第二十三話「副都突破作戦ー参」
「…起きたな。大丈夫か?」
クレイスは安心したように言った。
目の前には薄目を開けたリーノがいる。
なんとかトドメを刺される前に助けることが出来て良かった。外傷もなんとか応急措置で何とかなる程度だったため、もうすぐで動けることだろう。
それにしても…吸い込まれそうだ。
リーノの薄い紫色の瞳は、思わず見入ってしまうほど綺麗だった。
「ぼ…ボクを…どうするつもり…?」
リーノは弱々しくクレイスに言った。
「お前の誤解をとりあえず解いておく」クレイスは話を始めた。「あの帝国での戦い、信じなくてもいいが、俺はお前達を無視して中枢都市へ行こうとしていたんだ」
「…それで?」
「かつての俺の仲間にセインという奴がいた。そいつが突然暴走を始めたんだ」クレイスは唇を噛んだ。「今のお前と同じ…裏切られたんだ」
「…」リーノはふらふらと体を起こす。
「…俺の管理が不行き届きだったせいもある。そう考えると俺のせいでお前の部下が殺されたことになる…」
リーノは傍らに置いてあった自分の大剣を手に取って構えた。「ただ、俺はすごく後悔している。もう二度とあんな失敗はしたくない。俺を斬りたいのなら斬れ。それでお前の気が済むなら、いくらでも」
「…ひとつ聞く。何で助けた」
「お前…言っただろう?『誰か助けてくれ』と。俺の前でそんなこと言うからだ」
何故かクレイスはふんと鼻を鳴らした。
「う……」
リーノは頭に手をやり…硬直した。
「どうかしたのか?」
「あ…ぁぁぁ…あわわわ…」
リーノの様子が突然おかしくなる。
「な…何があった…」
「せ…責任取れっ!!」
「は?」クレイスは何故リーノが半泣きの表情でこちらを睨み付けてくる意味が全く分からない。「責任…だと?」
「お前…まさかっ」リーノは一瞬はっとして慌ててフードをガッとひっつかみ破れそうな勢いで目深に下ろす。「ぼ…ボクが…【ラミアの民】だってことを…」
「ラミアの…何だって?」
「…」リーノは頭を抱えた。何故か顔が赤くなっている。「キャアアアア…」
「おい落ち着け、説明してくれ、頼む」
「…うん」リーノは地べたにちょこんと座り、クレイスを見上げた「ラミアの民…そう呼ばれる一族は、その目に魔性の力を備えていると伝えられていて…普段はみだりに目を他人に見せてはいけない…も…もし見せる場合、それは好きな人に…」
「…」クレイスは顔面蒼白になった。
確かにそういうおかしな風習がある国があることは話には聞いていた。だが…
だとしたらクレイスは今、下手をするとリーノの未来を奪ってしまったかもしれない、取り返しのつかない事をしたのだ。
「み…見なかった。お前は…何も見なかったっ…いいか?」リーノはクレイスに顔を近づけて言った。
…はっきり言いたい。近すぎてフードの中の綺麗な瞳が見えている…。
「あ、あぁ…。」クレイスは頷いた。
「よし」リーノは大剣の切っ先をクレイスに向ける。「だが、この屈辱は忘れない…!いずれ責任を取って貰うからな!」
「…分かった」クレイスはため息をつくと、リーノを見つめた。「それで、何故か部下に命を狙われているお前は一体…この後どうするつもりなんだ?」
「あぁ…うう…」リーノは頭を抱えた。この状況にかなり混乱しているようだ。
「…なら、質問を変えようか」クレイスは腰のホルスターに銃をしまうとリーノのフードを見つめて言う。「さっき十大将の一人、アイネスに会った。この街は普通、十大将が入れる場所では無かったはずだ。…この街に一体…何が起きてる?」
「分からない…ボクたちも本部に見つかったらクレイス追跡っていう…言い訳しようとしてたから…」
「そうか…」クレイスは俯いた。
…やはりそういうことか。
そういえば最近、帝国や賞金稼ぎからの追っ手が全く無い。
「リーノ…ギルドから出している今現在の俺の賞金はいくらだった?」
「気安く呼ぶな…。確か…」リーノはそこで首を傾げた「あれ…さっき寄ったクラシスのギルドでは確か募集してないのかって話になったんだっけ…」
「やはりか。…リーノ、お前は帝国側に命を狙われているかもしれん」
「え?…お前、まさかボクをそんな…」
「冗談なら良いんだがな。恐らく事実だ。…この事件が起きたことでようやく仮定だが線が繋げられる。」
クレイスはとある仮定を導き出した。
少し前の帝国へ殴り込んだあの日。
よくは覚えていないが帝国はあの段階からとある計画を実行していた。
そこに俺らが殴り込み、その計画の全容を知る前に消そうとした。
「さっきセインという名前を出したな…あの日君たちの侵入経路を教えた奴だ…」
クレイスの仮定は確信に至った。
「…とするなら帝国の真の目的は…俺達を出来るだけ帝国から遠ざけることか…リーノ、お前は今帝国が行っている計画に利用されていたんだ。そして…俺を帝国から遠ざける必要は無くなった…」
「な…それじゃあボクは切り捨てられたってこと…そんな馬鹿な…」
「それだけじゃない」クレイスは辺りを見渡した「帝国が何かを始めたんだ。この街から人が消えるほどの…何かを…」
「…いッ…た…」リーノが立ち上がろうとして喘ぎ声をあげた。
「弾丸が骨を傷つけていた。恐らくしばらく立ち上がるのは厳しい…」
クレイスはリーノの体をひょいと持ち上げた。…かなり軽い。
「う…うわあああ何する…だ、誰かっ…ここに誘拐犯がいるぞーっ!」
「やれやれ…」クレイスは軽くため息をつくとリーノを肩に乗せた。「…お前確か二頭の動物を連れていたな。あいつらは崩落に巻き込まれて死んだのか?」
「グーとチャーの話?」リーノはクレイスに肩車されながら言った「あの子達ならたとえ何階にいようともコンクリートに潰されて死んでしまうようなことはないよ。…あ、そうだ…」リーノは腰のポーチから小さな鎖の飾りのついた笛を取り出した。
「ほう…呼び子か」
クレイスは顔を上げる。ちょうどいいアングルで、リーノの瞳が見えた。
…ほう。
リーノは気づかない様子で笛を口にくわえ、思い切り吹いた。
ピイィ…
小鳥のさえずりのような音が響く。
「…良い音色だ」
「は?」リーノは笛を落とした。慌ててクレイスは左手で受け止める。「…今の…聞こえたの…?」
「ん?」
「この音はグーとチャーにしか聞こえないはず…まさか貴方…人間じゃ…」
「ないな」クレイスはリーノの瞳を見つめながら笛を返す「エネミーだぞ、俺は」
「…あぁ。どうりで貴方の首をチャーが咬み切った筈なのに生きてるわけだ…始めから…勝ち目なんて無かったのね…」
「ふむ」クレイスは片手で首を拭った。確かにぬるりとした赤いものが貼り付いていたが痛くもないし傷も見当たらない。
…便利な体になったな。
やがてしばらくして、狼の遠吠えが響いた。リーノが顔を上げる。
「グーだ…!お願い、こっちの方向に私を連れていって!」
「任せろ」
クレイスはリーノを肩に乗せたまま、瓦礫の転がる廃墟を駆け出した。
★
イーリスは全身がベタベタの液体だらけになった状態で目が覚めた。
…すごい焦げ臭い…
ここは先ほどの地下水道…。何の粘液なのか分からないが、イーリスはうつぶせの状態から顔を上げる。
大量のワニが積み重なっていた。
近くに焚き火があり、そのワニの死体がくべられている。その焚き火に当たるようにして、倒れているロバートの体に包帯を巻いている人物がいた。
「ふっ…うあ」イーリスはおきあがろうとしたが全身の力が抜けてしまい、ベチャッと音を立てて地面に突っ伏した。
「お…目が覚めたのだね!」
どうやら女性らしい、その声の主はイーリスに駆け寄り、起き上がらせてくれた。さっと外套らしきものも着せてくれる。
イーリスは裸だったのだ。
「ろ、ロバートは…?」
「ほう。ロバート君と言うのかね?彼は…うむ、甲冑の着こなし方が分かってるな!尊敬に値するよ、彼は。」
イーリスは目をこすり、ぼけるピントを何とか合わせた。
面の見える赤い兜を被り、自ら発光しているかのような錯覚を覚える長い眩しい金髪をした女性だ。右目には黒い眼帯。
赤い金属製のドレスにも見える、だが巨大な肩当てのついた鎧を着ていた。
この鎧がとにかく巨大で、まるで小さな城を身に纏っているようでもあった。
…年はクレイスより少し上ぐらいか?
「ロバートの傷は…大丈夫なのかの?」
「あぁ。幸い彼は内臓に多少ダメージがあるものの、まぁ少し休めばすぐ動けるようになる程度の怪我で済んでいた。」しかし彼女はいぶかしげにイーリスを見た「だが…君はおかしいよ!君はいきなりワニの腹から出てきたと思ったら、全身酸まみれになって内臓もマリネ状態、まず我輩は助からないと…というより常識で考えて助かるわけがない!君は…人間ではないね?」
「くっ…」
イーリスは身構えた。だが肝心の頼みの爆弾はスイッチもろとも溶けたらしい。
「まぁ、落ち着きたまえ。我輩は君の敵では無いし、追っ手でも無い。ただ、隣国へ救援の要請を賜ったただの使者さ」
女性はそう言うとイーリスに小さなピストルを渡し、両手を上げて見せた。…戦意が無いことをアピールしたいらしい。
「うっ…いててて…」
不意にロバートが起き上がった。
「ロバート!」イーリスはピストルを放るとロバートに抱きついた。
「ぐはぁっ!」
女性とロバートの声が重なった。ロバートは突っ込んできたイーリスに、女性は飛んできたピストルに当たったのだ。
「い、イーリス!お前スーツよりも遥かにデンジャラスな格好で…!」
「ロバート…ロバートぉ!」
「あ…聞いてないねこりゃあ。…おーよしよし。で、俺様は何で助かったんだ?」
泣きじゃくるイーリスを撫でながらロバートは頭を押さえて悶絶している女性に視線を合わせた。
「ふぐぅ…痛い…痛いよぅ…はっ!」女性はロバートに視線が合うなり、涙を拭って手を腰に当てた。「目覚めたようだな!少年!我輩が君達を手当てしたのだっ」
「…ワシは放置されたがの」
イーリスは文句を言った。自分は医療の心得がある以上、助からなくても何か手は打つのが普通だと思っていたからだ。
「わ、ワニの腹から出してやっただけいいと思え!我輩はちゃんと彼にお話しして、お墓に埋めようと思っていたのだよ?」
「むう…まあよい」確かに死んでいたと思われていたのだ。彼女の行動は紳士な方なのだろう。
「で、あんたは何者なんだ?俺達は【インペリアル・ボマー】のロバート、そして相棒のイーリスだ。テロリストやってる」
「ロバートよ!ぶっちゃけすぎじゃ!」
…黙って聞いていれば何て自己紹介をしてくれるんだこの男はっ!
「だってイーリス…悪い人じゃあ無いみたいだし一回はこういうさらっと危険な自己紹介、やってみたかったんだよな!」
「お主というやつは…」イーリスは呆れてロバートに体を埋めた。
「はっはっは!素晴らしいカップル漫才だね…我輩だって…いや失礼。我輩はここから海を越えて東の彼方、紅城下ルビアノス王国の将、アレクトラウス=ヴァイス=ロコモール=レッドバランス=サーキュロイズだ。本名を覚えた猛者は上官だけだ。我輩のことは気軽にアレクトと呼んでくれ」アレクトはそう言うと腕を組んで背筋を伸ばす。「位は中佐、神聖なる紅城の使いで国境を越えこの国にお邪魔させて貰っている。君達はこの上の国の人かね?」
「あぁ。…あ、でも上は誰もいないぜ?副都にいた人達はみんなどっかに行っちまったんだ。」
「なっ…!何だと!?ぐはぁ!」
アレクトは驚きで後ろにひっくり返る。
まるで初めて甲冑を着た人のようだ。
「隣国の人間とな?海を越えた紅城という場所では、何か問題があったのかの?」
「我が国は今、正体不明の敵に襲撃されているのだ。」アレクトは真剣な顔で起き上がる。「ちょうどこの金属製の体皮に覆われたワニのようにな…」
「エネミーが国外でも発生している?」
ロバートは首を傾げた。
「ふむ…まずは説明した方がよいかの」
イーリスは軽くエネミーについてをアレクトに語り始めた。
【続く】




