第十四話「キャンバスに隠れる その3」
「逃がすか!」クレイスはスナイパーの後を追っていた。「クソッ!!」
気配を読みつつ射撃を試みるが、長銃では当たらないだろうと憤り、腹立ち紛れに地面に叩きつけて壊してしまった。
やはり使い慣れた銃が一番だ。幸い人目のない通りに来ている。多少暴れても気づかないだろう。
また向けられる殺気。クレイスは姿勢を低くした。カウボーイハットに銃弾がかすっていく…。
「今のもかすったか…」この距離で回避不能の敵を相手に拳銃の距離まで距離を縮めたら…自分もただで済みそうではない…
クレイスはやたら素早いその気配を追いかけ、そして不思議な場所に迷い込んだ。
「なにっ…!!」
前方に行き止まり…ではない。風になびくそれは、ワイヤーで吊るされた絵だ。
横にも道があるように見えて、触ると壁に書かれた絵だと気づく。
…進める方向がわからない…!?
そんなクレイスにまた狙撃が。
「ぐあっ!」すぐに避けたので銃弾はコートが弾いたが、弾速が弾速なので、若干当たった脇腹に痛みを感じる。
内出血はしているに違いない…。
「そこかぁ!」振り向き様に気配に向けて銃弾を撃ち込む。…命中の気配。
クレイスはそのまま気配に向けて走ろうとした…
ズドンズドンズドンズドン!
相手がスナイパーを乱射し始めた。
クレイスはそれを予測できていない。
「があぁっ!」片足と腹に銃弾を食らい、地面を転がるクレイス。
だがその乱射により、相手の気配が筒抜けになった。クレイスは痛みを堪え立ち上がると、銃を構えた。
「◆ラスト・サバイバー!」
この瞬間のみクレイスの増幅された気配察知能力があらゆるものを狙う。
相手の今飛んでくる銃弾、相手自身のその付近。相手を護るように立ち並ぶ絵画に向けて。引き金を、引く!
相手への射線上の絵画が皆落ちる。
綺麗な月が見え、一瞬それに照らされるスナイパーの姿。相手がその瞬間に発射した銃弾を銃弾で弾き飛ばし、そして…
銃弾はスナイパーの身体に吸い込まれ…
短い悲鳴がして、クレイスは呆然とした。ようやく気づいたのだ…相手の正体に。
「そんな…馬鹿な…」
★
フィアは綺麗な月を見ていた。
自分の体から熱が奪われるような、そんな感覚がした。
「負け…ちゃいまし…た…あ、はは…」
でも楽しかった。ただ無抵抗な標的を狙撃するのではなく、久しぶりの正々堂々とした勝負。絵画エリアを使ったずるはしたけれど、とても楽しかった。
「しかし…◆サテライトシュリーカーが避けられるなんて…」
あの乱射の奥義は今は亡き父親が自分に教えてくれた最後の手段。いかに正確に相手に全て当てる連射が出来るか。
フィアはこれまでのどの狙撃よりも正確な狙撃が出来たと思った…だがそれをも相手はかすりはしたが生き残ってしまった。
本当に今になって思うのは自分がただの絵師でクレイスがただの観光客なら…あるいは幸せになれたかも知れない…。
★
「う……」
クレイスはフィアを見つけた。
…自分がやった。
地面に仰向けに倒れ、その小さな身体に灯した命の火を今にも消してしまいそうなフィアを見て、頭がおかしくなりそうだ。
「あら…奇遇ですね…昼間はどうも」
フィアが微笑みながら言った。
「フィア……何で…こんな…」
「…自分を殺しにきた相手に何を言っているんです?何で…泣いているんです?」
フィアは虚ろな目でクレイスを探す。
もう焦点が合っていないのだ…。
「何故だ…何故、お前はこんな…」
クレイスは呻くように言う。
「…私はね、親から生きる術を教わっただけです。殺し屋が世の中からいなくなれば…安全に…げほっ!」
フィアが血を吐く。
「くそっ…何か無いのか…!血を止める物が…」
「馬鹿ですかあなたは…!」フィアが叫んだ。「私は殺し屋殺し、あなたの敵なんですよ!情けなんて要りませんし、それは相手に対する侮辱で…げほっ!!」
「俺には護ってやらなきゃいけなかった奴が居たんだ。」クレイスは包帯を出した。「…結局俺は守れなかった。お前はそいつに凄く似ていて…だから…」
「甘すぎですよ…全く…」フィアは表情を緩めると、ため息をついた。「どうせ助からないんですから…私を置いて、あなたも…」
フィアは辛うじて見える視界でクレイスにも傷が有ることに気づいた。
「あら…貴方も結構やられてますね…」
「あんなの避けられるか」
「…案外大したこと無いんですね?」
「言ってくれるな…」クレイスはそう言いながらフィアを背負い上げた。
「私を助けたら…また貴方を殺すかも知れないのに…どうしてですか?」
「…お前に俺は殺せない」「…あの距離でかすってたじゃないですか」
「うるさい」クレイスは歩きながらフイと首を振った。
「でも…嬉しいです」フィアは背中にしがみつきながら言った。「おじいさんが病気で死んでから…私は家族を失いました」
「あぁ…」
「私はそれでも…おじいさんにまた会いたいと…思って絵を書き始めたんです」
「そうか…」
「絵なら死ぬことはない…。永久に大切な人と時間を過ごすことができます…だから、殺した人は皆描いていたんです…意味がないことだと分かっていても…」
「そうだな…」
いつの間にか暗くなった空を見て、クレイスは呟くように相槌をうつ。
「ごめ…なさいクレイスさん…何かもう…時間…なくなっちゃいまして…」
「フィア…駄目だ、せめて宿屋に戻るまでは…」クレイスは懇願するように言う。
「…お父さん…おじいさん…私、頑張れましたよね…今、そちらに…」
背中のフィアからフッと力が抜ける。
「一人だけ納得して逝くな…クソっ」
正面は人が多い。クレイスは裏口からホテルに静かに入り、部屋まで向かう。
油断をすると、視界がすぐに暗転しそうだった。
人の目をギリギリで避け、隠れながらロバート達の部屋に向かう。
丁度良いことに部屋の前でメイリルとロバート、それにイーリスが談笑している。
ロバートがクレイスに気づいて一瞬唖然とした。他の二人も血相を変える。
「うわっ!なにやってんの隊長!?」
「入れ!はよ入らんか!人に見られる前に手当てじゃ手当て!」
「ちょ、その背中にくっついてるのは人じゃない!?何、幽霊!?」
★
「う…」
クレイスは目を開けた。いつの間にか気絶していたらしい。
朝日が差し込んでいる…。
小さな人影がクレイスを覗き込んでいた
…レイノア…?
「おはようございますっクレイスさん」
…ん?あいつが敬語を使うはずが…
目の前にクレイスがいた。
鏡かと思ったが、よく見ると目を閉じていて動かない。
「うぉあああ!?」
クレイスは飛び起きた。ガンッ!目を閉じたクレイスに頭がぶつかる。
「あいたっ!?」
ベッドから床を見下ろすと、赤くなった鼻を押さえながら涙目で訴えているフィアの姿があった。
どうやらあのもう一人のクレイスは、フィアが描いた絵のようだ。
「…生きてたか…」クレイスは穏やかな笑みを浮かべてフィアの頭を撫でる。
フィアは何をされているのか理解できないようでキョトンとしていた。
やがてクレイスに笑いかける。
「私…生きてました…貴方も…」
「あぁ。…お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「うーん…クレイスさんを殺せたら、一生絵を描いて暮らせたんですけどね…」
フィアがニヤリとクレイスを見る。「やっぱり恩を仇で返すとかは、良くないことだと思うのですよね…」
「また殺り合うか?」
「いえいえ。私のお父さんの言ってたこと思い出しました。【スナイパーの技術は人を殺すためにあるんじゃない。…大切な仲間を守る為に有るのだ】」
「大切な仲間か…」
「私は助けられてばかりだったから…私も……」
「いいぞ」「言う前に即答ですっ!?」
「もともと入れるつもりだったしな…スナイパーは今不足気味だ」
「あ、ありがとうございますっ!」
フィアは頭を下げる。弾みで帽子が脱げ、あたふたと拾おうとした瞬間、抱えていたキャンバスに頭をぶつける。
…多少心配だが…腕は確かだしなぁ…
クレイスは苦笑いしながらベッドから起き上がった。
★
「やあ、クレイスー」間延びした奇妙な話し方をする声が食堂内に響き渡った。
「ドレッド…!」
「何か人数不足とか言ってたからさー。来てみたんだけどねー」
「追っ手は来てないのか?」
ロバートがドレッドに訊いた。
「皆殺しにしたしー大丈夫ー」
「こ、声を落とすのじゃ!」イーリスがキョロキョロしながらドレッドを制す。
「で、レイノアちゃんを助けにいくんだよねー?このメンツでいくのー?」
「それについて話がある」クレイスはテーブルに座った。「まず、俺とロバート、イーリス、ドレッドは確定だな。だが、多分リヴィ・ノ基地には十大将の誰かが来ている。まぁ…そのうちの一人はお前らも戦ったアイネスだ。戦力が足りん」
「アイネス…」イーリスが眉をひそめる「出来れば会いたくないのう…」
「イーリス、基地に乗り込むわけだし、それは多分無理だと思うよ。大丈夫、イーリスには指一本触れさせないさ!」
そう言ってロバートはニコッと笑った。
「戦力が足りないって言ってもさー、全部回ったんでしょー?」
ドレッドは欠伸をしながら言った。
「いや…二人なら確保できた。入れ。」
食堂にメイリルとフィアが入ってきた。
「ほぼ皆分かっているだろうが、新しい戦力としてメイリルとフィアを連れていくことにした。自己紹介して貰えるか?」
メイリルが立ち上がる。
「私はメイリルよ。親が武道系の人だったから、身のこなしには自信あるけど…こんな形で使うとは思わなかったわ。あと、私の事をサニィって呼んだらその場で刺し殺すから、よろしくね」
今日のメイリルは非常に機嫌が悪い。チラチラとフィアを気にしているようだが…
フィアはガッと椅子から立ち上がる。
「わ、わたしはフィり゛ッ…!」
口を押さえて呻きだした。
「うわぁ、通常じゃまず噛みそうにない場所で舌噛んだねー」
ドレッドが拍手しながら言う。
「…もとは俺の命を狙っていたが、そこらの腕利きより狙撃の腕は高い。さっき話した話だと、200メートル先の投げられた卵を撃ち落とすのも造作もないと…」
「それはヤバイだろ…」
ロバートが笑いながら言う。
「?それぐらい皆さん出来ますよね?」
フィアの言葉にテーブルにいた全員が硬直する。フィアは首を傾げた。
「隊長さ…」ロバートがしみじみと言った。「俺様達ってもしかしたら凄い低スペックな集団だったんじゃ…」
「待て…ロバートよ」イーリスが真剣な顔をして言う「100メートル先なら…ワシの火縄で撃ち落とせるかもしれ…」
「…ちなみにうずらの卵でやったらしい…200メートルでな…」クレイスがイーリスの話を遮って言う。
「しゃ、射程外じゃっ!」
「いや、問題はそっちじゃないよね!」
ロバートはイーリスに突っ込む。
「私…自信無くなってきたかも…」
メイリルがふてくされたように言った。
「あ…あのぅ…」フィアがおずおずと言う。「参考までに、皆さんなら何メートルで落とせそうです?」
「…俺は卵に気配が有るなら150だ」
クレイスは腕を組んで言った。
「ピストルでなら70が妥当かなーあぁもち、普通の卵でねー」
ドレッドはニヤニヤしながらそう話す。
「普通の卵なら100じゃな。勿論、置いてある奴での?」
「ダチョウの卵なら20だなぁ」
ロバートが遠い目をしながら言った。
「たとえ恐竜の卵でも0」メイリルは窓の外を見ている。
「…す、すみませんでしたぁ!」
フィアは土下座して暫く謝っていた。
彼女は自分の技能をひけらかしたい訳ではなく、一般常識に疎いだけなのだ…。
「あはは、不器用な所はカワイイから嫌いじゃないよー」
「…ドレッド、分かってるな?」
「あぁ、彼女には恋愛感情は抱かないようにするよー」
「何で?」メイリルが首を傾げた。
「…こいつは昔彼女を惨殺して楽しむ殺人狂だったからな…今でも世界的に指名手配で追われてるんだ。」
メイリルはきょとんとした顔でドレッドを見る。
「嘘よね?」「嘘じゃないかなあー」ドレッドはニヤニヤしながらそう言った。
【続く】




