなる?
「次の村に着いたらそこで情報交換しないとね」
「あと何日かかるんだ?」
「三日」
◇◇◇◇◇
『女神の盾』。
それは建国神話に出てくる不可視の障壁。
巫女の歌で現れる最強の防御は脅威が去れば消えるという。
「へー、知らんかった」
「思い出したわけじゃなかったんだね」
ティナは遠い目をしながら堅焼きパンを齧った。あたしも少しずつ削るように齧る。固いんだよな、このパン。バルレイ村で買った長期保存用のパンだからしょうがないんだけど。なんか自分がネズミになったみたいで今は、ちょっとヤダな。
あたしたちは砂鼠の襲撃のせい(もしくはおかげ)で、予定より少し早めに昼飯がてらの長い休憩とっていた。これを利用して、あたしは例のネズミを撃退したアレのことをティナと話をした。
ティナからどうみえたのか、あたしがどう歌ったのか。
歌の意味はティナにはやっぱりわからなかったらしい。けれどあたしが頭に浮かんだ歌詞伝えると、知っていた。
「女神の盾は防御、女神の褥が広い結界、だったかな?」
神殿では祈禱歌以外歌うことは皆無だった。たぶん、教えてもらったんだろうけど。
浄化と治癒の力を望むのが女神の涙と教えてもらった。
治癒か。そろそろしんどそうだからなんとかできないだろうか。
考えた時、胸の奥から温かい何かと旋律と歌詞がこぼれ出たように感じた。
『彼の者へ癒しを望むが故に、女神の涙を我が手へ賜らん』
「リア、何を……?」
歌う目的は、一つだ。
胸からあふれた見えない何かが手の中に集まってくるのが感じられて、水を掬うように掲げる。見えないけど、たしかにそこにあって、どんどん溜まっていく。
これが、女神の癒しの力?
集まったその何かをティナの左足へ向けて流してみた。
「っっ!?」
ティナが驚いて自分の左脚を凝視している。
「どうして」
「なにがだよ?」
「なぜ、それを歌えたの?」
あたしが歌ったのはティナの脚の怪我を治すため。
砂鼠に引っ掻かれたか、噛まれたか。さっき、薬を塗って簡単な手当てをしてたけど、痛みで顔が強張っていたからこれからのためにも治しとかないとって思っただけなんだけど。
「勝手に出てきたんだよ。歌詞が」
治したいと思ったのは言わねぇ。
まったく聞いたことがないはずだったのに、こうしたいと思っただけだ。自分でもびっくりだけどな。
「リア。やっぱり神殿で教えてもらってたんだよ」
「でも覚えてねぇんだよ、マジで」
「座学で居眠りした覚えは」
「……………ある」
何度かある。自信を持って言うぞ。
本神殿の中にある小さな部屋。木でできた机と椅子。子ども用だって言われたけどあたしには少し大きかった。
神殿に入ってからしばらくは巫女としての心構えやら読み書き計算やら教養やらいろいろ学ばされた。けど、わけわからんことばかりで半分、いやそれ以上寝てた気がする。
結局巫女として必要最低限の読み書きと計算しか覚えられなかった。
「だから睡眠学習の効果なのかなって」
ティナいわく、寝てる間にも人は記憶をするらしい。
あたしが座学で居眠りしてる間に講師役の巫女が繰り返していた話や歌をあたし自身の自覚なく記憶していたんじゃないかって。
「寝てる間になんでもおぼえられるのか!?」
「なんでもは無理だってば。起きてる間に聞いたことを寝てる時にも繰り返し聞かせることで効果が出るんだから」
なんだ、ダメなのか。それができたら勉強の時間いらねーのに。けど、防御と治癒を使えたのは本神殿の巫女たちがちゃんとあたしに教えてくれてたってことだよな。それは感謝すべきかな。
と、この時のあたしは思っていた。
しかし、ティナはなんでそんなことまで知ってんだろうな。
仲間が増えました。本人不本意かもしれませんが。
読んでいただきありがとうございました♪




