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エピローグ

ここ数日、良い意味で少年の周囲が何かと騒がしい。

神殿の仲間とすれ違うたびに頭を撫でられたり、肩や背中をバシバシと叩かれる。

おじいちゃん大主教に至っては、懐から出した焼き菓子を手渡して「ふぉっふぉ」と笑いながら去って行った。

その度に気恥ずかしいやら、照れくさいやらで、なんとも決まりが悪いのだが、同時に少年は胸が温かくなるのだった。


灰白の短髪よりも長い位置で揺れる緑翠色の小さな砡と、菫色の御紐。

動くたびにそれが目の端にチラチラと映る。


いつもどおり朝の礼拝を終えて大食堂へ向かうと、公国教会の若い聖職者達がヒソヒソと何事かを囁いているのがわかった。そこにあるのが決して好意的な感情だけでないことは分かっているが、今のところ直接何かをされたり言われたりといった被害は受けてはいなかった。


少年が食膳を手に列に並ぼうとしたところで「おいっ」と後ろから声を掛けられた。「ちょっと来い」と腕を取り、少年を強引に食堂の外へを連れ出すのは金茶頭のロバート・ダドリーだ。


食堂の入り口から少し離れた影に連れ出したロバートが、灰白頭に飾られた色紐を見て「チッ」と舌打ちする。連れ出しされた先に待っていた、彼の取り巻き3人組みも色紐をジッと凝視して何とも言いがたい表情をしていた。


「よりによってこの色か」

「騒がしい筈だよね」


苛立ったロバートの言葉に、取り巻きの1人同意する。


「………………だ…め?」


灰白頭の少年が、頭一つ大きいロバート達を上目づかいに見上げれば、舌打ちしながらも「駄目じゃない」と素っ気無い返事がされた。


「だが、教会の中にそれ(・・)が気に食わない連中も少なからず存在している。特に若手の奴らの反発があるだろうな。お前はなるべく一人になるな」

「…………???」


教会内の若手の派閥に思いを巡らせながら少年に警告すれば、当の本人はぽかんと口を開けたまま阿呆面を晒していた。


「おいっ、聞いているのか?ルト」

「ふぇ?…は、はい………えっと」

「ロバートでいい」

「ロ、ロバート……さん?」


おずおずとロバートの名を呼ぶルトだが、呼ばれた方は一行に気にする様子もなく話を進める。


「さんはいらん。いいか?私の友人であるお前がコケにされるという事は、この私が侮辱されるという事だ。何かあれば私かこいつらに言え」

「よろしく。エメだ」

「ドニっす」

「マルクだよ」

「……ゆう…じ…ん」

「何でこの子嬉しそうなの?」

「…………気にするな、ドニ」


ルトは、教会内の力関係や派閥に疎そうだ。と、ロバート達は一緒に大食堂の入り口から中を覗き込み「窓辺にいるのが○○だ」「あっちがだれ某だ」「○○には気をつけろ」「あいつは問題ない」と事細かに説明するが、どうにもルトが理解している様子がない。


「この子、よく今まで無事だったね?」

「私が言うのも何だが……同感だ」

「ご、ごめん…なさい」

「こいつ、いっつも下向いてるから、顔見てないんじゃない?」

「ああ、確かに。俺たち位しか、直接話してないな」


これまでロバート達が面と向かって手出しをしていたので、他の者達が関与しなかっただけである。

ワヤワヤと大食堂の入り口付近で話し込む5人の様子に、ちょうど食事に来たらしきジルベールが気付いた。


「ダドリー侍祭殿とルト?……こんな所でどうしました?」

「ジルベールと…以前、同行した騎士か?」


ボリスが無言で一礼する。特に剣呑そうな様子もない為、その場はジルベールに任せることにしたようだ。

コソコソ内緒話に仲良く興じる5人に、苦笑しながらジルベールが問いかける。


「皆でこんな入り口で、何をしてらしたんですか?」

「どうもこうも……なんでルト(こいつ)はこんなに党派に疎い?これでは警告しようにも埒が明かん」


ロバートの行動に思い当たったジルベールは「まあ、そこは……ルトですから」と弁護する。

変わりに聖猫(マトゥ)のアルカがその手の話題に精通しているのだが、教会の人間にはただ(・・)の白猫で通しているそうなので黙秘した。「正体がばれると隠密行動しにくい」というのが、理由だそうだ。


「まあいい、ジルベールの方から説明しておいてくれ」

「いやいや、私も社交を離れて長いですし、是非ダドリー侍祭にお願いします」

「なぜ私が?」

「良かったな、ルト。ダドリー侍祭が色々と教えてくれるそうだぞ」

「お、おい……ジルベール」


ジルベールは、良い笑顔で面倒ごとを押し付ける。


幾ら距離が縮まったとはいえ、これまでルトを傷つけてきた自分(ロバート)達と一緒に過ごすのは嫌がるだろうと懸念するが。どうやらそれは杞憂であったようだ。


「……ルト、お前も嬉しそうにモジモジするなっ」






就寝前、アスィール主教に呼び出されたルトは主教の私室を訪れいていた。

ソファに腰掛けるルトの側には、白猫のアルカが丸くなっている。


「この様な時間に呼び立てて悪かったね。ルト」

「いえ、大丈夫です」


友ができた嬉しさから興奮して眠れそうになかったルトには、アスィールからの呼び出しはちょうど良かった。とはいえ、主教直々の呼び出しである。緊張しない訳ではない。


「そう固くならずとも大丈夫ですよ。ルトを呼んだのは至極私的な話ですから」

「……してき?」


多忙な主教が私的な用事とはいえ、この時間にルトを呼びつけるとは珍しいと首を傾げる。


「ルトも来年で成人です。そうなれば、私の後見人としての役目も終えることになります」

「……………ア…スィール…さま?」


不安そうな面持ちで話の先を心配するルトを安心させようと、微笑みかけるアスィール。


「ルト、(わたくし)と養子縁組する気はありませんか?」

「……………ぇ?」


俗世との関わりを絶つルルドの神官にとって、それまでの地位や家名は意味を持たない。しかし、戸籍までが抹消される訳ではなかった。


「アスィールっ!!」


白猫が強い語気で、2人の会話を遮った。だが、それを気にする様子もなく強引に話を続けるアスィール。


「ルルドの聖職者としての道を進む者にとって、取り分け意味のある行為ではありません―――それでも、これまでルトの成長を見守ってきた親心としては、それが些細な絆であっても、繋がりを手放したくは無くはないのですよ」


ここまで嬉しい出来事が続いていいのだろうか?

あまりに幸福な事が続きすぎではないだろうか?

ルトは困惑しながらも、その魅力的な提案に乗ることにした。


「アスィール様、僕」

「ルトちゃん。もう遅いにゃ。早く寝ないと明日起きれないにゃよ」

「アルカ……僕は今アスィール様と」


確かにいつもなら既に寝ている時間ではあるが、無作法に会話に割り込んでまで言うことではない。自身の聖猫(マトゥ)を咎めようとしたところで、主教がそれを押しとどめた。


「確かにもう遅いですね。ルト、返事は今でなくとも構いません。ゆっくり考えなさい」


すぐにでも返事をしたいルトだが、アスィールから退出を促され素直に就寝の挨拶をした。

部屋を出ても、一向に着いて来る様子のないアルカを呼べば「アルカは用事があるから先に行っててにゃ」と返事が返ってきた。

アスィールが咎める様子もないため、アルカをその場に残し、一人自室へと帰るのだった。


主の気配が遠ざかった事を確認した白猫が、冷たい声で問うのはルトの後見人であるアスィール主教だ。


「どういうことにゃ」

「おや?アルカは反対ですか?……あの子が一番に欲しがっているもの(・・)でしょうに」


そう、ルトが心底から求めるのは、もう取り戻すことが叶わない家族(・・)である。

それを傾慕するアスィールから与えられれば、一も二もなく依ることは至極当然であった。


「ルトちゃんを自分のお家事情に巻き込むのはやめるにゃ」


アルカの強い物言いに、いつもなら真っ先に抗議しそうなキヌは、興味深そうに事の成り行きを見守っている。


「ルトは喜んで私の息子になるでしょうね」


アスィールが発したその言葉に、蒼翠色の瞳が咎めるよな視線を向ける。


「――――そんなに玉座が嫌かにゃ?アズラエル」


名を呼ばれたアスィール(アズラエル)から一切の表情が消えた。


「その名を呼ばれたのは、随分と久しぶりです」

「もう一度言うにゃ、ルトちゃんを利用するのはやめるにゃ」

「利用?――――私がルトに養子縁組を持ちかけた理由に偽りはありませんよ」


しかし、アルカの指摘を否定することもない。


「ルトちゃんが真実を知ったらどうするにゃ?」

「あの子には何れ話すつもりです。私の息子になるならば隠し通せる事ではないですから」


養子縁組するとすれば、ルトが成人の儀を終えてからになるであろう。

その時には、真実を語らねばならない。


「誤解しているようですが、私もルトが大切です。あの子を守ると約束しましょう」

「事実を知ったルトちゃんが、それでも家族になりたいと思えばいいにゃね?」


あくまで冷淡に言い放つ白猫に、ふと物悲し気な表情を垣間見せたアズラエルは「そうですね」と言葉を零した。


窓を開ければ、夜の冷気が室内へと吹き込んでくる。部屋の外に広がるのは闇夜だ。

スルリと窓枠をすり抜ける白猫に、アズラエルが問いかけた。


「本当にいったい貴方は何者で、どこまで達識なのでしょう」

「―――――アルカはただの白猫にゃ」


白猫は夜に紛れて去って行った。






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